旅路(1)
「見事でしたねコーンさん。」
「ええ、なかなか腕のある冒険者だったようですから、7階までいくかと思いましたが、あそこまででしたね。」
「服を溶かす仕掛け、全然意味なかったじゃない。すぐあの仕掛けは外しなさい。」
あの仕掛けにウサギの獣人がかかった時、コーンさんが監視甲虫の映像を食い入るように見ているところ、イラついたサナが拳を構えて、危うく内紛になるところだった。
「あの勇者がやれやれ系だったんでね。しかし、女2人を連れてダンジョンにくるような勇者を撃退できて胸がすきました。」
この研修の間で、コーンさんの紳士で寡黙なイメージはすっかり崩れてしまった。しかし、さすがは学べることの多い人で、私としてはかなりの充実の日々であった。
「そういえば、7階の仕掛けを教えていただくことはできませんか?」
「そうですね、別に秘密主義ではないのですが…、まあ君たちには必要ない知識です。またどうしても知りたくなったら私のところに訪ねてください。そのことじゃなくても、ダンジョンのことでアドバイスが欲しければいつでも私を探してきてくださいね。」
「ダメよリリー、こいつのところなんか1人で行ったら何されるかわかんないわ。それより、お給料は?お給料もらったらさっさとここを出るから。」
いくらなんでも失礼な振る舞いだと思うが、コーンさんはこんなサナの態度にも怒ることなく笑ってやり過ごしていた。
「まったくサナさん。あなたは可愛い女の子じゃなかったらこの研修期間中どこかでぶん殴っていましたよ。」
普通に怒ってはいたのか。
「しかし、君たちはダンジョン製作士としては初の給料になるんですね。これからも頑張ってくださいね。」
そう言って袋に入った硬貨を渡してくれる。私も、エリートと言われるダンジョン製作士の初任給(見習いではあるが)、ワクワクして袋の中をのぞいた。ずっしりとした袋の中は銀貨が1枚と、あとは全部価値の低い銅貨出会った。
「い、1万5千ディルしかないじゃない。私たち、汗水流して10日近く働いたのよ!」
「この期間は、あくまで研修ですからね。研修期間は貧して学ぶものというダンジョン製作士の慣習があるのです。」
「いらないわよそんな慣習!今すぐそんな慣習変えなさい、さあ早く!」
サナがコーンさんの肩を掴んで前後に揺らす。だいたい、大部分の仕事をやっていたのは私で、サナはそんなに汗水流してもないだろうという言葉を飲み込む。しかし、宿に泊まるのにも2千ディルはかかるのだから、1万5千ディルは確かに少ない。この1年は苦労しそうだ。
「それから、次のダンジョンを紹介しましょう。私のダンジョンには魔物がいないので、今度はその道の専門家を紹介します。ヴァーニイ・デイという男を知っていますか?」
「ああ、彼の書いた本を読んだことがあります。魔物育成のプロフェッショナルですね。」
「あんたなんでも知ってるわね。」
サナがなぜか呆れたように言う。サナが知らなすぎなのだと思うが。
「彼のダンジョンはここから南西、馬を使って4日ほどのレスティアという森にあります。これがそのダンジョンのある地図です。彼には連絡しておきますので、ここに向かってください。」
「本当に、何から何までお世話になりました。勉強になることばかりで充実の日々が過ごせました。」
深々と礼をしてサナにも礼を促す。
「…ありがとうございました。…ご飯美味しかったです。」
「いえ、私も久しぶりに若い子と話せて楽しかったです。君たちなら良いダンジョン製作士になれます。これからも頑張ってくださいね。」
もう1度頭を下げて、ダンジョンを出る階段を登った。
「リリーさん、サナさん!」
後ろからコーンさんに呼び止められる。
「ダンジョンとは戦いの場、殺しの場です。それを胸に留めて、気を抜くことのないようにしてください。」
その警句に2人でうなずき、私たちはダンジョンをでた。
「はー、疲れた。ていうかこの流れ、これからあんたと一緒に研修受けなきゃいけないってこと?」
「そうみたいだね。」
「まあいいけど。せいぜい足引っ張らないでね。」
これは本気で言っているのか自虐を込めた冗談なのかいまいち判断しずらい。
「サナは、どうやってここまで来たの?」
「パパのドラゴンに送ってもらったわ。あなたは?」
「私は、近くの宿に馬を預けさせてもらっているんだ。ダンジョン製作士の研修期間だって言ったら無料で預かってくれるっていうから。」
「……じゃあ、その馬に乗っていきましょう。」
「2人で乗ったら馬も大変じゃないか?サナはどこかで馬を買ったらどうだ?」
「あのねえ、1万5千ディルで買える馬がどこにいるのよ。」
「君はビーディリク家の娘だろう。」
「うちは家を出たら、一切支援を受けないで1人で生きていくって決まりなのよ。」
「てことは、私たちの全財産は合わせて3万ディル?」
正直、ビーディリク家の財力を期待していたのに。
「そうよ、だからどうやってレスティアまで着くのか考えなくちゃ。」
しかし、ドラゴンでダンジョンの前に大事な娘をおいていってさようならとは、なんて考えなしな一族なんだ。
「とにかく、今日はもう疲れたからあなたが馬を預けている宿に泊まって作戦会議しましょう。」
「いや、まだ日は高いんだから、今日は進むべきだ。宿に泊まる金も限られてるんだぜ。」
「…そうだけど。はあ、じゃあご飯だけ食べていきましょうよ。」
「さっきコーンさんにご馳走になったじゃないか。今日は夜までご飯を食べる必要はないよ。」
「………。」
「どうした?」
「…これが貧乏人の暮らしなのね。」
まったく失礼なお嬢様である。
馬に乗って10時間ほど進み、山岳地帯を抜けることはできたが、宿のありそうな街に着く前に日は暮れてしまった。
「野宿だな、今日は。」
「いやよ!だから言ったじゃない。今日はあの宿に泊まって行こうって。」
私の後ろで馬に乗るサナが叫ぶ。
「だいたい、サナが馬に乗ってこないのが悪いんじゃないか。二人乗りだと速度も落ちる。」
「しょうがないじゃない、馬も連れて来てくれなかったパパが悪いわ!」
なんてお嬢様なんだこいつ。馬から降りてゴツゴツした地面に腰を下ろす。この辺りは木々が生えていないため隠れる場所がない。近くに魔物はいなさそうだが、万が一人間が通りかかったりすることを考えると隠れる場所が欲しい。
「隠れられる洞穴とかないかな。」
「そんなの簡単じゃない、私に任せなさい。」
馬の上からサナが話しかけてくる。
「なんでまだ馬乗ってるんだよ。」
「…下ろしてよ。」
「は?」
「高くて降りれないから下ろしてって言ってるの。」
「お前いくつだよ。」
学園に馬術の授業はなかったとはいえ、馬から降りることもできないとは、ほぼ赤ちゃんじゃないか。サナを抱えて馬から下ろす。
「洞穴がなかったら作ればいいじゃない。」
そう言って彼女が地面に手を当てると、周辺の地面が隆起しちょっとした洞穴が出来上がった。さすがは白ツノの魔力、これくらいは造作もないのだろう。
「助かるよ。」
偉い偉いと頭を撫でた手は無造作に払われた。
「こういうこともあるかと出がけにコーンさんにパンをもらっていた。今日はこれを食べて寝よう。」
硬く冷たい地面の上で眠ることになったが、旅の始まりという感じで、なんだか悪い気はしなかった。