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姫様の男(姫様3)  作者: 一本松
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2.恋物語

 カイソクの貴族令嬢、ゾフィ=クールは、弟と母親を続けて亡くしていた。


「令嬢は縁組みに乗り気でした。

 けど、父君の傷心が癒えていないようで。一人残った娘がカイソクを離れることに反対しているようでした」


「うむ。令嬢がその気なら、それで良い。

 娘を離したくないと言っても、所詮、零落貴族だ。減りゆく蔵を見るうちに、気が変わるだろう」


 馬車の中で、ジンギ王はご機嫌だった。


「盛大なパーティでしたね」


「ああ。カイソク復興の証だな。

 幸せそうな夫婦だった。ダンギの時も、盛大にやってやろう」


「――」


 ちょっと驚いた。

 

 『幸せ』そう?


 男の目には、そう見えたのだろうか。

 この様子だと、薬指にも気づいていまい。


 新王については特に語らず、カルラは帰宅した。

 そして翌日、すぐにまた王のお呼びが掛かった。


「昨日の今日とは、姫様は本当に覚えがよろしくていらっしゃる」


「シュリ。おまえも、わたくしの覚えがよろしくてよ? 優秀な侍女を持って幸せだわ」


「間接的に、姫様を優秀だと言いたいのですか? それとも、サンリク王を幸せ者と?」


「素直に喜んで」


 シュリは本当に優秀だった。

 カイソクに居たたった二日間で、新王には王子の時代にすでに妻がいたこと。その夫人は今、行方知らずであることを調べ上げた。


「そんなお話、わたくしは誰からも聞かなかった。どうやって調べたの?」


「簡単です。カイソク王の側近の部下だった者を捜しました。上には上の、下には下の探り方があるのですわ」


「おみそれしました」


 その報告で、ナタシアと自分の所見に確信が持てた。

 やはり、あの緑の瞳は不幸を背負っていたのか。



 サンリク王、ジンギが執務室に戻ってくる。


「待たせてすまなかった」


「美味しいお菓子を頂いてました」


 王はヘトヘトの様子で、カルラの向かいのソファに座った。


「お疲れでいらっしゃいます?」


「ああ。なんともはや――」


 これが本日の課題だ。


「ダンギのヤツが、恋に落ちおった」


「は?」


「視察に行った虹の谷で、族長の娘に一目惚れしたんだと!

 族長の娘は、虹の谷の、次期族長だ!」


 サンリク北方の、セツゲンとの国境近くにある草原は虹の谷と呼ばれている。

 虹の谷を支配している一族は、王国にとって、国境警備を担っている一族なのだ。


「あやつは、我が国で一番手を出してはいけない一族に、手を出した!」


「族長の娘を第二夫人にしたら、怒りますよね?」


「王妃として迎えると、約束してきたそうだ」


「ゾフィ=クールはどうなさいます?」


「ゾフィは王妃にせねばならん。同盟の鍵なのだから」


 今回の政略結婚は、サンリクとカイソクの国境の争いを解決する、粉飾案だった。


 まず両国は、令嬢輿入れ時の道を整えるという名目で、それぞれ国境沿いの町を復興させる。

 サンリクは輿入れの際の準備金を名目に、カイソク側に復興費用を支払い、カイソクは令嬢の持参金を名目に、サンリク側に復興資材を提供する。(カイソク国庫から祝いの品としてクール家に渡された後、サンリクに提供される)


 この結婚を機に両国は平和同盟を結び、隔年で平和会議を開いて、話し合いを持って紛争を解決する計画なのだ。


「カルラ。

 おまえはゾフィ嬢の人となりを知っている。

 ダンギを説得してはくれぬか?」


「――」


 さすがに、すぐに返事はできない。

 ダンギの人となりも知っているからだ。


「とりあえず――、ダンギの様子を見てきてもいいですか?

 ゾフィ嬢がどんな方かは、伝えます」


 気が進まなかったが、カルラはダンギの部屋に向かった。

 同い年のサンリク王子様とは、まったく気が合わない。なんというか、性格に接点がないのだ。


「殿下、カルラ姫がお越しです」


「用はない。帰れ」


「陛下に頼まれて来たの。いいから、開けなさい」


 さすがに扉は開かれた。

 部屋の様子に変わったところはない。


 サンリク王太子であるダンギ殿下は、正面に置かれた机に背を向け、あっち側を向いて座っていた。


「私はメアリ嬢と結婚するんだ。カイソクの姫はお迎えできない」


 くるっとこちらを向く。

 栗色の瞳、同色の短い髪。

 何一つ特徴のない青年だが、今日の目は意志が強い。


「誰でもいいと受けておいて、今になってキャンセルなんて。

 バカなの?」


「数ヶ月前は、メアリ嬢を知らなかった。出会ってしまった以上、彼女以外、考えられない」


 普段のダンギに、こだわりは全くない。が、何年かに一度、ものすごい固執が訪れる。

 今気づいたのだが、見方を変えれば、ものすごいこだわりのある男なのかもしれない。


「あなたの結婚で、同盟が結ばれるのよ? どうするの、サンリク王子様として?」


「知らん。考えるのは私ではなく、父上や大臣達の仕事だ」


 本当に、話にならない王子様なのだ。


 さて、カルラは悩んだ。

 ゾフィ嬢がどんなに美しい人だったかを伝えても、ダンギは揺るがないだろう。

 陛下の期待にはお応えしたいが、始めから万策が尽きている。


「族長の娘って、そんなに素晴らしい人?」


 メアリ嬢から突破口を探った。


「聞いてくれ、カルラ!」


 ダンギの目が見たこともない輝きを放つ。


「出会った時、彼女は鎧をまとい、馬に乗っていたんだ! とても強そうで、格好良かった! そして、美しかった!

 長い黒髪が、強い意思を示すがごとくぴしっと一本に編み込まれてて、その凜々しいこと!

 馬から下りる姿は一枚の絵のように華麗だった!

 透き通った声で、私の名を呼んだ!

 優しげな微笑みは、全てを包み込む度量の広さを思わせた!」


 訳が分からない。

 一目惚れとはこうも人を詩人にするのか。

 馬に乗った女が降りて、ダンギの名を呼んだだけではないか。


「彼女と結婚できるなら、私は他に何もいらない!

 虹の谷に婿に入ってもいいのだ!」


「え? そんな話になってるの?」


「――いや、これは最後の手段にする」


 この王子様は、国を捨てるつもりか!


「落ち着いて、ダンギ。

 メアリ嬢も、あなたを同じように思ってくれてるの?」


 先に、確認しなければならない。

 案の定、ダンギは、


「――――なんとも、思われてない訳ではない、と思う」


 ほら、やっぱり。


「王室を説得できたら考えると言われた! 可能性はあるだろう?

 わたしの努力次第で、結婚できる!」


 つまりこの王子様は、可能性に賭けてカイソクとの同盟と、北方の警備を天秤にかけたのだ。

 先走るにもほどがある。


「そんな顔をしないでくれ、カルラ。

 カイソクとの紛争も、ようやくこぎ着けた同盟も、わたしはよく分かっている」


「だったら――」


「でも、メアリ嬢と結婚したい!」


「王妃様はご存じなの?」


「母上は――、メアリ嬢を第二夫人にしろと言ってきた。

 側室になってくださいなんてプロポーズ、メアリ嬢が応じてくれる訳がない!

 そんなこと言ったら、虹の谷との関係まで悪くなる!」


 すべてを理解したうえで、この面倒を引き起こしているから質が悪い。


「母上は倒れてしまわれた。まだ寝込んでいらっしゃる……」


「とんだ親不孝ね」


「言わないでくれ。諦めることなんて、考えられないんだ」


 ダンギはうな垂れた。

 カルラの前で気弱な姿をさらすのは、初めてのことだった。


「――おまえにも、迷惑を掛けている。

 母上に聞いた。縁談を進めるために、カイソクに行ってくれたのだろう?

 台無しにして、すまない」


「……」


 本当のところ、あちらはあちらでもめていて、ちいっとも進んでいないのだが。 


「――わたくしは、陛下に頼まれたからカイソクに行って、陛下に頼まれたからここに来ただけ。

 たぶん、また来ることになる」


「来なくていい。私の意志は変わらない」


 カルラは部屋を出た。

 今日のダンギはいつもの理路整然とした嫌味野郎ではなかった。

 ムチャクチャではあったが、ちゃんと話が通じた気がする。

 

 報告のために、再び執務室を訪ねた。


「おお、カルラ。ついさっき、おまえに縁談がきたぞ。

 カイソクの第六王子に興味はあるか?」


 え?


 カイソクの、第六王子の妃。

 カルラに話がきたということは、 ナタシアは正式に断ったのだ。


 6歳年上のセツゲン王女に断られ、7歳年上のサンリク王の姪に打診する。

 第六王子には、どうしても身分の高い妃を添えたいらしい。

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