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【長編】病んでる二人の同居人  作者: 夏目くちびる
第二章 彼女たちは、人として大切な何かが欠けている
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14縛 帰ろう

 きっと、全員が俺を見ていた。こんなに注目を浴びる事は、俺の人生では中々ない事だった。そうやって別のことを考えるくらい、リアリティがない話だったんだ。



「何を、言ってるんですか?」

「帰ろう。最初から、それだけしか言ってないぜ」

「な、な、何でですか?だって、この人たちは――」

「いいんだ。俺、古谷が好きだったから」

「……え?」



 自然と出た言葉。聞き返したのは、京じゃなかった。



「恋愛なんて、初めてだった。優しくて、笑顔がかわいくて、髪がキレイで。そういう人が好きなんだって気付いたのも、古谷のお陰だった」

「時生さん。なんで、そんなことを……」

「気ぃ使ってくれてるって、最初は感じてた。でも、そのうち本気で意識してたんだ。別に、俺のことが好きなワケじゃないってのは、分かってたよ」

「……イヤ」

「それでも、時々、本気で笑ってくれたんだ。俺、それだけでよかったんだ」



 京は、小さく横に首を振った。



「あの日だって、来ないこと知ってた。遥にも、騙されてるって言われてたんだ。必ず辛い想いをするって、俺の反応を見て嘲笑(わら)ってるんだって。……全部、全部分かってたよ。見下されて、蔑まれてる事」



 そして、いつしか震えは足に伝わり。



「でも、本気で好きだった。だから、俺は古谷を待ってたんだ」



 京は、膝から崩れ落ちてしまった。



「いや……、どうして……」



 その目から涙が溢れるのに、時間は掛からなかった。



「なんで、だって、わたし……」



 だから、俺は彼女の隣にしゃがみ込んで、優しく頭を撫でた。そうする事しか出来なかったし、それ以外に京を助ける方法が分からなかったから。



「だ、だっえ……わ、わたしは……ひっぐ……。わだしのほうが、すきなのに……。な、なんで、そんなこと言うんですか……ひっぐ……」



 終わった話だと言ってるのに。まぁ、こうなってくれなければ、完全に詰んでたんだけどな。



 どうやら、なんとかなったみたいだ。



「アホだな。ここで謝らせちまったら、俺が実力で見返す機会がなくなるじゃねぇか」

「そんなことしなくていいんれす!わたし、ゆるせないのに……!」

「こんだけやれば、充分だろ。もうほっとけっての」

「いやです!まだ足りません!ぜ、ぜったいに許しません!時生さんが、どんな気持ちで――」

「古谷を待ってなきゃ、お前と会うことも無かったんだ。だから、それでいいだろ」



 どうしてか、京の怒りが弱まったのが分かった。最近、京の気配が分かるようになってきたみたいだ。



「そんなの……っ……、き、きべんです……。けっかろんで……」

「終わりだっての、残りは後で聞いてやるから。ほら、帰るぞ」



 あまりにもグッチャグチャな空間になり過ぎて、5人は口を開けたまま小刻みに震えていた。



 まぁ、こいつらからすれば、俺と京が一緒にいるってだけで信じられないだろうに。拉致られて、ヤクザみたいな人が出てきて、アイドルの本性を見て。人生が終わったかと思ったら、やっぱりセーフだったんだ。



 そんなん、整理付くわけねぇよ。



「迷惑かけたな」



 言って、彼女たちを見てから肩を竦め、泣き続ける京を背中に背負い出口へ向かった。しかし、この騒動はどうやって収めるんだろうか。生かして帰せば、かなりマズい事になるような気がするけど。



「ま、待ってよ」



 不意に、古谷の声。随分、懐かしく聞こえた。



「う、恨んでないの?」



 ……相変わらず、ズルい女だ。



「どうだろうな」



 これは、独り言だ。ルールは破っていない。



「い、意味分かんない。というか、あんたと矢箕さんはどういう……うっ」



 言葉の途中で、彼女は気を失った。秋津さんが、背後から首になにかの薬を打ち込んだからだ。



「これ以上起きていられると、記憶が残ってしまうので」

「……そういう事ですか」



 気が付いたら、既に全員眠っていた。まさか、こんなパワープレーで無かったことにするとは。



「強力な麻酔薬です。副作用として、半日程の記憶が混濁します。出会った人間の顔くらいなら朧気に思い出すかもしれませんが、何があったかまでは夢と混じって判断できなくなるでしょう」

「金持ちって、マジで何でもありですね」

「何でもありです。5人は、後ほど私が運んでおきますので。ご安心を」



 見てくれ、黒スーツの兄さんがちょっとビビってる。この人、多分京と変わらないくらいヤベーんだ。



「薬師さん。京様は、どうしますか?」



 え、俺に訊くのかよ。というか、秋津さんは喋ってもいいのか。



「え、えっと。なぁ、京」

「……なんですか」



 メチャクチャ小さくて、しかも笑ってしまうくらい拗ねた声だった。涙は、止まっている。



「お前、もうあいつらを怒らないって約束出来るか?」

「できません」

「じゃあ、秋津さん。お願いします」

「分かりました」

「いや、ちょっと待って下さいよ。忘れたくないです、忘れたくないですから」



 まぁ、正直な話をするならば、俺は忘れた方がいいんじゃないかって思ってる。こんな出来事を覚えていたら、自責の念に駆られて潰されてしまう気がするし。



「ないです。悪いのは彼女たちです」

「ここまでやったら、間違いなくお前の方が悪いよ」



 やっぱり、京はサイコパスだった。



「しかし、ふとしたキッカケで再び彼女たちを知る事になって、今度こそブラジル送りになる可能性を考えれば、このままでいた方がよろしいのではないでしょうか」

「え?秋津さん、なんでそんなに他人事なんですか?」



 すっげぇどうでもよさそうなんだけど。



「薬師さんが何を言おうが、このガキ共が矢箕家の看板に泥を塗った事には変わりません。そこまでせずとも、本来であれば責任を取れないガキの代わりに、親にクンロクをいれて筋を通させるべきなんです。無罪放免なんて、あり得ないことです」



 あぁ、わかった。この人がヤクザなんだ。だから凄く怖いんだ。



「その、すんません」

「……ふふ。まぁ、でも、今回は薬師さんの顔を立てて見逃しましょう。帰りますよ」

「助かります」



 こうして、明らかに度を超えた京の怒髪天は収束し、平和な日常が戻って来たのでした。めでたしめでたし。



 ……と、ここで終われば、どれだけよかっただろうか。



 信じがたい事に、これら壮絶な一連の事件は、すべてが次の物語のプロローグに過ぎなかった。俺にとっての本当の地獄は、目も当てられないドロドロの関係は、翌日の学校にてようやく幕を開けるのだ。

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