罠の魔術師(2)
「二階では魔法を使わないようにしてください。」
1階の迷宮を抜けた私たちはコーンさんに続いて階段を降りていた。
「なぜですか?」
「魔力に反応して魔向石を含んだ矢が飛んでくるようになっています。ビーディリクさんは魔力量が人より多いので、さっきのように魔力を高めるのもダメです。」
「あんたのせいでしょうが。」
当然サナの怒りはおさまっていない。魔向石とは、魔力に引き寄せられる特殊な石でありコーンさんが言ったような使い方でダンジョンの罠に使われることは多い。
2階は真っ暗で何も見えない。
「明かりを、…危ない危ない。」
魔法を使って明かりをつけようとしたがコーンさんの注意をすんでのところで思い出した。
「ちょっと、暗すぎるわ。」
サナは人の話など聞かないやつだ。手をあげて魔法で明かりをつけようとする。
「サナ!」
私が叫んだ時にはすでに鋼鉄製の矢が一直線にこちらに飛んできていた、が、コーンさんがその矢を素手で掴んでピッタリと止めた。
「サナ、馬鹿かお前は。今言われたばっかだろ。」
「ご、ごめんなさい。」
流石のサナもやっちまったという焦りの表情を見せる。
「ダンジョン製作者が自分の作った仕掛けによって死ぬことは珍しくありません。ダンジョン内では一瞬も気をぬかないように。」
ごもっともだが、さっきサナの裸をチラチラ見しようとしていた人が言うことではない。
「でも、私も思わず魔法を使いそうになりました。魔法を使える人ならこの時点で危ないですね。」
「1階の冗長な迷宮を抜けて、気が抜けてしまう人は多いですね。」
「なるほど、1階はあえて冗長に作ってあるんですね。勉強になります。」
「この階の仕掛けはじゃあ、さっきよりまともなのね。ちゃんと全部教えておいてよ。」
「この部屋はかなりスタンダードな罠が多いです。上から鉄球が落ちてきたり、落とし穴だったり、あとは爆弾クリセマムなんかが植えてあったりしますね。私は魔物はあまり使いませんが、魔植物はけっこう使うんです。」
爆弾クリセマムは1メートルほどの長さの茎の先に丸っこい花をつける植物で、その花は触れるだけで簡単に爆裂してしまう。ダンジョンでは効果的な罠として使えるが、その育成、維持の難しさから敬遠されがちである。うちの学園でも、この花のせいで魔植物棟がまるまる吹き飛ぶという事件が私の在学中にあり、それ以来学園で使われることはなくなった。
「まあ、私の指示に従ってついてきてくれれば大丈夫です。」
無事に2階を通り抜けて3階に着くと、そこはまたしても普通の迷宮であった。
「これ、1階と同じじゃないですか。」
「ええ、同じです。」
「またただの迷宮?あの服を溶かすふざけた仕掛けがあるなら先に言いなさいよ。」
「ええ、今回はちゃんと言います。」
「今回は?」
「……先ほどは言いそびれてしまったので。」
「やっぱり、わざと教えなかったんでしょ。」
「………。」
コーンさんは無言で迷宮の奥に進んでいく。
「なんか言いなさいよ!」
1階と同じような迷宮を、オオコウモリの巣を避けながら進んでいる道中、無骨な木製の宝箱が置いてあるのに気がついた。
「これ、ミミックですか?」
「これは、確か本物ですね。金のゴブレットが入っていたかな。」
「はあ、なんでそんなことするの?もったいない。」
「君は本当にペーパー試験受かったんですか。」
コーンさんが流石に呆れた声で言う。
「勇者のモチベーション管理のためですね。」
「そうです。我々は、魔導石を守るためには勇者にダンジョンに来て欲しくない。しかし、放っておけば人間は数を増やしてその勢力を増していくばかり、だからフェイクのダンジョンに勇者を呼び寄せてその数を削らなければならない。ダンジョンとはそのような複雑な関係が成り立つ場であるから難しいのです。」
金は魔族にとっても貴重なものだが、巨大な金脈が魔族が支配する地域にある関係上、人間の世界よりはその価値は薄い。
「勇者たちは私たちにとって、敵であり客人でもある。ここは勇者たちの墓場でありテーマパークなのです。」
「へー、意味わかんないわ。」
「リリーさん、この子は本当にマニエラを卒業してるんですか?」
「はは、してるはずです。4階はどうなってるんですか?」
私もサナが筆記に受かっているのか不安になって来たので話を逸らす。
「4階も同じです。」
「え?」
「ちなみに6階も同じです。安心してください、5階からは隠し通路で管理室に行けるので、今日は5階まで見てもらいます。」
もう何時間も歩き続けていたのであと2階もこの退屈な迷宮を歩き続けるのは気が滅入ると思っていた私はそれを聞いて少し安心する。
「5階まででも大変よー。」
「ダンジョンなんだから、大変じゃないと意味がないよ。」
そう、私たちはダンジョン製作者と共にほとんど最短ルートで罠にもかからず(一つはかかったけど)に来ても大変なのだから、常に緊張感を抱いている人間たちはこの無意味な迷路を歩かされるだけで相当消耗するだろう。
「フェイクのダンジョンは、ローコストで管理が簡単なことが求められます。ここは、私の実験に使われるダンジョンでもあるんです。」
「5階も魔法は使わないようにしてください。」
ウロウロと4階の迷宮を歩き、抜けた後2階の時と同じ注意を受けた。
「まさか、5階は2階と同じ仕掛けですか?」
「魔法を使ったら発動する仕掛けは同じです。しかし他はもう少しだけ凝っています。」
5階の床には植物の蔓が張り巡らされている。太さは金貨一枚分くらいで棘はない。私たちが歩くと、ピクッと蔓が動いているように見えた。
「ウィーディか。」
ウィーディは生き物の体温に反応して巻きつき、その生気を吸収する魔植物だ。すでにそのツルは私とサナの足に巻きついていた。
「リリー、なんとかして!」
サナはすでにコーンさんを全く信頼していないようだ。ウィーディは、地下のダンジョンでの育成に適している。それは確か、、日の光と風に弱いからだ。しかし魔法が使えないとここで風なんか起こせない。
「どうしよう。」
ツルは既に私の方にも伸びてきていて、膝あたりまで巻きつかれている。助けを求めてコーンさんを見ると、私たちの足元の床にへばりついていた。
「コーンさん!?」
「風です! ウィーディは風に弱い!」
そう言うとコーンさんは私とサナの脚に思いっきり息を吹きかけ始めた。
「何してんのよ!」
サナがコーンさんの顔をペチペチと平手で殴り始める。
「少し我慢してください、ウィーディは風に弱いんです!」
「風じゃないでしょこんなの!」
しかし、実際、彼の吹きかける息によってツルの力は緩まり始め、なんとか振りほどくことができた。頭脳系に見えてすごい肺活量である。
「知らなかった、ウィーディは人の息でも無力化できてしまうんだ。けっこうな弱点だな。」
「感心してる場合じゃないでしょ!なんで先に教えないの、こいつはもう変態じじいで確定よ!話すこともないわ!」
「ええ、ウィーディは非常に扱いが難しい。ただ、この壁の隙間を見てください。」
壁の隙間にも何か植物が生えている。
「なんでしょう、胞子系ですか、あっ、わかった大きな風を起こしたら胞子が飛び散るようになっているんですね!」
「その通り、吸い込むと眠ってしまう胞子です。眠ってしまえば無抵抗にウィーディに生気を吸われるだけです。ウィーディと胞子を撒く魔植物は相性がいい。」
植物の相性か、勉強になる。
「何普通に会話続けてるのよ!」
後ろでサナが喚く。
「この先にも魔植物を複合して使った仕掛けがいくつかあります。それも今日お教えしてしまいましょうか。」
私たちは、コーンさんに続いて迷宮を進んだ。