15縛 汗舐め
× × ×
「そうか、無事だったんだな」
「マジでただの野暮用だったみたいだ。変な勘違いさせて悪かったな」
「いいよ、煽ったのは僕だしね。こっちこそ、悪かった」
「……あぁ」
心の中で、三回謝った。ごめんな、遥。本当のことを喋ったら、消されるんだ。
……そんなワケで遥と別れて、今は翌日の昼休み。場所は、校舎裏のきりかぶの前。
まだ午前が終わったばかりだというのに、もう既に4回も呼び出されている。ただ、その理由は明白。前日の事件のせいで、京はピリピリしているからだ。
「ピリピリしてます」
自分で言うんだから、間違いない。京の目からは、電磁パルスでも発生していそうだ。もちろん、破壊したのは電化製品でなく、俺の思考回路だけど。
「もう許してくれよ。大体、俺はあいつにフラレてるんだってば。掘り起こされると、ダメージ受けるのは俺なんだぜ?」
「問題はそこではないんです。あんな告白紛いの言葉を口にした事なんです。私、時生さんがそういう不埒な人だなんて思ってませんでした」
「どこが告白なんだよ。それに、そうしないとあいつらが……」
「思ってませんでした!」
……ブラジル送りに、されちまうところだったんだもん。俺、ちょっとしか悪くないもん。
「私は好きって言われたことないのに、古谷さんには2回も好きって言いました。しかも、一回は『本気』付きです。あと、『かわいい』も言ってました」
「『だった』、な」
「ずるいずるいずるいずるいずるいずるい……」
出た、零距離プレッシャー。真下から真っ黒な目で見られると、暗くて深い穴の底を覗いたような不安が湧き上がってくる。多分、深淵を飼ってる女なんて、京以外にはそうそういないだろう。
「勘違いだって。あれは、京との会話の中に古谷の名前が出てきただけで――」
「しかも、『どうだろうな』って言ってました。ルール違反です、アラスカ行き決定です。残念でしたね。でも、時生さんが悪いんですからね?わかってますよね?今のうちに、『愛してる』の練習をしておきますか?」
聞こえてたのかよ。
「いや、それは独白というか、自分への言葉だって。よくあるだろ?一人の時に、『見間違いか』的な呟きをしちゃうこと」
「ありません」
「あってくれよ」
……これじゃ、次の中休みでまた同じ話をするハメになる。多分、帰ってからもだ。
「じゃあ、どうすれば許してくれるんだ?」
「私が大切なんですよね?なら、どれくらい大切なのか教えて下さい」
「そりゃお前、名前で呼んでるのは京だけだし。俺の前から消えたら、東京中を必死こいて捜すくらいには大切だよ。他の奴なら、そうはならない」
多少、誇張した表現ではあるが。まぁ、事実だ。
「……きゅう」
な、なんでシャツの中に入ってこようとするんだよ、無理に決まってんだろ。腹を捲るな、引っ付くな。暑いっていうか――。
「アホ!まさか、汗を舐めたのか!?」
「もぞぺろ」
「なんだよそれ!……ほん、ちょっと!マジでやめろってば!」
「これ好きです」
「へ、変態!やり過ぎだ京!」
「全部ください」
そうやって一通りモゾペロしたあと、ある瞬間に京は顔を埋めたままピタリと止まった。そして、背中に手を回して、しがみつくような姿勢。頭の半分だけ俺のシャツを被って、だからその声は少し籠もっていた。
「どうやって、見返すんですか」
「はぁ……はぁ……。お前、急に冷静になるなよ……」
そして、そんな体勢で真面目な声を出すなよ。……もう、まともに考えられないから、適当なこと言って誤魔化そう。
「まぁ、そうだな。こう、グレートな男になる、的な」
「……ふふ。なんですか、グレートって」
「なんか、コノヤローって感じの。コラー、みたいな。そんな男」
「ふふっ。ちょっと、時生さん。笑わせて、誤魔化そうとしてますよね」
どうやら、かなりツボに入ったらしい。ぷるぷると肩を震わせたと思えば、胸に額を押し付けたまま声を押し殺して、時折小さく息を漏らしていた。
こんなふうに、笑うんだな。出来れば、その顔を見せてもらいたかったよ。
「……はぁ。もういいです。面白かったので、許してあげます」
そして、京はゆっくりと顔を上げた。笑いはすっかり消えていて、俺に見せたのはやっぱり深淵と感情の見えない表情だった。残念だ。
どうやら、考えすぎない方が成功することもあるらしい。力を抜くっていうのは、こういうことを言うんだな。勉強になったよ。
「それじゃ、戻ろうぜ」
話が終わり、教室へ。京は、本当に何も無かったかのようにクラスメイトの輪の中に混ざると、あっという間に笑顔で会話に花を咲かせた。俺には見せてくれない、アイドルスマイルだ。
やっぱり、人格が別れているとしか思えない。一体、京は何人いるんだろうか。
何となく、その近くにいると気まずかったから、俺は京が確認できるギリギリのラインである教室の後ろのドアに寄り掛かって窓の外を見た。
特に何もない、いつもの景色。だが、それが返って日常を感じさせてくれて、舐められて乱れた俺の気持ちを落ち着かせてくれた。
……そして、多分。これが、俺の最後の安らぎだった。
「久しぶり、薬師」
突然、ドアを挟んだ向こう側で、俺を呼ぶ声が聞こえた。それは、聞き間違えるハズの無い声だった。
次回から、徐々に胃袋を締め上げる展開となっていきます。無論、恋愛強者の読者皆様にとっては、要らぬ心配だと思いますが。
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