全回復の謎
祈祷師など聞いたこともないギフトだ。
そもそも平民に知られているギフトは日常生活一般に関わるギフトばかりで、それ以外のギフトは貴族階級に集中している。これは同じ階級同士で婚姻する事が慣例なので、遺伝的にギフト配分が偏っていると考えられていた。
セルムのように平民で騎士のギフトを持つ者は限りなく少ないのだ。
「俺も祈祷師なんて聞いたことないっす」
「魔法師の一種なんですか?」
「いや、魔法師ではないよ。祈祷師は神に祈りを捧げることによって祈りの叶えることが可能なギフト。俗世でいう『聖女』って呼ばれる存在だね」
「「聖女!?」」
「昔話によく出てくる聖女や聖人…あとは巫女なんて言われている人達は、正確には『祈祷師』なんだよ」
話が突飛すぎて、シュナもセルムも理解が追いつかない。本当にそうならばレア中のレアギフトだ。
「3日間ずっと看病してきたけどセルムは重体のままだった。新しい変化といえばシュナちゃんが来たこと…。何を祈ったんだい?」
「えっと、目を覚まして元気になりますようにって…」
メアリーは確信したようだ。
ふぅとため息をつくと、セルムの指差しながら続ける。
「十中八九、祈祷師だ。祈祷師のシュナちゃんがセルムが助かるように祈ったから、傷ひとつない状態まで回復したとしか考えられない。魔法師団の特級治癒師ですらこんな傷ひとつ残さないで全回復させることは不可能なんだよ」
「確かに治癒師でも無理っすね」
セルムは腕に巻かれている包帯を解いて、傷ひとつない前腕をマジマジと見つめながら納得しているが、シュナは慌てながら被りを振った。
「あの、そもそも私まだ洗礼式を受けていなくて、自分がなんのギフトを授かっているのかわからないんです!」
「来月が洗礼式…まずいね」
「?」
「祈祷師はどの国でも喉から手が出る程欲しいギフトなんだ。13歳になると皆洗礼式を受けてるだろう?」
「はい」
「あれはレアギフト持ちの子どもを確実に把握して国外に流出しないようにする為だよ」
「それが何かまずいんですか?」
「祈祷師の場合はね、死ぬまで国家のために働かされるんだよ。聖人聖女達の御伽噺を思い出してごらん。パン屋や漁師になった者などいないだろう?」
「確かに」
「結婚だって国に決められてしまう。たった13歳で死ぬまでの道筋が決められてしまうなんてバカげてる!」
嫌悪感を顕にして舌打ちをしたメアリーに、シュナはビクリと肩を揺らした。
「あぁ、ごめんね。わたしはね、出来るならシュナちゃんに幸せになって貰いたい。好きな事をして好きな人と生きてほしいって思ってるだよ」
セルムさんが混乱した様子でストップをかけた。
「俺脳筋なんで一度整理させてもらっていいっすか」
「ああ、いいよ。突拍子の無い話だからね」