22縛 煉獄
「こ、こんなこと言うのは変だけど、お前らは仲が悪いだろ。ほら、居心地とか良くないんじゃないか?」
「時生って、本当に分かってないよね。嫌いな子くらいで、大切な人がいる場所から離れるワケないじゃん」
それはつまり、相手の方を追い出すという事なんだろうか。
「男って、そういうところが本当に甘い」
「えぇ。それについては、私も同感です」
な、なんて生々しいんだ。まるで、今までもそうやって、嫌い、嫌われの中で生きてきたかのようだ。京の唯我独尊とは違う、別の恐ろしさが古谷にはある。
「でも、京は……」
「私は、戦うと言ったハズです。なので、古谷さんの事は正面からねじ伏せます」
こっちもメチャクチャな事言ってるし。そして、「なら受け入れるなよ」というのは、俺が男だから思い浮かぶ意見なのだろうか。それとも、こうやって奪い合うこと自体が目的なのだろうか。
もう、何も分からん。
「そ、そうだ。布団が一つしか――」
「前に来た時より、少しモノが増えてるね。食器と本棚がある」
ないん、ですけど……。
「ちゃんと、買って読んでるんだ。図書館で借りるの、やめたの?」
強引に話を進めやがった。おまけに、京も断らないモノだから、どう軌道修正しても意味がない。それどころか、無視されて余計にややこしくなるだけだろう。
もう、認めるしかない。一体、どれだけ複雑化すれば気が済むんだ。こいつらとの関係は。
「……はぁ、まぁいい。本は、どうしても欲しいヤツだけ買ってる。中古ばっかりだけどな」
「ふぅん、倹約家だね。そういえば、ランニングシューズも前と変わってなかったもんね」
「気に入ってるんだ」
「一途だよね。だから、大好き」
昔話をしたからだろうか、京は俺の腕にしがみついて、唇を押し付けた。この感触は、かなりクレイジーだ。こと今の状況において、ぶん殴られるよりよっぽどタチが悪い。
「私だって、時生さんの事は色々知ってます」
「それって、自分で見てきたことじゃないですよね?」
「んぬぬぬぬ!」
いててっ、噛まないでくれ。最近無くなったと思ったら、また心の負荷で復活しやがった。
た、タオル。タオルを顔面に押し付けなければ。
「両手が塞がってると、そういう事もできないよ。代わりに、私を押し付けてみる?柔らかいよ?」
「ぐにゃ〜……」
古谷桔梗、こいつはヤバ過ぎる!俺の思考や癖を分析して、何でもかんでも的確に見抜いてきやがる!
多分、『暇潰し』の準備の賜物だ。あの時も、生半可な嫌がらせでは折れない事を知って、だから俺に優しくしたのだ。攻撃では崩せないと知ったから、心の距離を縮めてきたのだ!
「ホント、何も変わってない」
やられる。このままじゃ、俺はやられる……!
「……うふふ。古谷さん、そんなに時生さんをイジメたらかわいそうですよ。彼は、照れ屋さんなんですから」
京。お前、まさか俺を助けてくれるのか?
「ねぇ?時生さん。あなたは、もっと落ち着ける方がいいんですよね?ならば、私は何も言いません。ご飯まで、ゆっくりラジオでも聞きましょう?」
「あが……っ」
ち、違う!こいつ、更に胸を押し付けて手を太ももに挟みやがった!優しさに見せかけて、俺の意識をすべて掻っ攫うつもりだ!雄弁を逆手に取って、沈黙で対応してきやがったんだ!
「『あが』だなんて、かわいいんですから」
「ダメですよ、矢箕さん。時生は、意外と寂しがり屋なんです。ですから、こうして構ってあげるのが一番喜ぶんです」
「それは、以前の話ですよね。今の時生さんは、静かに暮らすのが好みなんです」
それはお前らのせいだろうが!このマッチポンパーどもが!
「と、とにかくだな。その、俺は恥じらいのある人がタイプなんだ。こんなに露骨に大胆にやられると、結構困る」
火を吹きそうな熱さを堪え、何とか言葉を絞り出すと、二人は体勢を戻して肩に寄りかかる程度に留まった。これはこれで、かなり悪趣味な侍らせ方だとは思うが。まぁ、海綿体には優しいので我慢出来そうだ。
「仕方ないですね」
「こんなところかな」
わ、笑ってやがる。こいつら、戦いと俺の反応を楽しんでるんだ。
チクショウ、汗が酷い。体の至るところから吹き出してくる。本当は今すぐにでもシャワーを浴びたいが、自ら危険を呼び込むような真似は出来ない。それじゃ、美女がビキニで満員電車に乗り込むようなモンだ。自意識過剰だって思うけど、それくらい用心しないとマジでヤバいんだって。
「汗……」
「いい匂い」
だ……。
「ダメだ!ダメだダメだダメだダメだダメだ!マジでやめろ!本当にやめろ!」
俺、モノローグであんなにカッコつけたのに。古谷をきっぱりと断って、京との関係もキスに留めたのに。今の俺の状況は、一体何なんだ?全部、本当に全部が裏目に出てるじゃねぇか。少しくらい、俺の思い通りにことが運んでくれてもいいだろ、なぁ。
俺がどんな想いを以て接しても、すべてが二人の歪んだ感情に飲み込まれてしまう。巨大な星の引力に、何も出来ず引き寄せられるロケットのように。俺のちっぽけなプライドや思考は、いとも容易く殺されてしまう。
「あはっ」
「うふふ」
……でも、折れるな。飲み込まれそうになれば、誰だってガムシャラに藻掻くくらいはするハズだろ。まだ、やれるさ。




