家族の絆
富田町山方は、集落の中央を県道が南北に走り集落を東西に、二分している。
東側を山方東、西側を山方西と区分して隣組を構成している。
山方西の集落に畠山家があり、山方東には、吉永家があった。
この両家には、修二と松吉と言う同級生の男の子がいたが、修二は、利発で優秀だが気位が高く飽きっぽい性格で我儘だった。
それに対し松吉の方は、素直な性格だが少しおとなしく優しい性格で有った。
畠山家の主人の徳一と静子の間に子供は、修二のみであり、母親の静子は、一人息子の修二を異常な程に溺愛した。
当然修二は我儘でやんちゃな子供に育っていき、それに引き換え松吉の方は、三人兄弟の長男で下に妹と弟が居て家は、父親の居ない母子家庭だった。
吉永家は、貧乏で貧しかったが、貧しいだけに親子は寄り添って生活し我儘を言う子は居なかった。
松吉が、中学生の時は、貧しさの為に学校の弁当は、何時も日ノ丸弁当で勿論の事だが麦飯であった。
貧乏だけど吉永家の兄弟は、仲が良く一つの物でも必ず四等分にして分けたのである。
貧乏と言う重圧に耐えるには、家族が寄り添い仲良くする方法しか無いのかも知れない。
当然松吉は、中学を卒業すると大工の見習いとして町内の工務店で働き出した。
一方修二は、高校・大学と進み大学を卒業すると総合商社に入社したが務めたのは、ゴールデンウイーク迄であった。
静子が修二に
「修ちゃん、長い休みも明日で終わりよ、東京には、何時帰るの」
「母さん、俺会社を辞めようと思って居るんだ」
「どうして、修ちゃんは、商社マンに成りたかったのでしょ、何か嫌な事でもあるの」
「だって俺が思って居た仕事と違って一日中机に付いて伝票や書類ばかり見るのが仕事だよ、それに係長も課長も文句ばっかだよ、だから俺から辞めてやるんだ」
静子は、夫に相談すると徳一は
「修二、お前会社を辞めるつもりか」
「親父には、関係無いよ、これは、俺の問題だ」
「お前は、そう言うけど仕事を辞めて如何する気だ」
「当分ブラブラして俺に合った仕事を捜すつもりだ」
「お前、その様な事を考えずに会社に行きなさい」
「俺は、嫌だよ、俺の様な能力なら、どこの会社でも引っ張りだこだから、あの会社の人間は、人を見る目が無い連中ばかりだぜ」
「そうよ、お父さん会社の人は、見る目が無いのよ、修ちゃんは、頭がよくて優秀なのに、つまらない仕事ばかりさせて」
「お前がそうやって修二を甘やかせるから、仕事を止めると言いだすんだ」
「あら私が何時甘やかしましたの、貴方と違ってこの子は、大学を出ているのよ」
「仕事をすると言うのは、学歴でするのではない。修二みたいに気位ばかり高くて地道な努力をバカにするから仕事が長続きしないんだ」
「親父は、俺に嫌な仕事を続けろと言うのか」
「そうよ、修ちゃん、そんなに嫌なら会社を辞めていいわよ、当分家に居なさい」
妻と息子に、責められて徳一は、黙りこんでしまった。
この日を境に家族のパワーバランスが崩れ笑いの無い陰気な家庭になっていったのだ。
徳一は、家庭での居心地が悪くなるのに比例する様に仕事にのめり込んでいった。
皮肉な事に徳一が仕事に熱中するに従って役職が上がって行ったが、逆に家庭における徳一の居場所が、無くなる一方だった。
生活が楽になるにつれて修二は、仕事に就こうとは、しなかった。
修二は、働くのを止めて親の脛を齧り出すのである。それでも徳一が役所に勤めている間は、冷え切った家族間においても一応家庭という形は保っていた。
家族の絆が離散した家庭にあっても辛うじて家族と言う形を保っていたのは、世間体と生活の現状維持の為の打算と言う、か細いたがで保ったれているだけの家庭であったのかも知れない。
それに引き換え松吉は、中学を卒業し大工見習いとして働き出した。
松吉は、初めての給料を貰った日に家に帰ると母親の富に
「母さん、はい給料」
「お前、これを全部くれるのかい」
「少ないけど、たしには成るだろう」
「有難うよ、楽になるよ、所でお前は、お金が有るのかい」
「うん、少しだけ持って居るから心配ないよ」
「そうかい、有難く使わせてもらうからね」
この様に、これから先十年もの間松吉は、妹の竹子や弟の梅吉の為に働くのである。
そして妹は、看護師となり地元の病院に勤め出し弟は、少し離れた市役所に就職した。
吉永家は、子供が巣立って行くに連れて松吉と母親の二人となった。
松吉は、妹と弟が世間に出ると、周りの勧めもあって町内の工場に勤める向山佳代と言う女性と見合いをし結婚した。
佳代は、悲惨な体験を持つ孤児でありながら性格は明るく朗らかな女性だった。
佳代は、九州の生まれで幼いころ両親を亡くし、親戚の家で育った。
佳代は、中学を出ると富田町の工場に縫製工として務めていた。
松吉と結婚すると、佳代は母親の富に実の親の様に尽くし家でも笑いが絶えなかった。
幼い頃に両親を亡くし家族を知らない佳代にとって嫁ぎ先の吉永の家が自分の居場所だ。と思ったのかも知れない。
この様に畠山の家と吉永の家は、年月が経つに連れて両家の家族の在り方が大きく変わって行くのである。
それから二十数年経ったある日、ここ富田町に在る葬祭ホールに一人の老人が訪ねて来た。
その老人は、ホールの受付窓口に来ると
「ちとお尋ねしますが吉田さんと言われる方が居られますかのぅー」
「はい、私が吉田重雄ですが、このホールにどういう御用件でしょう」
「あんたが吉田さんですか、わしゃー山方の北山正一と言う者じゃが、ちと御願が有り増してのぉー」
「どの様な事でしょう」
「それがのぉー、わしゃー山方の民生委員を授かっとるのじゃーが、わしの組内に父親と息子の世帯が有ってのぉーその父親が、最近倒れて仕舞って、わしに話があるから、と言うのでわしが病室に行くと
「正一つぁん、わしゃーあ、お前さんに頼みが有るのじゃーが聞いてくれますかのぉー」
「畠山さん、どういう事でしょう」
「実は、わしは、この通りじゃーもう長くない。御存知の様に息子は、あのとおりパチンコと酒に入り浸りじゃー頼みと言うのは、わしが死んだ後の事じゃー今迄散々周りの人に迷惑を掛けて来たのに死んでまで周りの人に葬式で迷惑を掛けると思うとわしゃー死んでも死にきれない。そこで正一つぁんに御願があってのぉー」
「私に、ですか、どういう事でしょう」
「頼みと言うのは、わしが死んでも葬式は、出してくれるなと言う事じゃー」
「畠山さん、そんな事は、心配せんでええ亡くなった者を弔うのは、生きとる者の務めじゃー、今は病を一日も早く治す事にしんせぇー、とわしゃー本人を説得したんじゃが、納得せんで困ってのぉー役場に相談に行ったら担当者が
「役場に葬式の事を相談されても困る。葬式の事なら葬祭ホールに吉田と言う者が居るからそちらに行って話をしてくれ、と言うのでこちらにこさせてもらったのじゃー」
私は、北山と名のった老人を別室に案内し相談をうけることにした。
「ところで、私にどの様な相談を」
「実は、畠山さんは、葬式は出さないでくれ、の一点張りで納得せんのじゃーがどうすればええと思いなさる」
「北山さん、息子さんは、何と」
「駄目、だめじゃー相談できる息子なら困りゃーへん、それに畠山さんは、息子に相談すると
「親父の葬式は、なるべく派手で盛大にやって呉れ」
と言うに決まっとる、あいつは葬式の参列者の香典を目当てにしとるから、と言うて、わしゃー死んでまで不義理をしとうないんじゃーというてのぉー泣くんじゃーわしもほとほと困ってのぉーつい畠山さんわしがなんとかするから、あんたは、養生しんせぇー言うて帰ってきたんじゃが如何すればええと思いなさる」
「それで親族の方は」
「それがのぉーあんな息子じゃーけ、若い頃には、株の取引で何十万も儲けたって、よく言っていたが失敗して親父様が退職金を前借りしてまで尻拭いをし、その後も遊ぶ金欲しさに財産を食いつぶし、親父様から遊ぶ金が取れないと成ると、親戚中は無論の事、近所中からも父親名義で金を借りまくって、もめ事ばかり起こし親戚中から八にされるは、近所中の鼻つまみ者じゃーそれだけに畠山さんは、悩んどる次第じゃー」
「それで私にどうせよと」
「畠山さんの意向は、家から葬式を出してくれるな、出来れば病院から、すぐに火葬場に行って欲しい。と言うのじゃが、病院は、亡くなった方を二日も三日も預れないと言うし、役場に相談すると、生きている人の火葬場の予約は、聞いた事が無い。火葬場は死亡診断書を見ないと予約出来ない事になっている。と言うし,わしゃーほとほと困って此処に来た訳じゃー」
私は、この年寄りの困り切った顔をみながら
「北山さん、それ程心配は、いりません当ホールには、大小の葬儀会場が二ケ所有ります仏様を病院から直接ホールにお預かりいたしますから、それに少人数なら、こちらに宿泊出来ますのでご心配は、入りませんよ」
「そうか、その様に出来るか、しかしわしゃー畠山さんから費用として二十万しか預ってはおらんのじゃーそれで葬式がだせるかのぉー」
「二十万ですか、少しきついですね」
「畠山さんの意向は、葬式は必要ない。むしろ葬式をせずに金が残る様なら一銭でも息子に残してやりたい。わしゃーその言葉を聞いて思わず泣けてしもうてのぉーあんな道楽息子で喧嘩の絶えなかった息子でも、我が子となれば行く末を按ずるのが親かと思うと何かしら徳一っあんが哀れでのぉー」
「そうですねぇー、それが親と言うものかも知れませんねぇ―」
「そうじゃーのぉー、子は親の事より目先の事ばかり見ているが親は、どんなに離れていても子供ばかり見ているものじゃーからのぉー、親とは、切ない者じゃーてぇ」
「それならば北山さん、私がこんな事を提案しても良いか悪いかは、判りませんが費用を抑えるなら飲食費用と御寺様です。このホールで初めてですが御坊様もやめて御経もテープで、本善も省略してもよろしいか」
「そうだね、わしも出来る限り費用を掛けない様にしても形だけは、葬式を出した事にしたいのじゃーが」
私と北山さんとは、二時間程打ち合わせをし納得し北山さんは、帰って行った。
それから数日経った有る日北山家が昼食を済ませた時に原田病院から電話のベルが鳴った。
「もしもし、北山さんの御宅ですか、原田病院ですが先程畠山さんが亡くなられましたが、お家の方に電話を入れましたが連絡が付きません。そこで依頼の有りました北山様に連絡をさせて頂いた次第でございます。どうされますか」
「すまん事です、畠山さんの息子を捜して連絡し夕刻までには、引き取りに行きますので」
北山は、電話を置くとすぐに隣組長をしている田中庄助宅に行くと
「庄さん、居るかね、実は先程原田病院から連絡があってのぉー畠山さんがいけなんだそうじゃー」
「北山さん、修二さんには、連絡付いたのかい」
「それがのぉー連絡付かんそうな」
「そうするとパチンコ屋か飲み屋かな、取り敢えず北山さん行って見るか、修ちゃんが家に帰るのを待っていると夜中になるから」
そうして年寄り二人がパチンコ店に入ると修二は、居たが、田中が修二に声を掛けると
「修ちゃん、大変だよ、御父さんがいけなんだよ」
と声を掛けたが修二は、年寄りの顔も見ずに
「今掛ったばかりだ。用事なら後にしてくれ」
この言葉に年寄り二人は、顔を見合わせ、ほっーと深い溜息を漏らした。
すると北山が修二の肩を叩き耳元で
「パチンコを止めて話を聞きなさい」
と諭すと、修二は、こちらを向き
「田中の爺さん、何か用かい」
「修ちゃん、昼過ぎに病院から連絡が有ってね、親父さんがいけなかったと言ってきた。修ちゃんも早く帰って親父さんを迎えに行ってやりなよ」
田中の言葉に修二は
「へっ、爺い、とうとう、くたばりやがって」
この言葉に北山は、堪忍袋の緒が切れてしまった。
「お前、自分の父親の死にその言い草は如何いう事だ」
あまりの北山の大声と剣幕に、田中と修二は唖然としているとすぐに店員二人が飛んできて、三人はパチンコ店から追い出されてしまった。
ちょうどそのころ吉永の家でも病で伏せって居た冨が子や孫に看取られながら静かに息を引き取った。
冨の死に一番悲しんだのは、嫁の佳代である、嘆き悲しむ佳代に竹子が
「佳代姉さん、もう泣くのは止めて、貴方が悲しむとお母さんも悲しむから、静かに逝かせて上げましょ」
竹子の慰めに佳代は、竹子を見上げながら頷いた。佳代と言う糸は、松吉と言う糸と出会い夫婦と言う絆で結ばれ更にその糸は、冨と親子と言う絆を結んだのである。
山方集落の東西で亡くなった者が出たが吉永家には、弔問客が詰め掛けたのに畠山家には、死者さえ帰らなかった。
しかも葬儀は、両家共葬祭ホールで行われる事に成ったのである。
葬式当日吉永家の葬儀が始まる少し前ホールの片側から一台の霊柩車が出て行った。
その霊柩車には、男性が三人乗りこみ、それを見送る参列者も二・三人だけであった。
それに引き換え吉永家の葬儀は、盛大なものだった。葬儀の参列者がホールに入れ切らずに外まで並ぶ有り様だったのである。
吉永家の葬儀も終わりホールの食堂で本善がふるまわれ、その席で隣組の連中は、畠山家の葬儀の事をヒソヒソと話会って居た。
同じ集落の葬儀でこうも差が付くとは、誰もが想像もしなかったのである。
その会話の中で吉永家の隣に住む山根良一という老人が
「畠山の徳一さんも可哀想なもんだな、あの様な寂しい葬式で、参列者も二、三人しか居なかった様だ。幾ら八でも昔から葬式と火事は別のものと決まって居るのに、静子さんの兄さんしか来て居なかった様だし人道も地に落ちたものだ。それに引き換え吉永の富さんは、若い頃に亭主を亡くし後家で幼子を三人も育て上げた上に子供の相方も良い人ばかしで、特に佳代さんの事を娘が増えた。と言って喜んでいた。近頃は、ほとんどの人が病院で亡くなるのに、ここの冨さんは、病気をしたとはいえ自宅の畳の上で子や孫に看取られながら逝ったのだから大往生だろう、羨ましい限りだ」
「そうだなぁー吉永のおばさんには、孫が五人も居るそうだからなぁー確か、ここの松吉さんは、畠山の修二さんと同級生だったと思うけど」
すると隣に居た徳永太郎が
「そうだ修二さんと松吉さんは同級生だ」
「徳一っあんも哀れなもんだなぁー修二君がしっかりしていれば孫の顔も見れたものをなぁー」
「山根の伯父さん、そりゃー仕方が無いよ、修二さんに嫁がいなけりゃ孫は出来ないもの、まして誰があんな修二さんを相手する、みすみす苦労するのが見えている人とは、女が相手にしないもの、俺らの連中では、修二さんは、優秀で何時も一番でもっと偉い人になるかと思って居たけど」
「うーん、あの子は、詰め込む頭は、有っても使う頭がなかったのじゃーろなぁー」
「伯父さん、そりゃーどういう意味だい、使う頭が無いって、修二さんは、大学出だぜ」
「だから修二君は、使う頭が無いと言うんだ、大学を出て人より知識や倫理を頭に溜め込んでも、それをどの様に使うか又は使いこなせるかは本人次第だ。だから修二君は、溜め込む頭は、あっても使う頭は、無かったというだけだろう、小学校しか出ていないのに一国の宰相になる代議士もいるのに、修二君は、大学を出ても使う頭が無かっただけだろう」
「そうか、だから今の修二さんは、使う頭が無いから落後者になっているのか」
「そうじゃーろ、だからあの歳になっても嫁も貰わず、パチンコや酒に入り浸りで年老いた親父の金をせぶって喧嘩ばかりしているのじゃろぅなぁー」
「世の中には、色々な人が居るが修二さんは、酒やパチンコの方が嫁を貰って家庭を作るより楽しかったのだろう、だから修二さんは、家庭とか、家族を大事にしなかったのだろうねぇ」
「山根の伯父さん、修二さんが、道楽者だから畠山の家が駄目になったのかい」
「畠山の家も静子さんが亡くなってから駄目になったね、修二君も唯一の味方の静子さんが亡くなってパチンコと酒に逃げたのだろう」
「それにしても、山方集落で二つ葬式が重なるのも珍しいが、これ程葬式に差が出るとは、思わなかったね、畠山の葬式には、親戚と隣近所の二・三人しか参列者がいない寂しい葬式だった」
「何言ってんだ太ちゃん、参列者が少ないのは、しかたないけれど葬式に坊主も呼んでいないのだぜ、畠山の爺さん引導が無しに逝ったらしいとよ」
「わしもこの歳だが、せめて御坊様に葬式と引導ぐらいは、まともに出して貰いたいと思うがのぅー徳一っあんも引導を渡されなかったらあちらに行こうなかろうになぁー」
「山根の伯父さん、向こうに行けなかったらどうなるんだい」
「死んで向こうに行けなかったら現世を彷徨うだけじゃーのう、あんな息子をもったばっかに徳一っあんも成仏出来んのじゃろぅーのうー」
「山根の伯父さん、そりゃー可笑しいよ修二さんとお爺さんは、顔を合わせると喧嘩ばかりしていたんだぜ」
「幾ら親子で喧嘩ばかりしていてものぉー、子を思わない親はいない。まして不肖の息子程可愛いと言うではないか徳一っあんも修二君が可愛ゆうて仕方無かったのかも知れんのぅー」
「山根の伯父さん、そりゃー無かろう、あれだけ仲の悪い親子も珍しいと評判だぜ」
「親子と言うものは、表面だけでは計り知れないものがあるものじゃー老い先短い我が身を心配するより残して行く子共の行く末を案ずるのが親というもんじゃからのぉー」
「山根の伯父さん、そんな死んだ先まで心配する事は無いよ、伯父さんとこは、家庭がしっかりしているから大丈夫だよ、それよりさぁー一杯」
家族の崩壊の結末が葬式の規模と言う形で人の目に如実に表れたのだった。
畠山徳一と修二は、親子と言う絆を解きほぐし各々一本の糸に成って仕舞ったのだ。片方がその糸を結ぼうと思っても、もう片方が協力しなければ糸は結べないのかも知れない。