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Q.E.D.

 ギロリッ


「ああ、そうですよね。一般的な範疇でですよね。うんうん。わかります」


「物分りがよろしいようで何よりで、それにしても」


 口には出さず思考する。水商売の店だと仮に知れ渡っているとしたら本当に困るなあ。でも、本当にお客さんがずっと来なくてひもじくなって固いパンしか食べれなくなったら、そんなことにも手を出さなきゃいけなくなっちゃう!?うわー。それは嫌、ほんとに嫌。死ぬよりはマシだけど、それだけは避けたいよね。


「?」


 青年はキョトンとしている。


「ん、なんでもない。で、うちはそういう店じゃないって説明したけど、あんた、別に依頼でもあんの?」


 一応は聞かなくちゃね。こんなんでも初めてのお客さんだし、ってぶん殴られて何か頼みたいもクソもないか~、はぁ。


「いっ、いえ、とくには…」


「…」


「…」


 気まずい空気が流れる。まっそうだよね。当然だよね。あたしだってあんたの立場だったら、恥ずかしさやら痛みやらで一刻も早く立ち去りたいよ。もっとも普通の神経してたらね。


「ごっ、ご迷惑おかけしました、そ、それでは僕はこれで」


 青年は立ち上がって口を拭う、頬は青く腫れていて、唇の横のところが切れ、少し出血している。ちょっとやりすぎちゃったかなぁ。なんか後味悪い。しょうがないから、カウンターの後ろの戸棚から1つの紙袋を出す。そして青年がドアに向かって歩いていくタイミングで声をかける。


「ほら、これ。殴って悪かったよ。あんただって悪気があったわけじゃなかったんでしょ」


 ほいっと紙袋を放って彼によこす。


「あの、これは?」


「湿布。打ち身とか擦り傷に効くから使いなよ。簡単な薬くらいは作れるから、困ったときは頼ってよ。今日はいいけど、もちろんそんときはお代はいただくよ。それと、まわりの人にも真の意味でのよろず屋だって言っといてよね。もう。」


「すみません、ありがとうございます」


 そう小さな声でいうと青年はその場で視線を下にして固まる。


「どうしたし。早く帰りなよ」


 ふと、全てを理解したかのように青年は目を輝かせてこっちを見る。


「もしかして、僕にそこまでしてくれるなんて…。あなた僕のことを」


「ない」


 鬼の形相でにらみつける&速攻で言葉を遮って拒否する。ちょっと優しくしただけでこれなんて、こいつの頭はどんだけお花畑なんだ。


「ひぃ、すみませんでした」


 カランコロンと入り口のカウベルを鳴らして青年が逃げていく。


「はぁ」


 なんとかソファにたどり着いて、海辺で干された海苔みたいに横になる。なんかどっと疲れた。てか、水商売の店だと思われてるとしたら、まじでしばらくお客さん誰も来ないよね? 来たとしてもどっかのイキリ立った鼻息荒いやつらばっかりだよね!? 絶望的すぎる、絶望的すぎるよ。なんとかしなきゃいけないんだけど、知り合いもツテもないあたしにどうすればいいのよ。もう考えるのもめんどくさくなってきた。


 壁がけの鳩時計に目をやる。まだ1時。お日様も天上だし、窓から漏れる日光が暖かくて心地良い。慣れない日は長いし疲れる。ちょっとだけ、ちょっとと目をつむる。世界がだんたん暗くなる。あれこれ考える。これからのこと、これまでのこと、手つかずのこと、夢のこと、家族のこと、ヤツのこと。だんだんと思考が曖昧になって、とろけて、わからなくなって。きえた。


-------------------------------------------------------------------------


 小さいあたしの手を引く、大きくて傷だらけのおやじの手。そういえば、まわりの誰も彼も、あたしとおやじが全然似てないって言ってたっけ。それを言われるとおやじはいつも不満そうな顔をしてた。そりゃそうだよ、固くて岩みたいに大っきくて、しかも鬼みたいに目付きが悪いおやじ、小柄なあたしとは似てもにつかなかった。


 だれかと話すおやじ。その人はとっても背が高くて、亜麻色の長い髪をしていて。顔はよく見えない。会話も聞こえない。小さいあたしには難しすぎる話みたい。あたしは、両手で大事に囲った緑の石のついたブレスレットに夢中で、そればっかり見てた。透き通ってるようで、キラキラしてて、石の向こうは見えない、そんな不思議な魅力に取り憑かれて、覗き込んでた。そういえば、あの石、どこにいったっけ?


 場面が変わる。炎、熱い炎、おやじの工房の竈の炎も熱かったけど、それとは違う、紫のような、黒いような、嫌な炎。夜の世界。金属が激しくぶつかる音、怒号が耳をつんざく。空気は生暖かくて、肉の焼ける匂いがする。でも、足も手も動かなくて、仰向けでかすかな星空を見つめるだけ。となりに誰かがいることはわかるけど、それが誰かはわからない。そいつは何もしゃべらないし、これからも何もしないことだけはわかる。


-------------------------------------------------------------------------


カランコロンッ


「…っは!」


 寝てた!時計の短い針はすでに5の数字を指し示していて、窓の外はうっすらと茜色に染まり始めてる。赤ん坊みたいに口の横がよだれでどぅるどぅるになってる。ああ、布巾はどこだっけどこだっけ。


カランコロン


「あの~」


 って、誰か来た! あっ、寝癖やば! 服もしわしわに!


「えー、あー、ちょっ、ちょっとまってね!」

 

 超速の手ぐしで髪を整えて、ぶくぶくぶくとうがいをして、あとはあとは。思考が加速する。やばい、今あたし、確実にゾーンに入ってる。今のあたしなら、どんな天才軍師よりもうまく立ち回れるッ! ウォォォォォ、ブレインオーバードライブッ!

 

 ---------ッ!


 そして最大加速した知能によって、あたしは重大な事実に気がついてしまった。


 仮説:いまあたしが全力で接客しようとしている対象は、デカチチを求めるイカれチンポ野郎なのではないか?


 証明:今日、あたしの店に来たお客は1人でイカれチンポ野郎である。あたしの店は、イカれチンポを対象とした、イカれチンポマッサージ店として噂が広まっている。したがって帰納的に次に来る客がイカれちんぽ野郎である確率は99.9999999999%である Q.E.D.


 NOOOOOOOOOOO!証明されてしまった!

 

 それに加えてあたしの中のビーストがあたしの耳元で囁く。


『そのイカれちんぽ、希望もろとも速攻粉々に打ち砕いてやれ! これがホントのQクイックED(※※※)なーんてなぁッ! ぎゃっぎゃっぎゃ!』


 やめろビーストッ!あたしを羅刹の道に誘うでないッ!ただでさえ今日は一人殴り飛ばしたというのに罪を重ねろというのかッ!あたしは、たまにしかお前には屈しない!となればお客様には全力で、丁寧にお引取り願うッ!


 ウオオオオッ、戸口に指をかけ筋力を解き放つッ!ドアよ開かれよッ!


「……って、…え?」


 扉の向こうに立っていたのは、可愛らしい顔立ちをした10歳くらいの男の子だった。


「依頼があるんですけど…、いいですか?」

感想、評価、ブクマ等、作者はブラキオサウルスの如く首を長くしてお待ちしております

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