騒乱の時代
「いよいよだな」
「ああ」
旅の一行のリーダーである勇者。
その勇者に補佐役の戦士が声をかける。
「ようやく、旅も終わる」
その声に勇者は無言で頷いた。
酷い有様だった。
国は実権を握った悪女によって苛政に陥った。
それを覆そうとするも、既にどうにもならず。
心ある者は切り捨てられ、ならず者が国政の中心に据えられた。
その中心人物たる悪女。
侯爵令嬢であった悪女は、その美貌と上っ面の優しさで王太子の婚約者になっていた。
その権威を使って追従者を作り出し。
追従者を用いて実権を握っていった。
かくて利権に群がる輩が集まり、共闘。
自分になびかない、従わない者達を追放していった。
そんな状態なものだから、国力は衰えに衰えていく。
社会保障、貧困の救済という美名のもとに課される重税。
臨時徴収や救済費用という名目で、民は次々に金をむしりとられていった。
そうしてむしりとられた財産は、悪女の一党の中でだけ使われていった。
その範囲では、炊き出しやテントによる簡易宿舎なども設置された。
だが、本格的な貧困救済には何一つ手をつけない。
社会保障も一向になされない。
民から吸い取るためだけの方便である。
そんな悪女に対抗するべく、志を持つ者達も集まっていった。
王都を追われた者達は、保守派で名高い辺境伯のもとに集まっていった。
他国との国境防衛につく辺境伯は、その職務故に多大な兵力を保有している。
それが王都からの侵略を阻止する抑止力になっていた。
さながら、水滸伝の梁山泊のごとし。
そうして集まった英雄達が行動を開始。
悪女の苛政にさいなまれる民衆を救うべく活動を始めた。
水面下での謀略戦戦、防諜戦。
計略に軍事行動。
民衆の放棄を促し、支配地を拡大していく。
王都以外にいる王族とも連携。
悪女に丸め込まれた王族を逆賊として指名していく。
そうして10年。
国を乗っ取った悪女への鉄槌が下されようとしている。
拡大した辺境伯軍を中心とした王都奪還軍。
それが進撃する。
それと平行して、精鋭を集めた部隊を編成。
王都・王城に潜入し、逆賊たる悪女を討伐する。
正面で戦う軍勢は、その為の囮でもあった。
盛大な陽動作戦である。
と同時に、王都・王城に潜入する部隊も、最前線での戦闘を助ける事になる。
王都・王城が混乱すれば、前線部隊にも影響が出るからだ。
少なくとも指揮系統は混乱する。
この両面作戦が実施されようとしている。
この王都潜入部隊を率いるのが勇者。
そう呼称される者達だった。
特にその代表者は、そのものずばり勇者と呼ばれている。
武術・魔法を高い水準で行使し、人望を兼ね備える存在だ。
その人柄が、英雄と呼ばれる者達をまとめ上げていた。
「明日には作戦開始だ。
絶対に成功させよう」
「ああ、もちろん」
勇者と、その最高の補佐役は作戦の成功を誓っていった。
翌日、二人が語っていたように作戦が開始された。
軍勢に先立って勇者達の精鋭部隊が出発する。
数人単位で分かれて行動し、個別に王都を目指す。
途中で監視に引っかからないためだ。
同時に、相手の監視を牽制する目的もある。
広範囲に展開して行動すれば、どこからやってくるのか、どれが本命なのか悩む。
そうした陽動の役目を兼ねている。
作戦は上手く当たり、敵を分散させていく。
あえて見つかるように動く事で、そちらに敵が向かっていく。
そうして少しでも分散すれば、それだけ敵の本体も小さくなる。
さりとて無視するわけにもいかないので、対処に追われる。
敵がそうして混乱してる間に、精鋭部隊は王都に潜入した。
王都潜入からは早い。
王城内部の構造は全て筒抜けである。
それらをもとに内部に潜入していく。
敵の方もこういった事は熟知してる可能性はあるが。
それは仕方ない事として割り切っていく。
ただ、秘密の抜け道というのは幾つかある。
その中には王族も知らないものもある。
敵にもそれらは知られてない可能性がある。
幾つかの部隊は、そういう所から潜入していく。
もっとも期待される勇者部隊は、その中でもほぼ誰にも知られてない所を通っていく。
明確に計画して作られた道ではない。
改築や増築の中で、あえて作られた隙間。
それらが自然と通路になっている。
意図して作ったわけではないから、図面もない。
知っていなければ、あるいは観察眼に優れてなければ気付きようもない。
そういう通路を通って、勇者達は王都と王城へと潜入していった。
そうして潜入を果たした勇者達。
彼らは時間をかけて進んでいく。
何せ通路が入り組んでるので時間がかかる。
道そのものは一方通行なのだが、それでも手間がかかった。
右に左に、上に下に。
蛇行どころではなくねり方をしている。
「本当にこれが通路なのか?」
途中、誰もが何度もそう言うほどだ。
だが、幸い敵に出会う事は無い。
さすがに敵もこの通路には気付いてない。
黙々と進まねばならない肉体的・精神的な疲労はある。
しかし、戦ったり不意打ちを警戒しないで済む。
それだけは確かにありがたかった。
そうして勇者達は、王城の中に潜入を果たした。
もともと隙間だった通路だ。
その隙間をふさぐ為の壁も作られている。
これがあるから、今まで発見されなかったのだろう。
そして、通路を使うには、この壁を破壊せねばならない。
確実に城内の敵に気付かれる。
だが、それも覚悟の上だ。
「行くぞ」
「おう!」
仲間に声をかけ、勇者は壁を破壊していく。
爆薬を使い、壁を破壊する。
派手な音をたてて壁は壊れた。
そこから勇者達は一気に城内に駆け込んでいく。
ここからは時間の勝負だ。
「こっちだ」
貴族だった仲間が先導をしていく。
城の中についてはこの中で最も詳しい。
その彼が、勇者達を連れて案内をしていく。
まずは身を隠せる場所に。
見つかると厄介な事になる。
そして、ある程度安全を確保してから悪女の所に。
それも可能な限り警戒の薄いところを伝っていく。
それでも途中で衛兵などと遭遇する。
それらを勇者は切り伏せていった。
同じ国の人間とはいえ、悪女についた連中だ。
遠慮や容赦をする必要はない。
躊躇えば、応援を呼ばれる可能性もある。
それは避けねばならなかった。
下手な情けは、最悪の事態を招く悪手になる。
その甲斐あってか、勇者達は思ったよりも円滑に悪女の所へと進めた。
ほぼ同時に内部に侵入した別部隊の影響も大きい。
途中、走り回る警備の連中が、「侵入者がいたぞ!」と叫んでいるのを何度も目撃した。
それらが警備の連中を集めてくれている。
陽動としての役目を果たしてくれてるので助かる。
その分、敵と戦ってる味方の負担は大きくなってしまうが。
「すまん────」
目的達成の為、そう割り切って勇者達は進んでいく。
全ては悪女を倒すため。
そしてたどりついた玉座の間。
そこに目的の悪女がいた。
護衛と共に。
「来たか」
特に緊張するでもなく、悪女は玉座に座っている。
本来、国王のみが座るべき椅子に。
「陛下はどうした?」
「ああ、譲位してもらったよ」
事もなげに言う。
だが、言ってる内容はとんでもない事だ。
国を乗っ取ったという事なのだから。
それを許すわけにはいかなかった。
「そこからどいてもらおう」
勇者と仲間達が構える。
悪女はそれをつまらなそうに見ている。
代わりに、悪女の周囲にいる護衛が武器を構えた。
戦闘が開始される。
剣と盾がぶつかり合う。
魔術の火花と冷気が打ち消し合う。
強化された肉体同士が打ち合い、稲妻が飛び散る。
精鋭同士、常人の領域を越えた行動を互いに繰り出していく。
影を伝って移動する敵の動きを止めるべく、室内にくまなく光が灯される。
感覚を麻痺させる為に、音波が戦場に静かに響き渡る。
眠りを誘い、体を痙攣させる波動が放たれる。
直接的な打撃にはならないそういった攻撃も繰り出されていく。
一進一退。
そんな戦闘が続く。
だが、形勢はわずかながら勇者達の方が有利だった。
本当にごくわずか。
あるかないかの差。
その差が少しずつ結果をもたらしていく。
敵の精鋭に傷が付く。
それが次の行動を遅らせる。
その遅れに乗って、勇者側の攻撃が一つ加わる。
放たれた一撃が、次の隙に繋がる。
隙がより大きな差になっていく。
そんな事の繰り返しが、悪女を守る精鋭の敗退へと繋がっていく。
このままなら行ける────そう思わせる状況だ。
だが、勇者部隊の中にそう考えてる者は誰もいない。
まだ、悪女が動いていない。
それが動き出したらどうなるか。
誰もがそれを警戒していた。
しかし、それは杞憂に終わった。
悪女は結局戦闘には参加せず。
護衛の精鋭が倒れた時点で決着がついた。
「あーあ、終わっちゃった」
特に残念そうでもない声を出して、悪女は捕まった。
そして、その場で首を飛ばされた。
「何を隠してるか分からんからな」
何もしなかった事を勇者達はいぶかしんだ。
これも策略のうちではないかと。
そうでない事は、その後の調べで分かった。
魔法を使った遺体の検分。
更に、霊魂を召喚して拘束しての思考探査。
それによって驚くべき事が分かった。
巨大な力を持つと考えられていた悪女。
しかし、実際には特に巨大な力があったわけではない。
無力とはいかないが、初級の魔法を使うだけの能力。
それだけが悪女の持つ、特異な力だった。
そんな悪女が曲がりなりにも国を傾けるほどの災厄をもたらせた理由。
それは彼女の身の振り方に全てがあった。
話し方、表情や仕草の使い方。
それによって他人を魅了する、操作する、勘違いさせる。
「もしかしたら何かを持ってるのではないか?」と錯覚させる。
言ってしまえば、相手に誤解をさせる。
嘘を吐く。
それが上手かった。
そういって良ければ交渉術に長けていた。
その一芸をもって、悪女は国を割るほどの騒動を起こしたのだ。
「しかし、なぜ?
どうしてこんな事を?」
疑問が出て来た。
どうしてこれほどの騒動を起こしたのか?
上手く取り入る事が出来る能力があり、それで王子の婚約者におさまった。
その力を使い続ければ、王族の配偶者として豊かな暮らしが出来たのだ。
それを蹴ってまで騒動を起こした理由が分からない。
「だって、退屈だもん」
疑問への回答がこれだった。
退屈。
つまらない。
面白くない。
「だから面白い事をしたの」
その為に騒動を起こした。
その為に国を傾けた。
争いを起こした。
「贅沢も別に楽しいわけじゃない。
でも、そうするとみんな大変な事になるでしょ。
それが楽しいの」
そうした答えが次々に返ってくる。
それを聞いてるうちに、誰もがおぞましさを感じた。
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