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「そうなんだ。貴族だとそういうのもあるよね。私もそういう子、何度か会ったことあるもん」
正直言ってそう言う存在は、珍しいわけではない。
私の両親は仲が良くて、そういう風に夫婦以外と関係を持つことはない。お母さんはそもそもあんまりそういうことを考えていない。それに不誠実なことなど、お母さんは好きじゃないからそんなことはしない。それにお父さんのことをなんだかんだ大切にしているし。
お父さんはお母さんのことが大好きで、他の女性に対する関心は全くない。お父さんは凄く綺麗で、昔から色んな女性に騒がれていた。《炎剣帝》の名を持つお母さんの夫であるお父さんに手を出そうとする人も多くて私はびっくりした記憶がある。
「お前は……俺が領主と血が繋がっているのを全く気にしていないんだな」
「まぁ。だってそういうこともあるかなーってその程度。それでユギは領主と血が繋がっているからって何を考えているの? 領主のこと、嫌い?」
私はそう問いかけながらユギのことをまっすぐに見つめる。
「……嫌いというか、俺はあいつのことを許せないとは思っている」
「許せない?」
「ああ。……俺はあいつとちゃんと話したことはない」
「そうなの?」
血がつながっているけれども、話したこともないってどういう状況なんだろうか?
確かに貴族の中には、女性遊びが酷くて本人が把握していないような子供が沢山いる人だって存在する。だけれども私が話した限り、あの領主ってそういう感じでもなかったんだけどな。
少なくともお母さんはそういうの好きじゃないから、そういうことを知っていたらお母さんは私をここにやらなかった気もするし。……なにか事情でもあるのかな? と私は呑気に考える。
「ああ。物心ついた時には、母さんと二人暮らしだった。母さんは……凄く苦労していた。一人で俺を育てるのが大変だったのだと思う。元々身体が強い人ではなかったから、無理がたたってよく体調を崩していた」
私は伯爵家の娘として産まれて、恵まれた暮らしをしてきた。常に人に囲まれていて、家族に可愛がられて……。お母さんもお父さんも凄く元気で、体調を崩したりなんて全然しない。
だけどユギは母親と二人で苦労して生きてきたんだろうなというのが伺える。
きっと私では想像が出来ないような大変な思いをし続けてきたんだろう。
「……母さんは綺麗な人だった。だから手を差し伸べようとしてきた男はそれなりにいた。だけど母さんはその手を取ることはなかった」
私はユギの説明を黙って聞く。
「母さんは……あいつのことを愛していたのだと思う。共に居ることが出来なくても、離れていても、それでも他の男の手は取りたくなかったみたいだ。……誰かと再婚でもすればきっともっと生活が楽になっただろうに」
「それだけユギのお母さんは、領主のことが好きだったんだね」
私はユギの言葉を聞きながらそう言って呟く。
旦那さんが居ない人が、他の男性の手を取るなんてよくある話だ。それに結婚したとしても何か事情があって離縁することだって当然あり得る。
そういう道を選ぶことも出来たのに、選ばなかったのはユギのお母さんは色々と思う所があったのかなと思う。
普通に考えれば生活を楽にするためにそういう道を選ぶことは悪いことではない。寧ろ楽が出来る道を選ばないことを非難する人は居るかもしれない。
ただそれがユギの母親の決めた選択だというのならば、誰にも咎めることの出来ないこと。
「……そうだな。母さんは、亡くなる時にあいつに連絡をしたんだ。俺をよろしく頼むって」
「そうなんだ」
「ああ。……でもかえってきたのは冷たい返答だった。別に、あいつには別の家庭があることは知っているし、非嫡出子のことなんて相手にしていられないのは分かる。だけれどその返答が母さんの思いを蔑ろにするようなものだった」
ユギはそう言って下を向く。その手が震えているのは、怒っているからだろう。
ユギはあんまり人に興味関心を抱かないように見える。誰かを大切にしている様子とか、あんまり想像できない。ユギはそういうタイプの人間だ。
だけどユギはちゃんと、母親を大切にしているんだなと思った。
だからこそ領主に対して複雑な感情を抱いていて、領主のこととなると平常心で居られない。
ユギがもっと、気を緩めて楽しく生きられるようにするにはどうしたらいいんだろう。
私はそんなことばかりを考えていた。
「そっか。ユギは領主にどうしたいの?」
正直に言えばユギが望むのなら、辺境の領主をどうにかすることぐらい出来はする。フロネア伯爵家はそれだけこの国で特別で、力を持つ家だから。
ただ私があまりにも理不尽に家の力を使ったら両親には怒られるだろうし、ユギがどうしたいかが重要だよね。
「……俺はあいつと話したい」
ユギは、ただそう言った。




