アドマリンからの凶報
「シュナ・デューラー嬢?」
教頭室に迎えにやってきたのは、第一騎士団紋章を付けた美しい騎士だった。
一瞬女性かと見間違うほど美しい顔立ちをした騎士はダダ・ド・リオンヌと名乗った。
やや肩で息をしている所をみると急いで駆けつけてくれたであろう事が伺えるが、その立ち姿はとても洗礼されている。ダダは貴族なのだろう。
しかし、その頭上にも数字は浮かんでいた。
ダダの腰まである黒い長髪の上には『1』
「伝令鳥を送ったので大まかなことは聞いたと思うけれど、詳しくは騎士団の馬車の中で話す。とにかく今は急いでアドマリンに向かうよ」
心配そうな顔をした教頭先生に見送られ、2人は第一騎士団の軍馬二頭立ての馬車に乗り込む。
さすがに騎士団の馬車だけあって軍馬も通常の2倍近く大きいし、乗車部も6人程座れる広さだ。180cm程のダダが斜め向かい座ってもまだまだ余裕があった。
走り出してから暫く経った頃、ダダは足を組み直してふぅとため息をついた。こんなことになっていなければ、きっとシュナは見惚れてしまっただろう。
「デューラー嬢…シュナ嬢でいいかな?」
「いえ、私は平民なのでシュナとお呼びください」
「ではシュナ。ひとつずつ説明していくよ。まず、アドマリンに現れたのは危険第1級指定ワイバーンの幼体1頭で、それは第一騎士団で既に討伐している。現地の安全は確保されているから安心して欲しい」
「はい」
「現場に残された破壊された馬車の車体ナンバーからデューラー家の馬車と判明した。御家族は今日アドマリに向かっていた?」
「はい。薬の納品に行くと行っていました」
「そうか…。全壊した馬車から見つかったのは親子と見られる3名だった。5歳ほどの女児を守るかのように女性と男性が覆い被さって亡くなっていたんだ」
「…はい」
「…車体ナンバーや家族構成から考えてもデューラー家の人々だと推測される」
「…はい」
2人の間に重い沈黙が訪れる。
両親たちの訃報がほぼ確定となりつつある今、シュナにとっては下手な慰めよりも沈黙の方が有難かった。
「…あと。これは男性の胸ポケットから出てきた小箱なんだけれど『シュナへ』と書いてあったからきっと君宛のプレゼントだろう。御三方が安置されている教会で渡しても良かったのだけれど、きっと大切なものだろうと思ったから先に持ってきたよ」
ダダは白いハンカチで包んだものをポケットから取り出すと、そっとシュナ手渡してくれた。
ハンカチを開くと、角がひしゃげてしまっているが、丁寧にラッピングされた小箱が出てくる。
その隅には見覚えのある癖のある字で『シュナへ』と小さく書いてあった。
「…父さんの字です」
「…そうか」
鈴蘭の描かれた包み紙を外して箱を開けると、そこにはムーンストーンのピアスが丁寧に納められていた。
父さんはちゃんと約束を覚えていてくれたんだ。
「…今朝、父さんが約束してくれたお土産です。鈴蘭亭でピアスを買ってきてくれるって言っていました…」
「優しいお父さんだね」
「はい」
たった半日前のことなのに、なんだか家族と過ごした朝食が遥か昔の事のように思える。
今朝はパンと何を食べたんだっけ?
父さんと母さんはどんな服を着ていた?
ネネのリボンは何色だった?
あやふやな記憶しか浮かんでこない。こんな事になるなら学校を休んででも一緒に行けば良かったな。
それからシュナは何も話さず、ただ移り行く窓の外を見つめていた。
それから休憩なしに馬車は2時間程走り続けた。
アドマリンの街につく頃にはすっかり夕暮れになり、海は茜色に染まってる。
両親達が安置されている教会は市街地から少し離れた見晴らしの良い丘の上にあった。
シュナの到着を待っていた神父がすぐに出迎えてくれ、挨拶もそこそこに誰もいない奥の一室へ案内してくれる。
部屋に入ると、そこには3つの棺が安置されていた。
どれも蓋が閉められているため、誰がどこに納められているかはわからない。
しかし、それぞれの棺の上に数字が浮かんでいるが見える。今度は赤ではなく『黒い0』だ。
シュナは触れようとして手を伸ばすが、スッと数字を通り抜けてしまった。
一体これはなんなんだろう。
もう頭がパンクしそうだ。
「シュナ」
ダダに呼びかけられ、シュナはハッと我に返った。
「3人とも損傷が激しいので、書面及び口頭での確認になるよ。頭髪の色、瞳の色、所持品については記録してあるのでそれを確認して欲しい」
「はい」
各人毎にまとめられた記録用紙を読み進めると、その棺の中にいる3人の相貌や服飾品は両親と妹の特徴に酷似していた。
男女の装飾品として記載されている蔦模様のゴールドリングは、両親がついていた結婚指輪と同じもの。
幼女の服飾品はピンクのワンピースとリボン。
ーーネネは久しぶりの街だからか、1番のお気に入りのワンピースを着て出掛けたようだ。結いていたピンクのリボンはシュナが誕生日祝いに送った物だろう。
「両親と妹だと、思います」
「そうか…顔を見せてあげたい所だけれど、それは辞めておいた方がいいと思う」
「…はい」
「30分ほど席を外すから、4人で過ごすといいよ」
ダダはそう言って静かに部屋から出て行った。
天窓のステンドグラスからは月の光がもれ始めていて、3つの棺を照らす。家族4人でいるのに全く音のしない世界はとても静かでひどく居心地が悪い。
「父さん、母さん、ネネ」
何度呼んでも、返事はない。
棺を前にした途端、これは現実なのだと突きつけられる。両親と妹の顔すら見れず、このまま永遠の別れになるのだ。もう2度と声も聞けず、抱きしめられることも、抱きしめることも出来ない。
どうしてわたし1人残して皆逝ってしまったんだろう。いっそのこと、家族4人で死んでしまえれば良かったのに。そう思わずにはいられなかった。
「…ぅっ、うぅ…うっ…」
シュナはただ泣き続けた。