余談 猫と機械
ここは人の手には届かず世界の果てにある魔境、凶悪な魔物達が跋扈するアビ山脈。その山脈の端にポツンと空いた大きな穴の中には、今や動く事を止めた機械が土に埋もれていた。腕と足は完全に埋もれ見えるのは胴体と頭の部分だけで、かなりの年月を感じさせた。しかしその機械の思考は未だ止まっていなかった。
彼は遠い昔、創造主に言われた事について何年も何百年もずっとずっと考えていた、まさにやめる事を知らない機械のように。
『使命を捨て、自由に生きなさい』
そう言われた瞬間、彼は呪いにかかった。自由とは何か?それが彼をいつまでも悩ませる疑問だった。機械である彼は決められたことしかできない、自分で何かするということがどういったものなのか分からなかった。
創造主から解放された当初はただ何もせず立ち尽くしていた、雨が降っても雪が降っても人間の戦争に巻き込まれても何もしなかった。いつまで経っても命令が来ることはなかった。
彼はやがて考える、もしかして「自由」とは今の状態のことでは無いのかと。そこで彼は試しに人間の真似をしてみることにした、人間を選んだのは一番見ることの多かった生命体だったからだ。
足を動かし、歩いてみる。いつの間にか出来ていた街の人間達が騒いでいたが自分には関係ない、目的もなくただ歩く。これが自由なのだろうか?
「?」
かすり傷もつけられないような小さな衝撃が胴体に発生した。目の前には二対の角が生えた明らかに人間ではない男が自分に向けて炎を放ったらしい、データベースを閲覧してみるとどうやら魔獣が言葉を喋るほどの知能を持ち合わせた存在「魔王」と呼ばれる者らしい。魔王と言っても強いから魔王と仮に呼ばれているだけであって、本当の魔王は別に居るようだ。
その仮の魔王は人間の街を焼き尽くさんとしていた、その過程で自分を敵だと思ったのだろう。自分には関係がない、命令されていない、だから無視しようと思った。そんな事を考えている間に剣や弓などの武器を持った人間達が自分の横を通り抜けて魔王に突撃していった。
力の差は歴然であり魔王が手を振りかざした直後、人間たちは瀕死となった。
そんな人間達を見て思い出した。創造主は彼らと共に過ごしていたことに、一人の時はいつも寂しそうだった創造主はとても楽しそうに彼らと話していたことに。
気が付けば自分は右手の発射口から高出力収束熱線を魔王に向けて撃っていた。
一撃、たった一撃で強大な魔王を殺しその余波で後ろに控えていた魔王が従えていた魔獣を消し飛ばした。人間達は開いた口が塞がらなかった。
そして彼は自らが消し飛ばした道をそのまま止まることなく前進した。
後にこの出来事は守護者の伝説として語り継がれた。
機械なので飲食は不要、そして彼は特別製なので燃料の補充も不要なので休む事なく歩き続ける。初めて見る景色、知るという行為に彼の中は何かで満たされていく感覚があった。でも満足することはなかった。
歩いて歩いて歩いた末に彼はこの果ての地にたどり着いた。取り敢えずこのアビ山脈を散歩することにした。
勿論自らの縄張りに入り込んだ異物を住んでいる魔物が見過ごす訳も無く、戦闘に入ることもあった。しかし彼には敵わなかった。中には世界を一つ滅ぼせそうな力を持った魔物もいたが、多少手間取りつつも完全に破壊した。
そして彼に歯向かうものがいなくなった時、歩く事を止めた。元々目的も無く歩いていただけなので、果てに辿り着いた時のことは何も考えていなかった。
「.........」
結局、自由とは何だったのか。今だ答えは出ない。一度は完全に機能を停止しようかとも考えたが、彼が最後に受けた命令は使命を捨て自由に生きること、そんなことは許されない。
彼が感じているのは虚無感、何をしてもどうすることもできない感覚に虚無を感じる。機械のくせに悩むその姿は滑稽であり哀れだ。
彼は一人では答えにたどり着くことは無いだろう、一人では。
「.........?」
奇妙な生体反応を感じ、視覚機能を起動させる。するとそこには尻尾が二股に分かれた生物がいた。
「ニャー、変なヤツがいる。ナニモンにゃー?」
彼は喋るそれを観察する。白と黒が入り混じった体に宝石のように輝かしい黄金の瞳、なにより特徴的なのはやはり尻尾だろう。彼は自身のデータベースを隅まで見ても該当する生物は無い。
彼は知的好奇心というべき感情が生えてきた。
「ニャー、質問してるんだけどナー。もしかして私のようにしゃべれにゃい?」
首を傾げて喋るこの生物に彼は何かおかしなものが内から生えてきた。それがなにかはわからない。
...肯定。確かに喋ることはできない、発声器官は備わっていないから。
「ナーんだ、やっぱり喋れないのかー」
驚愕。何故この生物は自身の思考が伝わるのかわからない。もっと興味が出てきた。
「ンニャ、思念というかそういうのは私にはわかるんだニャー。というかこんなに古そうなのにまだ動いているなんて面白いニャー」
理解。そういう生物もいるのか、記録に取っておこう。しかし、疑問。何故こんな果てに弱そうな生物が存在するのか。
「ニャ!?弱そうとは失礼ナ!こう見えても長く生きているんだニャー!」
ピョンピョンと跳ねて抗議をするそれに彼はまた何か形容しがたい感情が芽生えた。彼は気付いていないが、それは保護欲というものだ。おめでとう、また一歩自由に近づいた。
「まあなんというか、私もなんでこんな所にいるのかわかんないんだニャー。お寺で昼寝をしていたはずが、いつの間にかここに来てしまった。全く、運命ってのは残酷だニャー」
彼はその現象に心当たりがあった。稀に空間に穴が空き、別の世界へと跳んでしまう現象。世界漂流と呼ばれるものだ。
「ニャーるほどね、ナら戻る手段はないのかニャー?」
その生物はどこか他人事のような態度だった。楽観的というべきだろうか。
そんな事を深層心理で思いつつも質問に答える。
該当無し。戻れた事例は存在しない。世界は数多に存在しているから。...しかし我が創造主ならばあるいは...?
「ニャらソイツの所に連れて行って欲しいニャー、どうせお主暇なんだからー」
疑問。暇、暇とは?「自由」の別名なのだろうか?確かに今の我は何も無い。使命も目的も、すべて空白だ。だが「自由に生きろ」という命令に縛られている我は本当に自由と言えるのか?
「何を難しく考えているのやら、主は何もニャいんじゃろ?じゃあ何でも出来るということだニャー。私のように、好きな時に寝て食べて歩く。自由なんてそんなもんニャー」
.........。好きな時に好きなように。創造主は我にそれを望んだのだろうか?だが何の為に?何の利益があって?それに機械である我に好きな、などというものは...
悩んでいる彼を尻目にその生物はペロペロと体を舐める。そして呆れたように言った。
「ニャー、なら何でキカイの主がこうも人間のように質問しているニャー。それって識ることが好きだからじゃニャいかなー」
疑問。疑問。...否定。それは好き、と言えない、と思考する。
「ニャー、だったらそれは旅をする中で答え合わせすればいいニャー」
彼はその言葉に自由を感じた。そして思う、答えを見つける為にはここでずっと思考するよりも、旅をしたほうがずっと合理的だろうと。彼は少し迷いそして決めた、自分なりに好きに生きてみようと。この瞬間がその為の第一歩だと信じて。
理解。我は、アナタと旅をしよう。なにより、弱い生き物をみすみす見殺しにするプログラムは入っていないので。
「ぬ、また弱いって言ったニャー!?ううむ、私のパンチをお見舞いしたいところだが.....まあ今回は許してやるニャー。じゃあ早速出発するニャー」
了解。機体再起動、インフィニットジェネレーター稼働中。両椀部位起動成功、両脚部位起動成功。システム『対神性殲滅機構』再始動開始。
「ぬ、お!?おおおおぉ...」
彼は立ち上がり全長約4.5メートルの巨体を見せる。巨人種にとっては小さく見えるだろうが、眼の前にいる生物は人間以下の大きさなので驚くのも仕方のない事だろう。
「お主、意外と大きかったんだニャー」
驚きはしたがすぐに順応した生物は彼の膝に飛び、それから肩に飛び乗るとそこにポテッと香箱座りをする。
「ふむ、ここならいい景色を見れそうニャー。...そういえば名前を聞いてなかったニャー。私は猫又の「風」、昔のご主人につけてもらったニャー。それで、主の名前は?」
............。由来はどこかの世界の神の名前を取ったと聞いた。「スルト」今の我は、ただのスルトだ。
「ニャー、じゃあ取り敢えず最寄りの人間の町に行ってみるかナー」
承諾。目標を町に設定。
穴を抜けると目の前には今まさに地平線から出でこようとする太陽が見えた。それはまるでこの先の道を照らしてくれる祝福のようだった。
機械でありながらも彼は祈る。
創造主。どうかワタシの自由を、見届けて欲しい。
世界を滅ぼせそうな魔物。
等級不明
かつて一人の英雄に撃退され、休息の為にアビ山脈に来た。あと少しで完全に回復する時に運悪くスルトとエンカウントしついでに滅ぼされた。
魔王(仮)
第一等級
魔王は総じて人の姿で生まれる。これは人間達への憎悪の現れだろう。その炎は最初の魔王、真の魔王に由来する消えることのない怒りの炎である。
スルトは彼とは表記されるが、正確には性別は無くむしろ女性よりである。




