4.犠物語
翌朝、カルラはサンリク城に向かった。
『メアリ嬢にプロポーズしたかったら、わたくしに跪きなさい』
日の出とともにそう使いを出したら、なんと、ダンギは城門で待ち構えていた。
「驚いた。いつから、待ってたの?」
「もちろん、手紙を受け取ってすぐだ」
今は、10時を過ぎている。少なくとも5時間はここで待っていたらしい。
「あんなふざけた手紙を信じたの?」
カルラは馬車を降り、ダンギと並んで入城する。
「メアリと結婚するためなら、藁にだってすがる。
ふざけていようが、いまいが、跪かない選択肢はない」
「ここでする?」
「構わん」
ダンギはすぐさま、膝を着こうとした。
「やっぱり、やめて。わたくしが何か言われるわ」
この王子さまは、本当におバカになってしまったらしい。
「王にお会いしたいのだけど、面会はねじ込めるかしら?」
「数分なら、いけると思うが」
「立ち話でもいい。あなたも一緒にきなさい。そういう用で来たのだから」
カルラの思わせぶりな言いように、ダンギは足を止める。
「そう、考えていいのか?」
返事を待たずにダンギは従者を呼び、面会の段取りをつけに走らせた。
「カルラ、」
「説明は後。二度も話すのは、面倒よ」
応接の間で待たされることもなく、二人は執務室に通された。
もとよりカルラは王のお気に入りなのだから、待たせられるとも考えていなかった。
きちんとソファをすすめられ、お茶が出た。
「陛下、ダンギの結婚で、わたくし、良いことを思いつきました」
話し始める。
サンリク王にはカイソクのゾフィ嬢との結婚を、ダンギには虹の谷のメアリ嬢との結婚を相談されていた結論が、これだ。
「わたくしが、カイソクに嫁げばよいのです」
「「え?」」
男二人は目を点にした。
「第六王子にか?」
そういえば、そんな縁談も来ていたか。
ダンギ王太子は、メアリ嬢の話題ではなかったので、拍子抜けしている感も見せた。
「子どもの方ではありません。
わたくしが嫁ぐのは、カイソク王バルロ=リロク」
「「はあっ!?」」
二人は、また声を上げる。
「わたくしが持参金をもってカイソク王に嫁ぎます。
年齢的にも、身分的にも、なんの問題もない」
「しかっ、しかし、カルラ!」
ジンギ王は立ち上がる。
「カイソク王には、すでに王妃がいるのだぞ!
おまえが第二夫人になってしまう!」
事実上、第三夫人になることは知られていないようだ。
「第二夫人でも、第三夫人でも構いません。
わたくしがカイソクに嫁ぐことで、無事、平和同盟は結ばれて、ダンギはメアリ嬢と結婚できます」
「そんな!」
ダンギ王太子も立ち上がった。
「いとこであるおまえを犠牲にするなんて、私は――」
最後までは言えなかった。
そのことに、ジンギは腹を立てる。
「貴様は!」
「陛下、そのくらいダンギは本気なのですわ。
そして、わたくしも、カイソク王に本気なのです」
「カルラがいつ、カイソク王を気に入るような……」
「お式で、お会いしました。
すてきな緑色の瞳でした」
そう。あらゆる意味で。
サンリク王は、ダンギを「部屋に戻っていろ」と追い出した。
侍従も追い出す。
執務室には王とカルラのみ、残った。
「カルラ。
詳しくは言わぬが、カイソク王は、」
やはり、ナタシアの読みは正しかったのだ。
次の言葉を待たずに、カルラは口をはさむ。
「わたくしが嫁げば、変わるかもやしれません」
「おまえ、気づいてて――」
サンリク王は、ハッと笑った。
「おまえのことは、娘のように思ってきた。
正直、カイソクにやるのは惜しい」
「ダンギに同盟を結ばせるより、わたくしをカイソクにやって、虹の谷との縁戚を結ぶ方がお得でしょう?」
「本当に、惜しい」
サンリク王が悔しそうなのが、カルラには嬉しかった。
「陛下に、お願いがあります。
この縁談は人を介さず、陛下が自ら、カイソク王に親書を送ってくださいませ」
「そうしよう」
下手にカイソクの臣下に知られたら、もみ消されることだって考えられるのだ。
「こうなると、ゾフィ=クールの件は、父親に助けられたな。
気が変わらぬうちに、『諦める』としよう」
令嬢の方は、この結婚に乗り気だった。
そこら辺、カルラは胸が痛まないこともないが、いつまでも説得できぬ方も悪い。
「カイソク王にフラれたら、わたくし、ちゃんと諦めますね。
その時は、ダンギにも腹をくくらせます」
「おまえをフる奴などいない。
だから、私は本当に惜しい」
ふふふ、とカルラは笑った。
「父にも、母にもまだ話していませんの。
陛下から、伝えてくださいな」
帰り際、馬車に乗り込もうとした時に、ダンギが駆けてきた。
「カルラ、すまない!
私は、本当におまえを犠牲にするつもりなどなかった!」
「わたくしも、あなたの犠牲になるつもりはない」
「おまえは憎たらしいが、本当に良くできたいとこだと――!」
馬車は走り出し、ダンギを置いて、カルラは去る。
向かいに座っているシュリが言った。
「カイソク王は手に入らぬと、ご忠言申し上げたはずですが?」
「そう、ね。
手に入る恋愛はたくさんしてきたから、そろそろ手に入らないものが欲しい」
「強欲でいらっしゃる」
シュリの言い方は、怒っていない。
むしろ、そうあるべきだと背を押されているように聞こえた。
「おまえには、一緒に付いてきてほしいのだけど」
「カイソクにですか?
わたくしはどこぞの貴族の奥様付きになる予定でしたので、第三夫人の侍女は考えていませんでした」
「考えてもいなかったことが、突然、起こるの。
そういうものでない? 人生って」
「うら若き身で語られても、中身がありませんね」
シュリは「付いていく」とも、「嫌だ」とも答えなかったが、きっと帰り次第、準備を始めるだろう。