11縛 欲しかった日
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それは、物語のキッカケというには、あまりにも何気ない会話だった。
「そう言えば、時生さんはどうしてあのクリスマス・イヴに、あんな場所に居たんですか?」
日曜日の、眠るたった10分前。京のなんてことの無い疑問から、それは始まったのだ。
「……え?」
「だって、雪の中を歩いて帰るには遠すぎますよね、あそこ」
この時は、とうとう来たか。なんて、他人事のように思っていた。
まさか、あんな大事になるだなんて。京の事を、見くびっていたなんて。こんな形で、繋がってしまうだなんて。考えてもみなかったんだ。
だから、少しだけ理由を話してしまった。隠すよりも、納得してもらった方が楽だと思ってしまったから。俺なら、納得させられると思ったから。
……結論から言えば、間違いなく俺の人生でトップ3に入る失敗だ。サイコな性格は、伊達じゃない。その事を、もっと心に留めておくべきだったんだ。
「……やっと誘ってくれたね。でも、なんで釣り堀?」
「釣りができるからだ。結構楽しいんだぜ、やるか?」
「やるやる、イソメちゃんって初めてみた」
三日後の放課後。俺は、都内のとある釣り堀に一人で来ていた。高校に入る前、仲良くしていたおっちゃんに教えてもらった趣味だ。
京は、今日はいない。学校が終わった瞬間に、一人でどこかへ行ってしまったのだ。
「うぇ。はは、見てよ時生。変な液体だ、ひぇ〜」
「キモいよなぁ」
「そう?かわいいよ」
「変人だな、お前も」
だから、俺はこの機を逃すまいと思い立ち、二人になれるこの場所へ遥を呼び出した。
入り口が一つしかないから、仮に見つかっても言い訳を考える時間が出来るし。遥なら、俺の口三味線に話を合わせる事くらい、造作もないだろうからな。
「よし、やるか」
……ポチャン。
ビールケースを並べて座り、餌を投げ込んで水面を見る。目の前を走るオレンジラインの電車が映って、ビルに反射した光の中の、その向こう側に魚が見える。時折、待ち切れない遥が竿を引き上げて。「修行が足りてない」なんて冗談を言い合って。
ずっと、笑っていた。
こんな日常が続けばいいのにと、心の底から思った。でも、そうもいかないから。俺は釣り上げた魚を針から外して、呟くように同棲の理由を説明したのだ。
「……そっか、そんな事があったんだな」
「悪いな、黙ってて」
「気にすんなよ。むしろ、怪我する前に打ち明けてくれてよかった。また、ボロッボロになってウチの病院に運ばれてくる事になったら、それこそ僕はなんの力にもなれないからね」
その節は、大変お世話になりました。
「にしても、ならどうして今日は、矢箕さんは時生を一人にしたんだろう。おかしいよ」
「分からん。もしかすると、親が帰ってきてて、実家に呼び出されてるのかもな。連絡しても、通じなかったし」
「それなら、むしろ時生を紹介しようとするんじゃないかな。だって、夫なんだろ?」
「よせよ、そんなんじゃない」
遥は、爽やかに笑った。
「物事には、必ずキッカケがあるんだ。時生、最近何があったか思い出してみなよ」
「最近か」
……めちゃくちゃになるくらい、強く抱き締めた。
「なにさ」
「いや、何でもない」
これは、恥ずかしいから黙っておこう。
「……時生。分かってないみたいだからハッキリ言っておくけど、これはかなりの異常事態なんだぜ?些細な事でも、話しなよ」
「おいおい、大袈裟だな」
「大袈裟なもんかよ。お前を拉致軟禁して、家にまで住み着いて尽くしたがる女子高生が、何の説明もなく忽然と消えたんだ。これが異常でなければ、一体他の何なのさ」
その意見は、最もだった。やはり、遥の頭脳はとんでもなくキレる。
「……まさか、俺が知らないうちにミスって、嫌われたって事か?」
消されるのか、俺。マジかよ。
「その程度なら、どうとでもなったさ。最悪なのは、時生の為に姿を消しているパターンだ」
その時、脳裏にノイズのようなモノが走った。何か、ドス黒くて嫌な音だ。
「もう一度訊く。時生。最近、矢箕さんと何か無かった?例えば、半年前のクリスマス・イヴの事を訊かれたとか」
心臓が、跳ねた。こいつ、なんで分かったんだ。
「……訊かれたよ。どうして、あの場所にいたのかって」
冷や汗。ポタリと垂れて、水面に波紋を作る。
「……マズいよ、時生」
「で、でも。俺は、『約束が守られなかった』って言っただけだ。だから、ちょっと傷付いただけだって。それで、歩きたい気分だったって。失恋したとも、裏切られたとも言ってない」
それが、なんの言い訳にもなっていない事は、俺が一番分かっていた。その気になれば、京は全てを暴いてしまう。
「今すぐ、彼らに連絡をしないと」
「お、俺は、京の実家に行ってみる。もしかしたら、メイドの秋津さんが何か知ってるかもしれない」
「分かった。こっちも、何か分かったら連絡する」
「頼んだ」
そして、俺は一目散に駆け出すと、電車に乗って矢箕家の館を目指した。道中、何度か京に連絡したが、やっぱり電話は繋がらなかった。




