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この場所は力が全てという人が多い。それは魔物が周りに蔓延っている領地だからかもしれない。正直、そういう領地だからこそ私は動きやすい。
私は伯爵令嬢ではあるけれど、フロネア伯爵家は普通の貴族とは異なる。普通の令嬢は剣を振るったり、魔法で魔物を倒したりというのを日常的に行うものではないらしい。というのを、知り合いの貴族から聞いたことはある。とはいえ、非常時には領民を守るのが私たちの仕事なのだけど。
私は兄妹の中で一番の末っ子で、自由にしていいと言われている。というか、そもそも私の家は自分が何をやりたいかで将来を決めていいと言われている。貴族家によっては当主争いなどが行われるらしい。そういう話を私は散々聞いたことはある。
でも私の家はそうではない。
どうしても当主になりたいとか、そういう意思が私たちにあるわけではなく……、長男のラト兄がいずれ継ぐ予定だ。そもそもお母さんは《循環者》で、その体内を巡る魔力によって普通の人より寿命が長い。それにお父さんはエルフの血を引くハーフエルフで、二人とも長生きをするだろうし。
この辺境の地の人たちは、私がフロネア伯爵家の娘だと知らない。
だからこそ、どうしてその仕事を選んだのかなどのことを聞いたりしている。なぜ、その仕事をしているのか、どういうことで生計を立てているのかというのを聞くとそれはそれで楽しい。
私の場合だと魔物討伐の報酬などで貯金は結構ある。それにお母さんとお父さんはおそらく私が何か仕事を決めずにふらふらしていても許してはくれるとは思う。もちろん、その時間が続けば続くほど、将来どうするのか問題は出てくるだろうけれど。
「私は成り行きで家業を継ぐことになったの。でも仕事自体を嫌っているわけではないわ」
ある女性はそう言って笑っていた。
「冒険者として名をはせることが夢だから」
ある男性はそう言いながらお酒を飲んでいた。
「私は料理を作ることが好きなの。子供の頃に、お母さんと一緒に料理を作ったのがきっかけだったわ」
ある女性は好きなものを仕事にしていると言っていた。
もちろん、誰もが好きな仕事をしているわけではなくて、嫌々生活のために仕事をしている人だっている。
そういう話を聞いていると、お母さんとお父さんってやっぱり特別なんだなとは思った。
お母さんはやりたくないことはしない人で、伯爵家の当主の地位を手に入れたのは成り行きだったとも聞いている。お母さんは元々子爵家の娘で、普通ならそのまま貴族の地位を失うような人だった。
――だけど、お母さんは普通ではなかった。戦争で活躍し、国内外に名を轟かせる英雄へと至った。そしてお父さんはそういうお母さんに追いつきたい一心で、伯爵領の内政などを行っている。
私はお母さんに似ていると言われているし、私自身もお母さんに似ているとは思う。
でもお母さんみたいに楽観的に、成り行きのまま進むというのはちょっと難しい。そういう点は私とお母さんは違うんだなと思える。
「ヤージュちゃんは将来のことを考えている最中なのね。親には何か言われたりしないの?」
基本的に親から将来を決められている人や、こういう風になって欲しいと求められている人は多いみたいだ。
だから親の希望するままにそういう道を選ぶ人も多いみたい。
「自由にしていいって言われてます。だから、どうしようかなって」
「自由にしていいと言われると逆に困るわよね。それにしてもヤージュちゃんの両親は、こうしてまだ若いヤージュちゃんをこの街に一人で寄越したり……変わっているわね」
「変わっていることは否定しないです」
知り合いの年配の女性とそう言って会話を交わす。
お母さんもお父さんも、多分、一般的に見て変わっている。
自分の意思でなんだって決められる強さを持ち合わせていて、自由気ままだ。
「でもヤージュちゃんってとても強いから、なんにだってなれる気はするわ」
「そうですかね。私も出来ないことは沢山ありますよ」
私はやりたいことはやらせてもらっている。お母さんとお父さんは、私が学びたいと言ったことを幾らでも学ばせてくれるから。
貴族令嬢としての教育も最低限は受けさせてもらっている。それよりも戦闘面のことを学ぶ方がずっと多かった。
他の兄妹も同じように、沢山のことを学んでいた。とはいえ、得意なことは本当にそれぞれ異なる。
私は頭を使うことはそこまで得意ではなく、令嬢教育で学んだことより戦うことの方が好き。
戦闘面での仕事の方がやりやすいなとは思っている。
……けど、どういう生き方の方が一番いいのかなってずっと考えている。
――そうやって私が考え続けながら辺境での暮らしを続ける。その街での知り合いも沢山増えて行って、私をフロネア伯爵家の娘だと知らない人たちとこれだけ接するのも初めてで楽しいことばかりだ。
そうやって過ごしている中、私は一人の少年に出会った。
「……俺に近づくな」
その人は、何だか余裕がない生き方をしている人だった。周りの人のことを拒絶する鋭利な瞳をしている、不思議な人だった。