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【長編】病んでる二人の同居人  作者: 夏目くちびる
第二章 彼女たちは、人として大切な何かが欠けている
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19縛 普通じゃない

「あれ、泣いてるんですか?もしかして、さっきのがショックだったんですか?」

「おい」

「まさか、同棲しているのにキスすらしていなかったんですか?」

「やめろ、桔梗」

「よく、我慢出来ますね。時生って、凄くいい体をして――」

「やめろって言ってんだ!」



 多分、生まれて初めて、本気で女を怒鳴りつけた。しかし、古谷は気にも留めず、クスクスと笑い手のひらを見てから、ついてしまったであろう俺の汗を舐めた。



 ……お前もなのか、古谷。



「どういう、意味ですか?」



 怒りや憎しみとは違う、純粋な疑問。それが、締め付けられた俺の心臓を更に苦しめる。



「どういう意味って……。あぁ、矢箕さん。もしかして、そういう感じなんですか」



 首を傾げる京を見て、古谷は確信を得たようだ。



「へぇ、そうなんですか。まぁ、優月学園に通う生徒は、家柄のせいか浮世離れしている方が多いですから、特に驚くような話でもありませんが」

「……何が言いたいのか、さっぱり分かりません」

「いえ、それなら今日のところは結構です。取るに足らない相手と、分かりましたから」



 きっと、古谷が考えるよりも酷いだろうけどな。



 ともあれ、挑発は京の心を著しく逆撫でしたに違いない。それは、無表情でない彼女を見ればすぐに分かった。

 しかし、どういう意味で自分が相手にされていないのかが分からない。だから、京は何も言う事が出来なかった。



 ただ、涙を流して、俯く事しか出来なかった。



「時生、また学校でね。今度は、私が待ってるから」



 そう言って、古谷は後ろで手を組み、軽い足取りで暗い路地の中へ向かった。勝ち誇ったような笑顔で、散歩でも楽しむように。



 ……普通のヤツなら、諦めて古谷を見送るのだろうか。その後になって、京に言い訳をして、キスからセックスまで一度にすべてを教えてやるのだろうか。その中で、自分も二人と同様に狂ってしまって、最後には三人で破滅する未来を、自覚も無しに享受するのだろうか。



「おい、待てよ」



 だが、あいにく。



「勝手に話を終わらせるな」



 俺は、こういう時に折れないんだ。



「あはっ。もう、返事を訊かせてくれるの?」

「あぁ、答えはノーだ」



 京が顔を上げ、前を向いたまま古谷は立ち止まった。対象的な空気が、そっくりそのままひっくり返ったような雰囲気だ。



「聞き間違い、だよね。だって、時生は私のこと――」

「好きだった。でも、今は違う」



 急速的に、古谷の温度が下がっていく。振り返らずとも、歯を食いしばっているのが分かる。



「確かに、俺はお前の事情を知らない。俺の見ていないところで、お前は苦しんでたのかもしれない。お前がおかしくなっちまったのは、俺がお前を傷付けてたからなのかもしれない。……でも」



 だからこそ。



「俺は、お前の隣にはいられない」



 ()()。これは、互いの為だ。



 悪いな。



「……あは。あははっ。あははははっ!」



 聞いて、不気味に笑いながら、古谷はそのまま暗闇に消えていった。後に残ったのは、口をポカンと開けて惚けた京と、冷え切ってのっぴきならない俺の体だけだった。



 疲れたよ、チクショウ。



「……それで、どうしてこんなに早く帰ってきたんだ?おまけに、ここはウチから5キロも離れてる」

「え、えっと……。あの、後処理はですね。実は、秋津が手伝ってくれまして。ですが、その後も別の仕事で手が離せないようだったので、私は電車で……」

「結果、乗る電車を間違えて、気が付いたのがそこの駅だったってワケか」

「は、はい。あの、急行電車は、時生さんの家の最寄りには、と、止まらないみたいでして。えっと……」

「……さっきから、何を我慢してるんだよ」



 唇を噛み締めながらの、ぎこち無い喋り方だった。



「だって、私は……」



 俺を、本気で疑っていた。だろうか。



「酷いヤツだな。俺ってば、こんなに頑張ってるのによ」

「いや、そうじゃなくてですね。ちょっと、気が動転してしまったといいますか。その……」



 流石に、意地悪すぎただろうか。京は、腕を抱いて目線を逸らすと、徐々に背中を丸めて小さくなってしまった。



 出来れば、普段からこれくらいしおらしく居て欲しかったから。



「しばらく気にしとけ、アホ」



 笑って言って、額を指で突いてやったのだった。



 ……その後、京は俺と歩いて帰ってきた。よくもまぁ、革靴でそんなにテクテク歩けるものだ。上りの各停で三駅、先に電車で戻っておけばよかったのに。



「シャワー浴びてくる」



 もはや、運動の汗なのか冷汗なのか分からないが、ともかく俺は熱い湯で体を流して、ガシガシと体を洗った。心の中にある不安を、少しでも和らげたかったからだ。



 結論から言えば、俺は今日を乗り切ったワケではない。明日に、もっとデカい問題を作ってしまったのだ。



 古谷に、京との同棲がバレた。



 多分、俺が考えている以上にヘビーな問題だ。これをネタに、あいつに強請(ゆす)られる程度ならまだいい。しかし、学校に報告されれば、俺は優待制度を打ち切られるくらいはするだろう。

 まぁ、俺はクビになってもまた働けばいいさ。だが、噂が立てば、京だって学校内での立場が脅かされるに違いない。



 『暇潰し』には、もってこいのネタだ。これは、詰んだかもしれないな。



「……クソ」



 突き放さないで、もう少し平和的な解決を目指すべきだった。多分、人に言われている程、俺は大人じゃないんだろう。評価を鵜呑みにして、自分を過大評価していたのかもしれない。



 そんな事を、今になって思う。



 湯を止めて、そのまま壁に手をついて考えた。冷静になった分だけ思考が回って、次々に問題が浮かび上がってくる。そして、そのすべての決定権を握っているのは、悲しいくらいに古谷だけだった。



 参った。俺の心臓は、完全に彼女に握られているらしい。



 アーメン。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 夏目さんの話がこれだけで終わるわけがなかった…… [気になる点] こんなに危うい三角関係ってのも如何なんですかね? まずお嬢サマの倫理観を人間に近づけなきゃならないんでしょうけど、背後に…
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