脳筋のセルム
寄宿舎1階最奥の部屋にその人はいた。
ワイバーン討伐時に受けた傷が深く、昏睡状態だという。
重症度でいえば病院で集中治療されるべきだが、もう長くはないだろうという見立ててで寄宿舎に回されたらしい。
「治る見込みのある騎士の治療が優先なんだよ。医療資源にも限りがあるからね」
「そんな…」
「この子は、あぁセルムというだけどね。平民で身寄りがないから余計に優先順位が低くなるのさ。悔しいけどね」
メアリーは苦々しい顔で説明しながら、手際よく上掛け布団のシーツを替えていく。シュナはそれを手伝いながら、セルムと呼ばれる騎士の顔を覗き込んだ。
「あ、脳筋さん!」
初めて寄宿舎にやつまで来た日に、両親の無念を思いやってくれたあの背の高い騎士だった。まさかこんな形で再会するなど思ってもみなかった。シュナはぐっと下唇を噛み締める。
「あぁそう。脳筋のセルムだよ。そう言えばシュナちゃんを抱っこしていたね。シュナちゃんが寄宿舎に来るって伝令鳥から伝えられた時、色々聞いてきたんだよ。セルムも一度に家族みんなを亡くしているから、突然ひとりぼっちになったシュナちゃんのことが自分のことのように思えたんだろうね」
「…だからあの時、とても心配してくれてたんですね」
そんなセルムの頭の上には予想通り『赤の0』が浮かんでいる。いくら目を凝らしても、その数字が変わる事はない。
顔の半分が包帯で覆われているのでよく見えないが、鎮痛ポーションが効いているのか苦痛の表情はないようにみえる。長身の逞しい体躯は騎士らしく、歳はダダよりも若そうだが、歳は20そこそこだったはずだ。
「そういえばダダさんは今どこに…」
「あの時の犠牲者は今みんな教会に安置されているんだけどね…ダダはまだ安否というか、行方不明なんだよ」
「行方、不明…そうですか…」
あぁダメだ。また泣いてしまいそうだ。
シュナは被りを振って意識を逸らす。
「あの!庭のお花摘んできてもいいですか?このお部屋に飾りたいです!」
「ふ、いくらでも摘んでおいで。脳筋には似合わないかもしれないけど、シュナちゃんからの贈り物ならきっと喜ぶよ。門前の花壇なら今ちょうどスノードロップがたくさん咲いていたはずから行ってごらん」
メアリーさんから剪定鋏と花瓶の在処を聞いたシュナは駆け足で庭へ向う。優しかったダダさんのことを考えると涙が出そうになるけれど、今はセルムのために一生懸命働こう。
メアリーの言った通り、門前の花壇には白く小さなスノードロップが群生していた。
スノードロップの花言葉は『希望』
セルムに贈るにはぴったりの花だ。
まだ死にゆくには早過ぎる。
どうか、どうか助かりますように。
シュナはそれを丁寧に剪定しながら、一心に祈る。
「セルムさんが目を覚まして、元気になりますように」