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「お母さん……!?」
驚いて大きな声を上げてしまったのは仕方ないと思う。誰か寄越してくれるとばかり思っていたら、フロネア伯爵家当主のお母さんがやってくるなんて誰が思うだろうか。
ユギは私の言葉に驚いたようにまじまじとお母さんを見ていた。
「どうして驚いているの? ヤージュが呼んだんでしょー?」
「いや、人は呼んだけれどお母さん本人が来ると思ってなかったの。でもありがとう、お母さんが来てくれたら百人力だよ」
一瞬ショックを受けた表情になったお母さんにそう言ったら、嬉しそうな笑顔を浮かべられる。
お母さんは本当に子供みたい。子供を沢山産んでいるなんて想像が出来ないほど若々しくて、いつまでも現役で……、それでいて英雄伯爵なんて呼ばれているのに何処までも自由きままなのだ。
「なら、良かったー! 娘の危機に親は駆けつけるものだからね! それにこのあたりに来るの初めてだし」
お母さんはそう言ってにこにこと笑っている。
それにしてもお母さんはこの場をどうやって鎮める気なんだろうか?
「あなたがユギくん? ヤージュがお世話になっているわ。それにしても大変だったねー」
そう言いながらお母さんは固まっているユギの頭を撫でる。……なんだろう、ちょっともやっとしたような? お母さんはただユギのことを労わっているだけで、その行動にそれ以上の意味がないことは分かっているのだけど……。
どうして私はこんな風にちょっと何とも言えない気持ちになっているのかと疑問でいっぱいになる。
「は、初めまして。ユギエーレです。《炎剣帝》様ですか……?」
「そうだよー。ヤージュの母親のマリアージュ・フロネアって言うの。よろしくねー」
お母さんはにこにこしながら言って挨拶をする。
ユギがお母さんに対して緊張した面立ちなのは、やっぱり英雄であるお母さんに対して尊敬などの気持ちがあるからかもしれない。
普段のユギとは違う様子。ちょっとだけ面白くないなと思ったりする。いや、でもお母さんはこの状況をどうにかしてくれるために来てくれたのだし、そんなことを思っちゃだめだよね。
「お母さん、これからどうするの?」
「王家から人派遣してもらったから、ちゃちゃっと片付けるよー。領主を害して好き勝手しようなんて、許されてないからね」
お母さんはそう言ってにこにこと笑っている。
お母さんが一緒に来たのは、王家から派遣された人だったみたい。お母さんは昔から王族との関わり合いが深い。私も昔から王城に連れて行ってもらったり、陛下たちに可愛がられたりしていた。
お母さんはこの国で影響力がとても強い。だからすぐに王家の人に影響を与えて、こうやって早急に役人を連れてくることが出来たのだろう。やっぱり私のお母さんは凄い人だ。
「それでも反抗してきたら?」
「そんなの力づくで黙らせればいいんだよ」
私の問いかけに、お母さんはにっこりと笑って躊躇せずに言い切った。
お母さんって、容赦ない人だ。基本的にいつでもにこにこしていて、深く物事を考えていなくて……だけどそれだけじゃないんだよなぁ。
お母さんはフロネア伯爵領から騎士とかも連れてくる予定みたい。とはいえ、お母さんが役人を急いで連れてきたから、他の騎士達はあとからくるみたい。
増援が来る前にお母さんならすぐに片付けそう。
「じゃあ、そういうわけで領主の館に突撃しようか」
……お母さんって、本当にこういう人なんだよなぁ。なんというか何でも簡単に解決してしまうというか。というかお母さんが出てきたのに、それでも反抗するのかな?
今の段階でもかなりの重罪ではあるけれど、此処で自首するならまだしもこれ以上罪を重ねるならさらに酷いことになるだろう。
反撃する場合はお母さんのことをどうにかしなければならないけれど、普通に考えてそれは無理。だってお母さんは、とても強いから。
そもそもお母さんに何かあったらお父さんやお母さんを慕う人たちが出てきて、結局破滅しかない。
だからこのまま大人しく降伏してくれるかなと思っていたのだ。
けれどお母さんと一緒に領主の館へと向かって、警告をしたけれどとまってくれなかった。一部の人達は、お母さんがフロネア伯爵だということを信じなかった。噂ばかりが先行していて、お母さんが本物だって信じない人はいるのだ。
お母さんはちゃんと名乗っているのにね? あの《炎剣帝》マリアージュ・フロネアがこんなところにまで出てくると思っていないのか、数々の逸話を残したお母さんと目の前のお母さんが結びつかないのか……。
どちらにしてもお母さんにやられないと気づかないのって駄目だよね。
領主の妻はお母さんのことが分かった上でお母さんを排除しようとしたみたい。それなりに実力のある刺客を寄越してきたみたい。でも私でも気づけるレベルだった。全然だね。
お母さんがそんな輩に負けるはずなんてない。このぐらいでお母さんのことをどうにか出来ると思っていたなんて本当にどうかしていると思う。
「凄い……!」
ユギはそんな風に活躍しているお母さんのことを見て、凄くキラキラした目で見ていた。
私はお母さんのことは大好きで、誇らしいと思っている。なのにやっぱりユギがこんな風な視線をお母さんがユギに向けていると何とも言えない気持ちになってしまった。
私はその気持ちが分からないまま、お母さんがさっさと王家から借りた役人を連れて対応を進めていくのを見守っていた。




