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【長編】病んでる二人の同居人  作者: 夏目くちびる
第二章 彼女たちは、人として大切な何かが欠けている
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16縛 元カノ?

「行かないで、ちょっとだけ」



 どうやら、俺が逃げようとしたのが分かったらしい。



 ……そうなると、何故、このタイミングで?とか。もしかして、全て覚えてるのか?とか。他の連中も、同じなのか?とか。そんな事を、確認しておかなきゃいけない気がする。まさか、麻酔薬が効いてなかったのだろうか。



 どうか、京にバレませんように。そう思って、俺は腕を組み口元に手を当てた。



「どうした」

「なんか、急にあんたの事を思い出したの」



 多分、彼女は俺の反対側に寄りかかった。カタッと、少しだけ扉が揺れた。



「また、『暇潰し』か?」

「……ううん、違う」



 彼女は、二人の時に嘘を吐かない女だ。だから、本当に『暇潰し』ではないのだろう。



「変な話、してもいい?」

「あぁ」

「あのね。……夢の中に、あんたが出て来たの」

「そりゃ、かなり気味が悪いな」

「……うん」



 なるほど。そういう形で、深層心理に記憶が残っているワケか。



 それでここに来たのなら、浮かんだ疑問が全て取り越し苦労になって助かる。俺が出てきた夢の話なんて、彼女はまだしも他のヤツらはしないどころか、覚えてもいないだろうからな。



「……ねぇ、薬師。まだ、怒ってる?」

「お前とは、あまり会いたくないな」



 答えは、はぐらかした。



「そ、そうだよね。……あはは、分かってた」

「話は、終わりか?」

「……わかんない」



 彼女らしい、そう思った。だが、あの日『失恋した』と言い聞かせたのが、知らないうちに功を奏していたようだ。



 安心したよ。間違いなく、俺は彼女に恋をしていない。



「それじゃ」

「ま、待って」



 口元から手を下げた刹那、扉の向こうから掴まれた。こいつ、一体何のつもりだ?



「まだ、電話番号変わってないよね?」

「……あぁ」

「分かった。じゃあ、今日の夜電話する」



 そして、俺の返事も聞かずに手を離し、彼女はパタパタと足音を立てて離れて行った。廊下を覗く事はしなかったが、俺はそこから動く事が出来なかった。



「してくんなよ」



 思わず、呟いてしまった。確実に、厄介な事になる。その予感と後味の悪さが、俺の胸の中に渦巻いていた。



 ……その日の夜。



「寂しくないですか?時生さん」

「あぁ、大丈夫だ」

「え?なんで大丈夫なんですか?寂しくないんですか?寂しいですよね?一晩とはいえ、私がここにいないと不安になりますよね?だって、だから必死になって捜してくれたんですもんね?私と一緒じゃないと、絶対に嫌ですよね?」

「……ウン。サビシイ」

「そうですよね、私も凄く寂しいです。でも、矢箕の力を使ってしまったので、後処理をしなければいけないんです。ごめんなさい、時生さん。学校に行く前には、ちゃんと戻ってきますから」

「……ウン、ウレシイ」



 どうやら、そういう風に受け取られてしまったらしい。また、地雷が増えたなぁ。



 そんなワケで、今夜の京は一日だけ実家に帰り、『後始末』とやらを片付けてくる事になっているようだ。それから察するに、京はただ両親の権力にぶら下がっているワケでなく、自分の責任で組織を動かしているのだろう。



 忘れてたけど、やっぱり人格だけじゃなくてスペックもバケモンだ。そんなの、絶対に普通じゃない。



「それでは、また明日」

「あぁ、ゆっくり寝ろよ」



 そして、俺は京を見送った。しっかりと睡眠を取って、目の中の黒い色が少しでも取り除かれれば幸いだ。



 ……さて。



 ラジオを聴きながらカップラーメンを啜り、どうしてよりによって今日なんだ、と。俺はシコシコ考えていた。

 こんなふうに重なるなんて、とても偶然とは思えない。誰かがこの世界を上から見ていて、俺にこういう試練を与えてるんじゃないかって気分になってくる。



「……早いな」



 そして、当然のように、電話が鳴った。着信の音ってのは、どうも不安を掻き立てられる。まぁ、俺にかかってくる時ってのは、その内容が十中八九が悪いニュースだからなんだろうけど。



 画面には、数字の文字列。これを無視すれば、彼女は明日俺に理由を尋ねるだろうか。そして、いずれ京に辿り着いて、また事件に発展するだろうか。



 チクショウ。



「……はい、薬師です」



 遠くに、電車が走る音。風、ノイズ。そして、吐息。……やがて。



「こんばんは。古谷桔梗(ふるやききょう)、だけど」



 古谷の声が、ようやく聞こえてきた。今更、フルネームを名乗らなくたっていいだろうに。



「要件はなんだ」

「別に。少し、話したくなっただけ。顔は見たくないだろうから、電話で。まぁ、私もあんまり見たくないし」



 相変わらず、変な気の使い方をする女だと思った。



 性根が曲がっているのに、外道になりきれない。悪に徹し切れないのに、下手な悪口を言う。そういう詰めの甘さがあったから、俺は騙されてるって分かったワケだが。彼女の性格は、概ねそんなところだろう。



「二年生になって、どう?」

「忙しいよ、毎日疲れてる」

「どうせ、また人助けでもしてるんでしょ」



 人助け、なのだろうか。よく分からん。



「そういうとこ、変わってないんだね。人が良過ぎると、また勘違いされるよ」

「余計なお世話だ、バカ」

「あ、またバカって言った」

「……またって、何ヶ月前のこと言ってんだよ」

「あはは、分かんない。いつぶりだっけ」



 そんな事聞かれても、困るだけだ。



「……ねぇ」



 笑い終えた、少しの静寂の後。古谷は、改まった声で言った。



「私のこと、好きだった?」



 何の前触れもなく、ラジオの音が止まった。

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