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クソ客襲来ッ!

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「……来ない」


 指先第一関節くらい埃のつもった戸棚の上もつるんつるんになるまで磨いたし、泥でくすんだ木目の床だって活力に満ち溢れた若木みたいに拭き上げた。もちろん玄関口の窓ガラスだってぴっかぴかのすっけすけだし、落書きされた柱だって超頑張ってぜんぶ一から塗り直した。


「……だれも来ない」


 店先の看板にしても暖簾にしても看板だってあたしの自信作だし、書いてある内容(あたしの名字を除いて)そんなにおかしなことは書いてないと思う。そう思いたい。そうに違いない。


「……、ううう、だれ゛も゛ごな゛い゛」


 ゴーン、ゴーンと正午を知らせるベルがカウンターの上のペン立てを震わせる。役所のお姉ちゃんに見栄はって明日開店とか言った(書いた)けど、普通に間に合うわけなくてその三日後の昼下がりが今現在。意気揚々と朝にお店を開いて、今の今まで誰も来ない。


「はぁ…」


 この街に入って約一週間、お店を用意するのといろいろ住居環境を整えるのとで、手持ちの半分は使ってしまった。このまま仕事が何もなければ、だんだんと財布は寂しくなる一方。そしたらどうなる…? 知り合いもいない異国の土地で一人きり。食事もだんだん切り詰めていって、最後には乾いたパン一切れになって。あたしの体は親鳥に遺棄された鳥の雛、あるいは木の枝に擬態したナナフシみたいにガリガリに干からびていって…。


「不名誉な死!?」


 思わず立ち上がってしまう。腰掛けていた椅子が大きな音を立ててびくっとする。そういえば椅子の足に床を傷つけない布的なやつつけるの忘れてた。って、そんなこと今考えてたわけじゃない。


「うーん…このままじゃだめだよね」

 

 頬杖をついて思索してみる。やっぱり看板の内容「困ったこと、お悩みのこと相談してください 解決 改善 大親父に任せなっ」が、まぁけてぃんぐ?的な観点で漠然としすぎているのだろうか。それとももっと積極的な宣伝活動をすることで、こきゃく?を獲得していく必要性が…? それ以前にもっと専門性を押し出して「治療」をウリにした、けいえいせんりゃく?を立てなきゃいけなかった?!


「……わからん」


 こりゃ絶望的だ、不名誉な死まっしぐらだよ、お先真っ暗だよ。世界の終わりだよ。がっくしして額まで机につけて突っ伏しちゃうよ。ゴンッ、ああ、たんこぶできたかも。


 カランカランカラン、その時、急にお客さんの来訪を告げる玄関口のカウベルが板敷きの部屋に響き渡る。


「…!」


 やばい! ついに…来た! あたしの店主としての初めてのお客様。極上の笑顔で最上級の対応を、そして迅速丁寧、疾風迅雷、慇懃無礼にお悩み解決ぅ! って慇懃無礼は違うか、ははは。テンション上がって、おかしくなっちゃってる。


「あっ今いきます!」


 ふふ、初めてのお客さん、どんな人かな? もしかしてブロンズヘアーの王子様みたいなイケメソだったりして。んふぅ、いやいや、「…俺の頼みは、壁に女を追い込む練習だ」なんていう百回くらい壁ドンの練習に突き合わせてくる、危険なダンディーだったりして。それともそれとも~、「お姉ちゃんの芋けんぴが、食べたい…です…」なんて塩らしく赤面して頼んでくる美少年だったりして!おっ、おほっ、おほっ、興奮してきたッ~~!やべ、鼻の下伸びてるかも、やべっ。


「さっ、中に中に」


 満面の笑みで、超絶お上品にドアを開け放つ。するとそこにいるのは痩せていて眼鏡をかけていて、なおかつ植物を育てるのが得意そう、かつ、木こりが着てそうな服の青年だった。そして耳たぶがとても長い。どれくらい長いのかというと通常の人の二倍くらいある。うん、やっぱりイケメソが突然襲来するなんて乙女ストーリーないよね。知ってる。てか耳たぶながいね、めっちゃ運がいいとかあるのかね。


「あっ…あっ、あのぅ」


 青年はえらい緊張した面持ちで目を伏せて、そのうえ言葉はどもっている。そして背負ったかばんのバンドを両手でぎゅっと握りしめている。


「さっ、中にどうぞどうぞ!」


 まっ、イケメソじゃなくてちょっとがっかりしたけど、わざわざうちに来てくれた第一号のお客様!気を取り直して、しっかり対応しなくちゃね!この人も緊張してるみたいだし、困ってるからここに来たに違いないし、あたしがリードしてあげなきゃね。


「…えっ…あっ…中もいいんですか?」


「?」


「…いっ、いや、なんでもないです…」


「そうなんですね♪ さ、こちらにかけてくださいね」


 きっと緊張して自分が何言ってるかわからなくなっているんだろう。うーん、あたしも昔あったあった。近所のおじちゃんが怖すぎて、おやじのお使いで大工道具を届けるように言われたとき、緊張で大工道具じゃなくて花嫁道具持ってきましたって言っちゃったもん。どれだけ恥ずかしかったことか。そんときは、めずらしく近所のおじちゃん優しかったけどね。


 丸机を挟んで対面して腰掛ける。青年は体を強張らせ、緊張を抑えきれない様子で口をもごもごとさせている。


「今日はご来店誠にありがとうございます。よろづ屋の店主の”すすき”と申します。実はお客様が当店一人目なんですよ」


「あっ、そっ、そうなんですか。経験がないんだけど大丈夫かな」


「ご心配なさらないでください。初めてのお客様でも当店はお客様の要望を全身全霊でサポートさせていただきます。早速ですが、本日は当店の看板の方も見られて、こちらにいらっしゃったことと存じ上げますが、ご依頼をお聞かせ願えませんでしょうか」


「そうですか、よかった…。あのっ…」


 青年は安心したようにはにかんでいる、少し緊張も解けてきたみたい。っふふ、これぞあたしの真・接客無双。おやじに見せたら人が違いすぎて腰抜かすかもね。


「はい、大丈夫ですよ。そしてご依頼の方は…?」


 青年はふふふと一人で笑みを浮かべて、自分の指先とあたしの胸元(これは決して自意識過剰ではない!少なくとも今日は開店ともあって綺麗めの服を着ているし、あたしの魅力が倍増されているといっても過言ではない!)で視線を行ったり来たりさせている。ふっ、イケメソを従える日も遠くないかもね。


「あ…あの…」


「はい♡」


 全力笑顔♡ 万物を受け入れる仏の心♡ 森羅万象♡ ガウタマ・シッダールタ♡


「…あっあのッ!」


 青年は決意したようにキッとあたしに目を合わせる。そして重たい口を開く。


「…デカチチのひとは?」


「?」


 ……は?


「ぼっ!ぼっ!僕の!相手をしてくれる?!でっでっ!でかっ!デカチチの人は! どっ!ドッ、どこですか!」

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