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「……本当にすまない!!」
領主はユギの言葉を聞いて、倒れそうなほどに顔色を悪くしていた。そして慌てたように頭を下げた。
それこそ、床に頭をこすりつけるかのように……。
領主という立場の人間がこんな風に誰かに対して謝罪をすることはあまりない。というより公の場でそういうことをしてしまったらあることないこと囁かれるだろう。それによっぽどのことがなければこんなことはありえない。
領主がそれだけ……ユギに思うことが沢山あるのだろう。
「……謝罪されたところで、時間は戻りません。でもその謝罪は受け取ります」
ユギは様々な感情を、領主に抱いているのだろうというのが分かる。
「ありがとう……!」
領主は感激したようにお礼を言っていた。
ユギのお母さんのことが大切だったんだろうな。だからこそその子供であるユギとも初対面でも大切だとそう思っているのだと思う。
「ところで君の名前は……ユギというのか?」
「ユギエーレです」
「そうか。私もユギと呼んでも?」
そういえばユギは自分が息子だと言っているだけで、名乗ってはなかった。ただ領主は私がユギのことを呼んでいたのを聞いていたので愛称は分かっていたらしい。
ユギは顔をしかめたまま……だけど頷いた。
本当にユギと呼ばれるのが嫌だったら、ユギは全力で嫌がるだろうから。
私はユギがお父さんと話せたことが良かったなぁとただそう思う。ただもっと話したいことがあるはずなのに、ユギも領主も結構喋りづらそうにしている。
……会ったばかりだから、遠慮しあっているのかな?
もっと沢山話せばいいのになと思う。
そんなことを思っていると、部屋の外へ出ていた執事の一人が痺れを切らしたように中に入ってきた。
……雇い主である領主の許可も得ずに入ってくるなんて、躾がなってない。
というか、駄目だよね?
私の実家であるフロネア伯爵家は、結構使用人や騎士達との距離は近い方だとは思う。
だけどそういうところはちゃんとしているよ。流石にお客様が来ている時はちゃんとしないと駄目なんだよ。
それなのにこんな風に邪魔をするなんて。
「まだ下がっていくれないか」
「いえ、あなた様の身に何かがあったら――」
領主がユギが息子だということを告げないということは、この執事は先ほど言っていた領主の妻とかの手のものなのかな?
信頼できる存在だったら喜んで報告するだろうし。領主は嫌そうな顔をしている。これで強行しても面倒な騒ぎになると分かっているからだろう。
それにしても奥さん側の力が結構強いのかな? 領主は魔物討伐とか、戦闘系は得意そうだけど、貴族関係の交流とかそこまで得意じゃなさそうだし。
そういう点はお母さんもそうだけど。お母さんの場合はお父さんや、お母さんを慕う文官が沢山いるから問題ないんだよね。
ただ私の家みたいに上手く行っている貴族の家ってなかなか珍しいらしいよ。結構、皆当主の座を継ぐためにって争いあっていたりとか、本当に色々大変なんだって。
こういう風に領主と、その奥さんで力関係が上手く行ってない感じとか、関係性がよくないとか、そういうことがあるらしい。
「領主とユギの話の邪魔をしたら駄目だよ?」
私はこういう邪魔をする人のことが、嫌だなとそう思っている。だから執事に向かってにっこりと笑いかける。
「ヤージュ・フロネア様、当主様に、余計な存在を近づけるのはやめてください。あなたはフロネア伯爵家の娘ですから、関わることを許し……」
「もう、煩いなぁ。ユギが領主と話したがっているの。あなたは邪魔だよ? 今すぐ去ってほしいな」
「なっ、小娘が――」
「はいはい、一旦黙ってねー。静かにさせるね?」
私は思わずと言ったようにそう告げて、すぐさまその執事を気絶させた。
「ヤージュ……何やっているんだ?」
「んー? だって邪魔でしょ? ユギが領主と話したい状況なのに、こうやって邪魔をしてくるなんていらないでしょ」
私はそう口にして、部屋の外に執事をぽいっと置いておく。外に居た騎士は慌てていたけれど、「その人、邪魔だからよろしく。あと入ってこないでね?」と有無を言わさぬ笑顔で告げるとこくこくと頷いてくれた。
それから私はユギと領主の元へと戻った。
「ほら、これで邪魔物も居なくなったから、思う存分話そう? 邪魔する人は私が誰であろうとどうにかするからね?」
私がそう口にすると、領主は驚いた顔で、ユギは呆れたように笑っていた。
「……ありがとう、ヤージュ」
「ふふっ。いいよ。私はユギが領主とちゃんと話せた方が嬉しいからね」
私はユギに向かってそう言って笑いかけた。
――それから領主とユギはしばらくの間、ゆっくりと話すのだった。邪魔しそうな人は全員私がどうにかしたよ。




