森の魔物園
「俺がこのダンジョンを作ったヴァーニィ・デイだ。よろしく。まあ、ざっとこのダンジョンの構造を紹介していくか。ここは地上型の中でも珍しい、巨大樹の中に作ったダンジョンだ。レスティアの森には危険な魔物が多いから、そもそもここに辿り着くのも難しい、自然の要塞になっている。」
ついてこい、と手招きするヴァーニィ・デイさんに続いてダンジョンの中に入ると、これが1本の木の中とは考えられないほど大きな空間が広がっていた。天井は10メートル以上あり、木と蔦で出来た壁に挟まれた道幅も5、6メートルほどある。
「…凄い、1本の木の中にこんな大きな迷宮があるなんて。でも、木でできた壁なんて爆裂魔法で破壊されたり燃やされたりしてしまうんじゃないですか?」
ヴァーニィ・デイさんは、聞き飽きたぜその質問は、と笑った。
「ビーディリク、お前壁に全力で打ち込んでみろ、爆裂魔法を。」
「…私、爆裂魔法下手くそだから加減できないわよ。」
「危ないですよこんな狭い空間で、サナの魔力の爆裂魔法なんて撃ったら。」
「まあ、大丈夫だ。…たぶんな。お前らは俺の後ろに隠れてろ。」
サナが息を吐いて壁に向かって掌を向ける。
「…いや私は?これ私は大丈夫なの?」
「大丈夫だ。まあこの距離だと髪が少し焦げたりするかもしれねえが。」
「じゃあ嫌よ!てか危ないでしょ普通に考えて。」
「まあ、じゃあいいか。この壁に絡みついている蔦はな、炎を吸収して消化する効果があるんだ。そもそもこの木は、」
デイさんは思いっきり壁を蹴り飛ばした。衝撃波のような鈍い音が響く。
「あまりにも硬すぎる。これを破壊するってなったら、魔王様くらいの魔力がないと無理だな。」
そう言ってデイさんは木の迷路を歩き出した。
「知っていると思うが、俺のダンジョンの特徴は魔物だ。主にこのリスティアの森に住んでるやつが多いが、それ以外にも色々なとこから捕まえて来ている。おっといたな。例えば…。」
デイさんが壁に触れると急にその壁がブルブルと震え始める。
「いやあああああ!」
サナが叫び声をあげた。その壁からは全身が太い蔦で構成されたような人型の魔物が浮き出してきた。
「こいつはアイヴィード。木に擬態してるこの森の魔物だ。まあ、感覚が鋭い獣人なんかにはすぐバレちまうが、ほぼ食事を取らず、放っておいても維持できる魔物だからここにはたくさんいるな。あとこの階には、森鯨のつがいがいて次の階に行くにはそいつらとぶつかるようになっている。」
「え、あの…?」
「お、なんだ、森鯨を見たことあるのか?」
「この子たち、襲われてたからさ、私がディンウーの背中に乗せて助けてやったんだ。」
「ああ、そうだったのか。それは、グッドタイミングだ。」
いや、もっとないのか。大丈夫だったかとか、怖い思いをさせてすまないとか。
「あいつも、飼育は割と楽なんだ。基本は大人しくて魔力を持った相手に襲いかかるからダンジョンには向いている。」
「あ、でも森鯨は支配不可生物ですよね。学校では、1階には支配可生物を置くのが定石と教わりました。」
サナがまた言ってるという目で私を見る。
「教科書なんて忘れろ。1階におくのと2階におくので大して変わりなんてねえ。1階の生き物はな、残念だが勇者たちに殺されやすい。そこは俺も仕事として割り切って、替えが効きやすい生き物にしてるんだ。…だいたい俺を誰だと思ってる。森鯨くらいなら調教は可能だ。試しにビーディリクを奴らの前に放ってみるか?ビーディリクを捕食せずに顔を舐めさせるくらいのことしてやるぜ。」
「それやったらあなたたちぶっ殺すわよ。」
「サナ、ツッコミが過激すぎる。」
さて、デイさんのいう通り森鯨は完全に調教されているようで、私たちはその横は平然と素通りをすることができ、階段を登って2階に到達した。
「なにこの子可愛いー!」
サナの前にはピンク色で毛むくじゃらの小猿のような生き物がいる。
「絶対に触るなよそいつには。」
「え?」
「トンキーピピの子供は、体毛に猛毒があるんだ。危険を感じるとその体毛を飛ばして身を守る。大人になるとその毛が抜けて毒は抜けるんだけどね。」
デイさんに変わってオリヴィアが口を開く。
「おい、なんでお前が説明してんだ。まあ、そいつのいう通り。それで大人のトンキーピピは凶暴だから気をつけろ。子供の近くにいるやつのことは容赦無く襲ってくる。」
サナはすぐに私の後ろに引っ込んだ。
「私を盾にしようとするな。」
「こいつらは知能が高いからな、適量の果物を置いておけばダンジョン内の虫なんかを食って勝手に生活してる。まあ、たまに雄同士の争いはあるがそれくらいだ。ダンジョン内で飼う魔物は、まず大事なのはいかに簡単に維持できるかだ。」
「…なるほど。一流のダンジョン製作士はダンジョン内に一つの食物連鎖を作って維持すると言いますね。」
「まあ、理想はそうだが。強力な魔物を飼育しようとすればそれは実際には難しいな。お、親猿が来たぞ。」
「でかっ。」
思わず声が出る。そもそもデイさんが2メートル以上ある大男なのだがそれよりもひと回り大きい。鮮やかなピンク色の体毛に覆われ、掌が異様に大きい。私の頭など簡単に握り潰せそうだ。
不意にオリヴィアが親猿に近づき、手を差し出した。何をするんだと目を丸くしたが、なんととトンキーピピも拳を差し出してオリヴィアとグータッチをした。
「覚えさせたんだ。挨拶。」
「勝手に覚えさせんなそんなもん!」
デイさんは呆れた表情で吠える。サナは口を開けて固まっていた。
しばらく迷宮を奥に進むと私の腰ほどまで達するほどの大きなキノコが生えているのに気がついた。デイさんは大きな手でそのキノコを掴み引っこ抜いた。
「こいつはギノウタケ。キノコみたいな魔物だが、実際に根を張って土から栄養を得る。こいつの体を切った際に出る胞子は、人間を極度の興奮状態に陥らせ、混乱させる。同士討ちなんかも狙えるな。」
「なるほど、その状態でトンキーピピと戦わせるんですね。」
「ああ、ピピもこの胞子を吸うと好戦的になるからな、仲間割れしないよう注意が必要だが、侵入者に対しては効果的だ。」
仲間割れしないようどんな対策をとっているのか後で聞いてみよう、と思ったとき、オリヴィアが急に走り出した。
「ルリイロマイマイだ!」
そう言って大きなカタツムリを私たちに見せつける。その殻は名前の通り瑠璃色に光っている。
「なによそれ気持ち悪い、早く捨てて。」
「でもこれ、めちゃくちゃ珍しいんだ。殻はマニアに高く売れるんだぜ!」
「そ、そうなの!?う、でもやっぱ気持ち悪い。」
研修が始まってまだ一月も立っていないが、サナもだいぶ庶民的感覚を身につけ始めたようだ。
「30万ディルくらいになるんじゃねえかそれは。この森は貴重な生物がたくさんいるからな。だからダンジョンじゃなくてそれを目当てにくるハンターなんかも多いくらいだ。はあ、まあお前らもここに来るまでに疲れてるだろうから、今日はここまでにしとくか。この階から管理室にいける。」
このダンジョンの管理室は、コーンさんのダンジョンの管理室よりだいぶ広いようで、案内された部屋から別に、いくつかの部屋につながっているようだ。
「そっちが魔物の餌の保存室で、そっちが監視甲虫なんかの繁殖室だ、その奥に魔植物の栽培室がある。」
「すべて1人で管理されてるんですか?」
「大変な時は信頼できる部下を呼ぶが、基本は1人だ。まあ、お前らみたいな研修生が定期的にくるからそんなに困ってはいないな。飯にしよう、ちょっと待ってろ。」
そう言ってデイさんは部屋を出た。
「はあ、今日からは少なくとも空腹の日々を過ごすことはなさそうね。でも、リザードマンが食べるご飯が口に合うかしら。」
「デイさんのご飯は基本、森で取れた動物のお肉で、調理とかはしないよ。私は好きだけど、2人の口には合うかなあ。」
私は貧乏生活に慣れていて、ご飯にこだわりはないけどサナは大丈夫だろうか。5分ほど待って、すぐにデイさんは戻ってきた。その手に持っている銀の皿の上には大きな肉の塊が乗っている。
「コケブタの丸焼きだ。好きなだけ食え。味が欲しかったら塩はある。」
なんて粗雑な料理だ。というかこれはたぶんただ焼いただけなので料理とは言えない。肉をひとかけら切り取って少し塩をかけ、口に放り込む、調理は火を通しただけだろうから、野性味が強くて流石の私も少し食べづらいと感じた。サナも私の反応を見てから肉を口に運ぶ。
「ん!美味しいじゃないこれ!お肉の味が強く出てて美味しいわ!」
「お前なんでもいいんじゃないか。」
デイさんとオリヴィアは流石肉食の獣人、豪快に肉にかじりついている。くそ、私だけかこの食事が合わないの。
食事が進み、お酒を何杯か飲んでいたデイさんは少し機嫌が良くなり会話も弾み始めた。
「お前ら、コーンさんのところからきたんだよな。あの人とは何度か会って話したことがある。意外とスケベなところがある野郎だぜあの人は。」
やっぱそうなのか。疑惑が確信に変わってしまった。
「どうだった?」
「本当にエロじじいよ。」
「本当に勉強になりました。」
サナと私の声が重なる。
「罠を一つかけるにもあそこまでこだわっているのだなと、プロの仕事を拝見することができました。」
「でも、なにもなかっただろ、あそこには。」
「ええ、フェイクのダンジョンとおっしゃっていました。」
「そうだ。学生は基本的にはまずフェイクのダンジョンが紹介される。そこで信頼できるやつかどうかが判断されて、重要なものを隠すダンジョンに紹介されるんだ。」
「そうなんですね。じゃあ、ここには何か大事なものが隠されているんですか?」
「ものじゃねえ。」
「ものじゃない?」
「魔物だ。ここは魔王様が生前乗っていた魔獣ライデイを守るためのダンジョンだ。特別だ、お前らにも明日見せてやるよ。」