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「……ヤージュ!!」
ユギが驚いた顔をして、私の元へと駆けこんでくる。
こんなに焦った表情のユギを見るのは初めてで私は驚く。だけどこれだけユギが慌てている理由はすぐに検討がつく。私も領主のことは耳に入ってきていた。ただユギに聞いてからじゃないと動かない方がいいとそう思っていたから一旦待っていた。
予想通りユギは私の元に駆けこんできたので、私は椅子から立ち上がる。周りの人たちがユギの慌てように驚いている。
まぁ、ユギがこれだけ感情を露わにすることってあんまりないもんね。私だけがこれまで見ていたものだから、他の人にもユギの一面を見られていると思うと少しだけ嫌かもしれない。
んー、どうして私はこういう風にちょっとした独占欲みたいなものを感じているんだろう?
「ユギ、落ち着いて。此処で話したら注目浴びちゃうから、場所移動しようか。私の借りている部屋行く?」
「……ああ」
冷静さをかいているユギは私の借りている宿の部屋に簡単に入った。
いつも体裁とか気にしちゃうほうなのに。よほど色々余裕がないのだろう。
「ユギ、領主のことだよね?」
「ああ。……あいつが、父が……錯乱したって!!」
「うんうん。そういう噂は出回っているよね」
「なんで……だって、ついこの前まで……」
混乱しているユギの頬に私は両手を添える。私の突然の行動に、驚いた顔をする。そんなユギの頬を、むにむにと触る。
「なにを……」
「落ち着いて。こういう時に焦ったらどうしようもないからね?」
私はそう言って、ユギに向かって笑いかける。
私の言葉に、ユギは頷く。それにしてもこうやってされるがままのユギもいいなぁと思う。
「錯乱に関してだけど、まだ不確定情報だよ。私的には、そう言われているだけかなって思うかな。この前話した限り、領主が急にそんな状況になるなんてありえないよ」
ユギは私の言葉に驚いた表情になる。
私はユギと違って、貴族社会についても知っている。伯爵家の末っ子であり、社交界にそこまで出ない私だけど、貴族教育はきちんと受けているもの。だから王侯貴族社会の冷たさもなんとなく知っている。
もちろん、本当に突然変な事になる人はいるよ。具合が悪くなったりとかさ。でもあの領主が急に――このタイミングでこんなことになるとは思えない。
だからおそらく、なんらかの思惑が働いている。
「なら、どうして……」
「貴族としての、なんらかの都合があるんだろうね? 領主を錯乱させた状態にしたい人達」
私が真っ先に思い浮かぶのは領主の妻の家かなぁ。
領主のことが邪魔になってしまったのかも。それにしてもこんな風に急に行動を起こす理由ってなんだろう?
これまで上手く行っていたとなると……原因は、ユギが関係している?
そんな予感はするけれど、どうしようかな。あくまで憶測だし、ユギ本人にはあまり確定していないことは言わない方がいい気もするけれど。
「……それって」
「貴族の世界って結構ややこしいんだよ? 私の家は全然、そういう権力争いに興味はないけれど、当主の地位を手に入れたいからって理由で血の繋がった家族を殺そうとしたりもするぐらい殺伐としていたりするもん」
そういう話も聞いたことあるからねー。お母さんやお父さんの経験した戦争があった時期だと特にそういう感じだったらしいよ。
平時でも当然、そういう権力争いもあるわけで……そう考えるとフロネア伯爵家って本当に平和。
「……そうなのか。それなら、今すぐっ」
「ユギ、ストップ。焦り過ぎたら駄目」
「でも……」
「焦っちゃだめだよ? こういうのは焦ると取り返しのつかないことになったりするんだからね?」
私がそう言うと、素直に頷くユギ。
うん、取り乱しているからこその素直さ見せているユギは可愛いかもしれない。
こんな時に考えることではないとは思うけれど。
「ユギ、一旦体制を整えてから領主を助けに行こうか」
「出来る、のか?」
「うん。というか、私がユギのお父さんのことは助けたいかな。だからちょっと実家にも連絡して、どうにかするね? ただ領主を助けるだけなら力づくで出来るけれど、それ以降の対応は私一人じゃ難しいから」
私がそう言って笑いかけると、ユギは「……ああ」と返事をした。
――それから私は領主を助けるために行動を起こすのだった。
こういう誰かを助けるための救出劇なんて、なかなかないからどういう風にするべきかは悩むね。でも私はお母さんとお父さんに様々なことを教わっているの。だから――きっと出来るはず。
というか、こういう時に領主のことを助けられなかったら私はきっと後悔する。助けられることが出来なかったら……ユギが悲しんでしまうもんね。
私はそんなことを考えるのだった。




