第一騎士団寄宿舎
教会を出ると辺りはすっかり夜の帳が下りていて、どこからともなく梟の声が聞こえてくる。
もう遅い時間になってしまったので、今日はキリコの町に帰らずに第一騎士団の寄宿舎の一室に宿泊することになった。
「寄宿舎にいる人間には伝令鳥で伝えてある。皆事情をわかっているから自分で説明しなくていいからね」
「今日は何から何までありがとうございました」
「明日も私がキリコまで送るから安心して」
いまだに受け止めきれていない出来事を他人に説明出来る気がしなかったので、ダダの気遣いはありがたい。
寄宿舎につくと、管理人の中年夫婦が小走りになって出迎えてれた。ダダはこれから報告しに行かなければならないと言い、すぐさま馬車に戻って行った。
「今日は一日大変だったろう。何もない所だけどゆっくりしておくれ」
「食事も準備出来てるから良かったら食べてね」
管理人兼料理人である恰幅のいいご主人はのダン、美人の奥さんはメアリーと名乗ってくれた。
そういえば今日は朝食を食べたきり何も口にしていなかったことを思い出し、早速夕食をいただくことになった。
「シュナちゃんだよね?」
寄宿舎の一階にある食堂に案内されて夕食を待っていると、とても背の高い若い騎士が声を掛けてきた。
190cm以上あるのではないだろうか。椅子に腰掛けているシュナから見ると更に大きく見える。
「突然のことで本当何と言っていいか…」
「アホお前、考えてから話しかけろ」
「それはそうなんすけど…俺こんな可愛い娘さん残して亡くなったご両親のこと思ったら可哀想で…1人にしておけなくて…シュナちゃんいきなり話しかけてごめんな!」
シュナは慌てて椅子から立ち上がると、お辞儀をして自己紹介をした。事情は知っているとのことなので簡易な挨拶だ。
「あの、シュナ・デューラーと申します。あの、今晩はお世話になります」
「よろしくシュナちゃん。私は第一騎士団のマシューだ。この脳筋はセルム。こっちはリンゼ。まぁ一度に覚えられないだろうけどよろしく頼む」
「よろしくね!シュナちゃん!!」
脳筋と呼ばれたセルムがシュナの手を両手で握る。
すると、すぐさま年嵩の騎士がセルムに拳骨を落とした。
「痛ぇ!」
「いきなりレディに触るな」
「俺平民だからそういうの疎くて…シュナちゃんごめん!」
「こいつ脳味噌まで筋肉で出来ているから考え前に動いてしまうんだけど、全く悪気はないから許してやってほしい」
シュナのなかで騎士とは貴族で構成されている部隊なので近寄りがたいイメージだったが、実際の騎士達はダダを始めとして皆優しい。
「あの、わたしも平民なので全然大丈夫です。気遣ってくれてありがとうございます」
父と歳の近そうな顎髭のマシューが優しく微笑む。
「シュナちゃん。今は食べられるだけ食べて、眠れるだけ眠るんだよ。それだけでいいからね」
「はい、できる限りそうします」
「うん、無理せずにね」
優しい人達だ。今日は家に帰れなくて良かったかもしれない。ダダさんといい、この騎士さん達といい、この寄宿舎の人たちはみんないい人達で有難い。
ホッしたせいか、途端にポロポロと涙が溢れてくる。本当に今日は泣いてばかりだ。
「シュナちゃんが泣いちゃった!」
セルムが慌ててシュナを抱き上げた。他の騎士よりも頭ひとつ分高いセルムの腕の中から見える世界はとても見晴らしが良い。
「バカ!いきなり抱き上げたら危ないだろうが!」
「絶対落とさないすよ!悲しい時は高いところに行くとびっくりして落ち着くんすよ!」
「それはお前だけだろ脳筋!」
わぁわぁと騒ぎ出した騎士達の声を聞きつけて様子を見にきたメアリーは、抱き上げられているシュナを見るなり目を丸くした。
「あんた達何やってるんだい!?」
セルムは「高いところに〜」のくだりを話し始めた時点でメアリーに尻を叩かれる。
それがまるで母親にイタズラを咎められている子ども達のように見えて、思わず笑いが溢れた。
「あは」
「シュナちゃんが笑った!」
脳筋は更にシュナを持ち上げて赤子をあやすように〈高い高い〉をする。
「わっ高い!」
「セルム絶対落とすなよ!」
悲しいのか嬉しいのか、なんの涙なのか検討もつかなかったけれど、シュナはようやく笑うことが出来たのだった。