25縛 あの頃の続き
「俺に、どうしろと言うんだ」
「どうとも言わないよ。だって、もしも矢箕さんが本当の意味で本気を出せば、私は絶対に負けちゃうから。この先、ずっと時生といられるのは、矢箕さんだって分かるから。時生の言う通り、私は隣にはいられないんだよ」
心臓の鼓動が、直に伝わってくる。色のない表情とは裏腹に、激しく動いて熱を持っている。
「だから、私に失恋を教えて。時生にそうしてもらえるなら、私も本望だよ」
……これは、古谷の策略だ。絶対に、そうに決まってる。
どうして、彼女がそんなに簡単に負けを認めるか。負けると分かってる勝負を仕掛けるか。あれだけ執念深く俺を追って、クリスマス・イヴをトラウマ寸前までに追い込んだ古谷が。負けず嫌いで、嘘つきで、悪者で、イタズラで人を破壊しようとするこの女が。俺に押し付けた『失恋』を、自分に教えてほしいだって?
「嘘だろ、どうせ」
「時生は、そう思うの?」
答えを俺に委ねた、古谷の『事情』。存在すら疑わしいそれを思うと、途端に吐き気がしてきた。
「……まさか」
まさか、あの『暇潰し』には裏があって、本当は俺をフッた事に罪悪感を覚えていて。しかし、もう京と出会ってしまっているから、自分が立ち入る場所がなくて。それでも、自分じゃどうしようないから俺を頼ったのか?
「違うよな」
俺は、そんな女を突き放したのか?自分の口で、事実を伝えなかった。ただ、それだけの理由で?本当は真実を伝えられない状況にあって、彼女自身も『事情』に支配されていたかもしれないのに?
「俺を騙す為の嘘だろ?なぁ、そう言ってくれよ」
何故、黙るんだ。そんなに切なそうな顔をするな。やめろ。俺の失恋まで奪う気か?すぐそこに、薄い壁を挟んだ向こうに京がいるんだぞ。おい、俺。お前は、京を安心させるって決めたんだろ。『まとも』にする為に、尽くすって言っただろ。
「……頼むよ、桔梗」
そう思ってしまった、俺のせいなのか?救おうと考えた事が、間違っていたのか?ならば、俺は一体どうすればよかったんだ?京に、他に何をしてやれたんだ?
「頼む」
このままじゃ、きっと京に『お仕置き』をしなければいけなくなる。しかし、その度に彼女は『まとも』から遠ざかって行く。京の言う『お仕置き』は、世直しとは程遠い、大人が子供にするモノだ。なら、それを貰い続ける限り、京が大人になる事は出来ないのだろう。
そして、京が大人から遠ざかれば二人の戦いが長引いて、今度は桔梗が失恋から遠ざかる。失恋から遠ざかって、そうすれば男と向き合える日はやって来ない。
つまり、俺も永遠にこの罪悪感に苛まれるのだろう。なら、今ここで解消してやれば、少しは事態が好転するのか?しかし、その為の方法は……。
「クソ……っ」
俺を潰す方法で、こんなに効果的なモノは他にない。何が真実だったとしても、俺は必ず俺を否定しなければならないからだ。
「大丈夫?苦しそうだよ」
俺が、突き放した。俺が突き放したから、桔梗は男を見られなくなった。その責任を、どうすればいい?もういっそ、見捨てるか?見捨てて、縋れないほど突き放せば、桔梗は諦めるのか?そのまま自分で整理を付けて、前を向いて生きていけるのか?
「いや……」
自殺。するのか?本当に?俺程度の人間に、見捨てられただけで?そんな事が……。
「……手首の、傷」
そうだ、京の傷を見たじゃないか。
人はどん底まで苦しめられると、自分で傷を作る。そして、京は桔梗を同じ立場だと言った。ならば、俺が桔梗を突き放せば、彼女はきっと……。
「時生、そんなに考え込まないで。別に、そんなつもりじゃなかったの」
言って、彼女は俺を抱き締めた。あろうことか、膝の上に乗って、柔らかい羽毛のように優しく頭を包み込んだのだ。
「……いや、考えてやる」
シャワーが、止まった。髪の毛を、絞る音がする。
「いいよ、桔梗。俺が、お前に失恋を教えてやる。また男を見られるようにしてやる。だから、安心しろ。心配なんて――」
……奪われた。という表現が、正しいんだと思う。
桔梗は、突然俺の顔を両手で挟んで上を向かせると、体重を預けるようにキスを落とした。あの頃、たった一度しか交わさなかった、触れ合っただけの初心なキス。しかし、今度はその続きをするように、舌を入れて求める、激しいキスだった。
「お前、失恋じゃねぇのか……よ……」
本当に、心臓が止まったんだと思った。桔梗を押し返して広がった視界の端に、京が映ったからだ。
彼女は、白いパジャマを着て、バスタオルを抱いて立ち尽くしていた。何も言わずに、ただそこに立ってるだけだった。桔梗は、それに気が付いているのだろうか。
「だって、したかったんだもん。そんなかっこいい顔を見せた、時生のせいだよ」
……俺のせい。俺のせい。俺のせい、俺のせい。俺のせい俺のせい俺のせい俺のせい俺のせい俺のせい俺のせい俺のせい。
また、俺のせいなのか。こうなったのも、本当にすべて俺のせいなのか。
「……っ」
俺たちを見た京は、なだれ込むように俺に体を預けると、俺を奪い取って強引にキスをした。あり得ない。どうして、こんな。
「……はぁ。時生さんは、何も悪くありません。もう、二度と疑わないって誓ったんです。悪くないんです。悪くない悪くない。悪いのは、私なんです。ごめんなさい、寂しい思いをさせてしまって。でも、もう大丈夫です。安心してください、私は信じてますから。何があっても、絶対に信じてますから。だから、大丈夫ですよね。時生さん。私は、心配なんてしてないですからね」
折れないと、思っていた。
だけど、明らかな裏切りを京の『信じる』という言葉が肯定して、迷いの生じた俺に決定的なトドメを刺したのだ。桔梗に同情してしまった俺の弱さまで認められたら、俺は一体何に耐えればいいというんだ?
……いや、そもそも。
「お、お前ら、もしかして助かる気がないのか?最初から、ずっと――」
「なんの事ですか?」
「私はもう、救われてるよ」
なぁ、俺は一体、何の罪を犯したんだ?生まれか?過去か?そもそも、救おうとした事が罪なのか?望んでもいない事を勝手に考えていた事が、すべて間違っていたのか?
「……はは」
それとも、彼女たちがおかしくないのなら、おかしいのは俺なのか?最初から、神経がイカれていたのは俺だったのか?俺は、まともな京と桔梗を異常に引き込もうとしていたのか?自覚もなしに、正しい彼女たちを、正しくない場所へ導こうとしていたのか?
「痛い」
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