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【長編】病んでる二人の同居人  作者: 夏目くちびる
第三章 責任は、女が男を縛る最も頑丈な鎖
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24縛 巧妙な罠

 考えているうちに、古谷がシャワールームから出て来た。すると、京は「忘れないでください」と耳打ちしてから、入れ替わるようカーテンの向こうへ入って行った。どうやら、自分で思っているよりも長く物思いにふけっていたみたいだ。



「……ねぇ、時生」



 壁にもたれ掛かって頭を抱えていると、今度は古谷が徐に口を開いた。ボタン止めの水色のパジャマ。無防備に、胸元が開いている。



「なんだ」

「私の事、嫌い?」



 今度は、一体どういうつもりなんだ。また、イタズラに思考をかき回しやがって。



「なんで、そんな事訊くんだよ」

「だって、好きじゃないんでしょ?なら、嫌いなのかなって」



 ……そう簡単に嫌えていれば、どれだけ楽だったことか。俺は、京から五人を助けてしまう程度には、彼女たちを嫌っていない。俺の過去が、その程度で人を嫌う事を許していない。



「黙秘権を行使する」

「あはは。そっかそっか、黙秘権か。なら、仕方ないね」



 そのやり方は、知っている。こうやって俺に理解を示してから、古谷は静かに隣に座って。



「じゃあ、こういうのはどう?もしも、私が時生の隣で泣いてるとして、私の事をほっとく?」



 少しずつ、距離を詰める為の質問を繰り返すのだ。



「俺に変わっていないと言いながら、お前も大概だな」

「ありゃ、バレてた。それは残念」



 そう、変わっていない。失敗を誤魔化して弱く見せる、麻薬のような笑顔も。



「じゃあさ、矢箕さんの事は好きなの?」



 なんの前触れもなく、核心を突く質問をするところも。



「ねぇ、どうなの?矢箕さんの事、好き?」



 俺は、どうしても京に恋をしているとは言えなかった。確かに、幼過ぎたあの時の京はもういない。さっきだって、妙な気分にならなかったと言えば嘘になる。しかし、その理由を考えるだけで罪悪感が湧いてくるのだ。



 あの時、出会っていたのが俺でなければ。もっと簡単に、京は幸せになっていただろうから。



「見逃してくれ。その代わり、お前の事は嫌いじゃないって言っておく」

「あれ、さっきは黙秘権を使ったのに」

「状況が変わったんだ」

「ふふ。ホント、優しいんだから」



 古谷は、決して喜んでいなかった。それどころか、悲しさにも似た複雑な表情だ。そう言えば、前にもこんな表情を浮かべたのを微かに覚えている。



「なぁ、木村(きむら)河野(こうの)は元気なのか?」



 また、誤魔化した。どうやら、俺には先延ばしにする癖がついてしまったらしい。こういうの、嫌いだったハズだけど。多分、今の俺じゃどうしようもないって事を、俺は直感的に理解しているのだろう。



 ……少し、怖くなった。俺は、どうしてこんな風に変わったんだ?



「多分、元気なんじゃない?クラスで一緒なの、鹿取(かとり)さんだけだし。他の人は、最近話してないんだよ」

「仲が良かったんじゃないのか?」

「仲はいいと思うよ、親ぐるみの付き合いもあるし。でも、みんな自分の『暇潰し』にお熱だから」



 考えてみれば、それは当然なのかもしれない。



 倉庫で京が言った通り、一度罪を犯したヤツは何度だって繰り返す。金銭にせよ、破壊にせよ、快楽にせよ。愉悦という感情は、いとも簡単に人の心を破壊する。委ねてしまえば、中々抜け出す事は出来ない。



 それに、あの時はたまたま相手が規格外の化け物だっただけだ。こいつらの五人グループは、優月学園でもトップカーストと言える家柄と見た目を兼ね備えている。そんな連中が誰にも阻止されなければ、弱者を貪り続けるのは当たり前の事だったのだろう。



 ……ノイズだ。頭が、少し痛い。



「止めさせるってのは、出来ないのか?」

「出来ないよ。だって、みんな本気なんだもん」

「あいつらが本気で壊したら、相手が元に戻れなくなるだろ」



 何とかしたかった。知らないところで起きたのならいざ知らず、俺は知ってしまったからだ。ならば、その被害者がこれ以上不幸になる必要はない。どうにかして、理由を探らないと。



「無理だよ、止められない」

「やってみなきゃ分からん。それに、お前と京に比べれば幾らか容易い」

「絶対に無理。例え、矢箕さんや時生でもね」

「どうして、そこまで言えるんだ」

「だって、みんな本気で相手の事が好きだから」

「……あ?」



 素っ頓狂な声を出すと、古谷は息を吹き出して。



「あは!あっははは!なになに?まさか、私が時生にやった事をやってるんだと思っちゃったの!?」

「あ、いや……」



 相当ツボに入ったようで、古谷は俺の肩に寄りかかってからしばらく笑っていた。



「あー、違うよぉ。あの『暇潰し』は、もう誰もやってないの。だって、時生が全然折れなかったんだもん。そりゃ、みんな興味なんて無くすってぇ」

「……そうかい」



 俺は、古谷たちに楽しまれていなかったのか。



 被害者の俺が言うのもなんだけど、そもそも見下されていないなら、彼女を見返す事なんて出来ないじゃないか。俺としては結構困ったこともあったんだけど、視点を変えれば何ともあっけない話だな。



「そうだよ、ふふ」



 安心したような、何か腑に落ちないような。芽生えた謎の正義感は、宙ぶらりんのまま心の中に残ってしまった。これ、どうしようか。



 ……また、ノイズだ。



「だからね、みんな恋愛に夢中なの。今の優月学園には、結構たくさんの物語があるんだよ。気が付かなかった?」



 気が付かなかった。俺、そんな変化に気が付かないくらい、余裕が無かったのか。……なぜ?



「なら、意外とハッピーな事になってるんだな」

「うん。でも、そのせいで……」



 古谷は、ゆっくりと俺を見上げ。



「私は、他の男を見れなくなっちゃったって気が付いたんだよ」



 深淵の目で、そう言った。



「でも、よかった。時生の事まで見られなくなってたら、きっと本当に自殺しちゃってた。ちょっとだけど、話しかけたら相手をしてくれたでしょう?だから、毎日何となく思ってたんだ。あぁ、時生はやっぱり優しいなぁって。あんなに酷い事をした私を、見捨てないでいてくれるんだって。私は、やっぱり時生の事が好きなんだなぁって。そう思ったら、すっごくね?キュウンってしちゃうの、ここが」



 直角に落ちた温度に着いて行けず、俺は取られた手を振りほどけなかった。触れたのは、左胸のやや下の辺り。固さなど微塵も感じられず、押せば簡単に壊れてしまいそうだった。



「すっごく、切なくなるの。意味、分かるよね?」



 ……こいつ、分かってたのか?俺が、そいつらを助けようとすることを。言い訳もせず、ただ聞き出そうとすると事を。



 その気持ちが残留して、古谷を慰めそうになることを。

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[気になる点] ガチで深淵が喰らい付いてきてやんの
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