17
驚愕したまま固まっている領主は、ユギが産まれたことも知らなかったのかもしれない。
自分が知らないままに、自分の子供が産まれるって、凄く不思議な感覚だと思う。それにしても領主の態度を見る限りはユギに対して悪い感情は抱いてなさそう。ただ驚いているだけで、喜んでいるようには見える。
「まさか、ドリエルと私の……?」
「そうです。……あなたは、もしかして俺の存在を知らなかったとでも?」
ユギは信じられないという様子でそう問いかける。
ユギはお母さんが亡くなった時に連絡を入れたと言っていたものね。それでいて領主が知らない状況って、届くまでの間に握りつぶされたってことかな? それに冷たい返答しか来なかったと言っていたけれど……誰かが意図的にそんなことをしたの?
私はそう考えると嫌な気持ちになった。
だって誰かが勝手に領主の名を騙って、ユギやそのお母さんに嫌な思いをさせたってことでしょう?
そんなことはない方がずっといいから。
「知らなかった……」
領主はそう言って、呆然とした表情でユギを見ている。
「ユギのお母さんが亡くなった時に連絡入れたそうですけど、それ届いてなかったですか?」
「亡くなった時……って、ドリエルが!?」
領主はショックを受けた様子であった。
ユギのお母さんが亡くなっていたことも知らなかったのかな? でもそうだよね、子供が産まれるということはそれだけ親しい仲であったということだし……、その相手が亡くなったら悲しいよね。
私はそういう相手を作ったことはないけれど、想像してみるだけでも悲しいなと思うもん。だって身体を許すぐらいに特別な相手ともう一生会えなくなるってことだよね?
「そうです。母さんは亡くなる際にあなたのことを教えてくれました。そして手紙も出しました。……それに対して、庶子の子供が関わってこないように、無礼だといったことが書かれている返答が来ました。……あなたが書いていないなら、誰がそんなものを?」
ユギは領主の様子を、何とも言えない表情で見ている。
血の繋がった父親に会ったのだから、もっと激高したり、取り乱したりしても仕方がないことだと思う。だけどユギは冷静さを保っている。
そういうところがユギらしい。
「……心当たりはある」
「誰ですか?」
「私の妻やその下についている使用人達だ」
領主の言葉を聞いてユギは納得した様子を見せていた。
本妻や愛人。そういう関係のある女性が複数人居ればそれだけ問題は起こるものだよね。その人の性格にもよるだろうけれど、私だったら嫌だなぁ。
私だったら怒ってすっぱり別れそう。
ユギのお母さんはどういう感情で領主と関係を持ったんだろうね? そのあたりは私は当事者じゃないからさっぱり分からない。ただ本人達の間で何かしらのきっかけがあったんだろうな。
「……そうなんですね」
頷きながらもユギは言葉に詰まった様子だった。
ユギは領主に対して言いたいことは沢山あったはずだ。複雑な感情を抱いていて、どうして自分たちのことを放っておいたんだとか、手紙の返答に関しても……だけれども領主の様子を見れば自分の存在を知らなかったことや冷たい返答のことも腑に落ちたらしい。
「ユギ、言いたいことがあるなら全部言おう? 折角の機会だよ?」
私が笑みを浮かべてそう言えば、ユギには呆れたような顔をされた。
「お前は……こういう場でも全く変わらないな」
そう言ってユギは、次に領主の方をまっすぐ見て言う。
「母さんはあなたのことを本当に愛していたよ。俺にもいつもどれだけ父親が素晴らしい人間かというのをいつも語っていた。俺は母さんからそういう話を聞かされて、父親という存在に憧れを抱いた。だけど……その父親に別に奥さんと子供が居るって聞いて凄く嫌な気持ちになった」
ユギは感情的にならないように気を付けているのだと思う。
ただユギの言葉を聞いていると、その気持ちはすぐに察することが出来た。
母親から聞かされた父親の話を聞いて、憧れたという幼いユギはきっと可愛かったんだろうなと思う。でも何かの拍子に自分の母親が本妻ではないことを知って色んなことを考えたのだろうと思う。
「母さんはあなたのことを恨んではなかった。寧ろ俺という子供を授けてくれたことを感謝しているっていつも笑っていた。だけど……心の奥底ではまたあなたに会えることを母さんは望んでいたのだとは思う」
痛まし気に、ユギの顔がゆがむ。
「……母さんは最期に、あなたに会いたがっていた。流石に死に間際に自分の感情を隠すことなど出来なかったんだろうな。それで俺のことをあなたに任せたいっていっていた。あなたなら、俺を悪いようにはしないって。あなたは知らなかったらしいけれど、あなたの本妻たちが送ってきた手紙は母さんも最後に読んでしまっていた。……俺は母さんに、苦しんでほしくなんてなかったのに。それでも母さんは、あなたを憎んでなかった。俺はあなたを憎みたかったけれど……、母さんがその調子だから憎み切れなかった」
過去のことを語るユギは、今にも泣き出しそうに見えた。




