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【長編】病んでる二人の同居人  作者: 夏目くちびる
第二章 彼女たちは、人として大切な何かが欠けている
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20縛 キス

「……時生さん」



 急に、扉の外で京が呟いた。



「どうした」

「ずっと出てこないので、何かあったのかと」

「何でもない、気にしないでくれ」



 いや、それはないだろう。危険なのは、京も同じだ。彼女だって、そんな事はわかっている。なら――。



「古谷さんは、誰にも言いませんよ」

「なに?」



 やはり、同じ事を考えていたみたいだ。しかし、今の意見はなんだ?まるで、俺の希望的観測をそのまま口にしただけじゃないか。



「どうしてそう思う?」

「だって、古谷さんは時生さんの事を、本気で好きになっています。そして、時生さんが学校から消えれば、悲しむのは彼女ですから」



 それは、とても彼女だとは思えない、落ち着いた口調だった。おまけに、あいつの心の内を明かすだなんて。俺の知ってる矢箕京という女は、絶対にそんな事をしないハズだった。



「……初めてなんです。心の底から、勝ちたいって思ったのは」



 意識が目覚めたような、声だった。



「これまでは、みなさんが私の事を慕ってくれました。それでなくても、私の家柄を恐れてくれました。それに、勉強も、スポーツも、文化も。使命感でこなしていた私にとって、それらは少しも興味のない事でした」



 思わず振り返ると、摺りガラスに京の背中が映っている。



「だから、本当の意味で競争をした事って無かったんです。それが、今日になってやっと分かりました」



 きっと、今までのどの瞬間より、強い意味を込めた言葉だ。



「私は、時生さんが大好きです。私を見つけてくれて。優しくしてくれて。教えてくれて。励ましてくれて。助けてくれて。怒ってくれて。私の人生で、たくさんの初めてをくれました。だから、大好きです」



 ……そうか。



「でも、私は時生さんとは戦えません。戦いは、同じ立場にいないと起こりませんから」



 初めて、京の明確な『敵』が生まれたのだ。一般社会では、必ず起こる競争。古谷は、それを経験してこなかった京の、(ひずみ)(いびつ)に埋めたんだ。



「なら、私は古谷さんと戦います。私の力で戦います。そして、必ず時生さんを勝ち取ります」



 不意に、古谷の『事情』が頭にチラついた。



「……バカだな、俺は」

「え?なんですか?」

「いや、何でもない」



 密かに、奇妙な感謝を抱くその一方で、実を言うと俺はむず痒くて仕方がなかった。

 俺を取り合って、二人の女子が戦うだなんて。ましてや、『同じ立場』という言葉を使って確認の有無も無く信用させられて、更に宣戦布告を直接されるだなんて。



 顔が熱い。何も、考えられない。



「一つだけ、時生さんにお願いがあります」



 そんな俺の気持ちなどつゆ知らず、京は扉から背中を離した。そして。



「キス、してください。私を、古谷さんと同じ立場へ連れて行ってください」



 ポタリ。蛇口から、太い水滴が落ちた。



「時生さん、言いましたよね。コウノトリさんが来るのは、20歳以上の恋人同士のキスだって」

「……あぁ」

「なら、17歳の私と、16歳の時生さんがキスをしたって、子供は来ません」

「いや、あのな。京。その話なんだけど……」

「めちゃくちゃにしても、責任取らなくていいんですよ?」



 ……間違いなく、あの時と違う。今の京は、その意味を知っている。まるで、思い出したかのような、唐突な変化だ。



「だから、キスをしてください。そして、古谷さんよりも、一回だけ多くしてください」



 俺は、京の事が分からない。今まで、ずっと。



「なぁ、京」

「はい、なんですか?」

「どうして、あのクリスマス・イヴに、お前は泣いてたんだ?」



 虚を突かれたのか、少しの間、聞こえるのは換気扇の回る音だけだった。



「……何一つ、覚えてないんです」



 最大の違和、知識自体の欠落。恐らく、その原因となった記憶を、京は喪失していた。



「あの日、気が付いたら目の前に時生さんが居たんです。ですから、それよりも前に、どこで、何をしていたのかも。どうやって、あそこに行ったのかも。どうして、私は泣いていたのかも。私には、分からないんです」



 言い終えて、最後に小さく「ごめんなさい」と呟いた。



 果たしてそれは、何も伝えられないことに対する言葉なのか。それとも、暴かないで欲しいという深層心理に眠る断片の願い事なのか。



 ……俺は、その正体が知りたかった。



「最初のキスは、一つしかない大切なモノだぞ」

「例え百あろうと、すべて時生さんにあげたいです」



 扉を開けると、京はハッとして俺を見た。真っ黒に淀んでいて、感情はなくて。だけど、真っ直ぐな目だった。



「好きです」



 改めて見た京は、前に抱きしめた夜よりも随分と大人びて見えた。人としての、痛みを知ったからなのだろうか。



 もしも、大人の階段があるというのなら、その正体はきっと悲しみと苦しみなのだろう。立ち止まって下を向き、やがて何か喜ぶ理由を見つけた時、人はそれを登ることが出来るのだろう。



 前に進む彼女は、弱々しくて、切なくて、綺麗だった。



「……ん……っ」



 水滴の付いた体で、俺は京の顎を優しく持ち上げ、目を閉じて唇を弱く押し付ける、少しだけ長いキスをした。



 京は、きっと腕を垂らしたまま、小さく声を漏らして。真似するように、触れている感覚を集中させるように、目を閉じただろうか。その瞬間の京の、それだけが分からなかった。



 やがて、目を開けてほんの1ミリの隙間を作った。唇が吸い付き合って、離れようとしたその瞬間。



「……っ?」



 それまで動かなかった京が、突然俺の首に手を回し引き寄せて、余韻が訪れる事を嫌った。離れないように求めて、俺の唇を閉じ込めるように挟み、強引に、下手くそに、ただ初めての感触を、初めてのまま感じ続けていた。



 ……離れてから目を逸らすと、京は俺を壁に押し付けた。身長の差は、俺の引けた腰と、彼女の背伸びで縮まった。

章で区切るなら、多分ここまで。


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