非常警報発令
翌早朝、甲高い警報音と号令が寄宿舎内に鳴り響いた。
団員達がバタバタと走る音が聞こえてくる。
〈アドマリン東の街道7里先に魔獣確認!
危険第1級指定のワイバーン3頭!
第一騎士団全員出動せよ!
繰り返す!アドマリン東…〉
大きな音にシュナはビクッと飛び起きた。
一瞬ここがどこか分からず混乱するが、お世話になった寄宿舎であることを思い出す。
「なんの警報!?」
シュナは慌てて窓辺に寄ると、そこからはバタバタと出動していく10名程の騎士達が見えた。
顔までは確認出来ないが、昨日の騎士達もいるだろう。
そして、今日も頭上に浮かぶ数字が見える。
「今日もまだ見える…」
0
0
0
14580
0
0
706
0
5932
0
今出て行った騎士達の殆どが、昨日の家族のように『赤い0』である。
また『赤い0』だと思いながらも、シュナの脳裏にある仮定が浮かぶ。
父さん達は3人ともあの日『赤い0』だった。
そして、その日のうちにワイバーンに襲われて亡くなり『黒い0』へと変わっていった。
(もしかして、あの数字はカウントダウン?)
聞いたこともない話だ。
確かめようにもどうすればいいかわからない。
「今はそんなことよりも皆を見送らなきゃ」
シュナは大急ぎで着替え、玄関へと走っていく。
ちょうどそこには管理人夫婦のダンとメアリーがおり、心配そうに騎士達を見送っていた。
「シュナちゃん!」
「あの、一体どうしたんですか?」
「またワイバーンが出たらしい。非常警報が発令されるなんてこの数十年殆どなかったのに、昨日といい今日といい…一体どうなってるのか私達にもわからないんだ」
不安そうな管理人夫婦の頭の上の数字を確認する。
ダンさんは13256
メアリーさんは16875
わたしの仮説が正しければ、この2人は大丈夫だ。シュナは束の間の安堵に胸を下ろす。
「シュナ?」
後ろから声を掛けてきたのはダダだった。
「!」
振り返って見えたダダの頭上には『赤い0』が浮かんでいる。昨日はたしか『1』だったはずだ。
「ダダさん!」
シュナは声を荒げた。仮定を裏付ける様にカウントダウンされているということは…こんな仮定当たらなければいい。どうか当たらないで。父さん達みたいに突然帰ってこないなんて絶対に嫌だ!
「大丈夫だよ。他の騎士団も集まってきているから、ワイバーンは街に入らせない」
「でも3頭もいるって!」
ダダは微笑みながら優しくシュナの頭を撫ぜると、ふと思いついたように右耳のピアスを外してシュナに渡した。
ダダと黒い瞳と同じ色のオニキスのピアスだ。
「魔除けのオニキスなんだ。お父さんから貰ったように、シュナちゃんのお守りにしておいて。いらなかったら、私が帰ってきたら返してくれればいい」
「…ありがとうございます!」
ダダは一呼吸置くと、その瞳がゆっくりと磨硝子様に変化していった。そして穏やかな声色でそっとシュナに告げた。
「【私は大丈夫だから安心して】」
ダダの瞳をみつめていたシュナの心が一瞬にして凪いでいく。あれだけ焦燥感を募らせていたのに、今は安心感に満ちている。何故だろう。
「はい。ダダさんの帰りを待ってます」
「うん、行ってくるね」
去っていくダダの後ろ姿を見送りながらシュナは祈った。
「ダダさんがどうか無事に帰ってこれますように」
ーーーメアリーさんから後で聞いた話。
ダダは精神干渉の力を持つ『魔眼』の持ち主なのだという。あの時、瞳が磨硝子様に変化したのは魔眼の暗示効果が発動された証拠らしい。
「久しぶりにダダの魔眼発動を見たわ。安心させるために使うなんて粋なことしてくれるじゃないか」
「だからあの時気持ちが穏やかになったですね」
メアリーさんはダダさんがわたしに安心するよう暗示を掛けてくれていたという。だから『大丈夫だ』と言われただけで気持ちが落ち着いたのだろう。やはりダダさんは優しい人だ。あんな緊急事態でも人を思い遣ってくれる。
「ダダは強いから大丈夫だよ。殿を務めるほど強いんだ。だから心配ないよ」
そう言ったメアリーの言葉とは裏腹に、ワイバーン3頭の討伐はその後3日間の激戦となり多くの死傷者を出すことになる事をシュナはまだ知らなかったーーー