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雨上がり

作者: 編集:はしもとおかげ

とあるアーティストの歌詞を私なりに噛み砕いて物語化させた


オマージュ小説です。



 5回、6回と無機質なコール音が続く。

 なんでこんなムダなこと、ふと思い立ってしまったのだろう。

 応答なく淡々と耳元に響く音は僕から切らない限り止むことは無いようだ。諦めて画面左下のボタンをタップし、耳元から離した。

 厚い雲に覆われた空色は明け方だというのにやけに暗い。シトシトと落ちる雨は君の泣いた声のように聞こえて耳が痛い。

 溜息を1つ落とすと油断した僕の心にそれは突き刺さって来た。


 それは雨のせいだ。


 雨の日は決まって君を思い出す。いつもなら必死になって押し殺していた感情だが、今日の雨はあの日の雨によく似ている。2人の楽しかった日々、あの時の2人は互いに永遠に一緒だと疑わなかった。そしてその思い出は永遠に消えることは無いだろう。


 そのせいだ。



*****



 何故にこんなにもイライラしてしまうのだろうか。君がいることに窮屈な日々を感じ、憂鬱に思う。

 君のせいじゃ無い、恐らく僕は君どころか他人への優しさすらも少し無くしていたのだろう。


「そんなんじゃねぇよ」

「じゃあ何だっていうの? あなたっていつもそうじゃない! 言い返せないと適当な言葉で逃げて————」


 何が原因で言い争いに発展したのかすら分からない。どうせ大したことのない、ほんの些細なことだったのだろう。いつの間にか2人の興奮は抑え切れないところまでエスカレートし、言葉も声量も激しくなっていた。こうやって言い争って、心が離れて会わなくなって暫くそれぞれ頭を冷やして少し寂しくなって会いたくなって、また元に戻る。

 しかし、今回のそれは一段と激しいものだった。理性よりも先に口から言葉が零れ出していて、誰よりも大事にしなきゃいけなかった君に、思いのままに当たり散らしている僕がいた。


「うっせぇな!」


 自分で出した声なのに、あまりの声量に驚いた。

 はっとして君の方を振り返ると、驚きからか悲しさからか悔しさからか、目の前の瞳から一粒の雫がゆっくりと溢れるのが映画か誰かのミュージックビデオのワンシーンのように見えた。

 その一粒が落ちた時、時間は正常に戻り君は堰を切ったように泣き崩れている。

 キツく当たることしかできない僕にもう聞く耳すら持ってはくれずに……。

 態度とか体温とか関係とか、そういったものではなく……いや、そういったものをひっくるめて僕は冷たくなっていた。

 いつから冷たくなってしまっていたのだろう。これじゃあ鉄と変わりない。

 2人はもう会話にならない。だから僕は祈るしかなかったんだ。心の中で思い続けるしかなかったんだ。

 ———2人の間の厚い雲を吹き飛ばして向こうに架かる虹が見たい。だから意地もプライドも全ていなくなれ。


 君はどうかは知らないが、僕の方は決まって後になって後悔する。

 そしてそれを忘れぬよう心に刻み込む。面倒臭い事を避けて通る癖はいつまでたっても治ってはくれないものだ。

 君にまで何度も迷惑をかけてしまった。見当違いに君を疑ったりもした。

 そんな僕は、こんな事じゃダメだと誓いを心に刻み込む。

 それでも僕は同じ過ちを繰り返してしまうみたいだ。どうしても君の泣き顔をまた見てしまうことになる。近づいてはまた遠ざかる、それの繰り返しだ。それでも僕は最後には淋しい心がなぜか消えない。

 しかし、今思えば君はそうではなかったみたいだ。

 何度も何度も繰り返すうちに悲しい顔が横目に見えることが多くなっていった。……これも今思えばだ。

 何度も何度も繰り返すうちに感覚が麻痺していったのかもしれない。

 勝手になって、優しさを見失う愚かな心になっていって、日々を重ねるにつれ僕らは一緒に立っていることすら難しくなり、いつの間にか足場は恐ろしいほどに揺らいで、気づけば沈んでいっているのだ。

 本当に麻痺していたみたいだ。それでも僕は君が見えなくなくなってからやっとそれに気づいた。

 初めは可笑しいなと思い、何回も君に電話をかける。そして毎回それはルスデンに切り替わる。その頃の僕は悲しい現実が全く見えていなかった……あの日から君はここにいない。



*****



 やはり今日の雨はあの日の雨にとてもよく似ている。

 君と同じ時を過ごしていた日は、小さな幸せや小さなアリガトウが埋もれて、嬉しさを見失い、僅かな違和感や僅かな不服が膨れ上がり、悲しさが増えツライ。

 君が隣から消え時過ぎて今、小さな違和感や小さな不服がいなくなり、僅かな幸せや僅かなアリガトウが今更に顔を出して、嬉しさ増えイタイ。


「雨が上がったよ」


 通りすがりの誰かかそう言っていた。

 急に僕はあの日のことを思い出して車を走らせた。

 君と前来た場所。

 その日のドライブデートは生憎の雨模様だった。

 霧の深い山道を会話も少なく走っていた。しかし峠を登りきったところで視界が開き雨は上がり、空には大きな虹が架かっていた。

 2、3台しか停められないような小さなスペースに車を停め、2人で車から出てそれを見上げた。

 それを掛け替えのない時間と感じたのは、やはり後になってからの僕は愚かだ。

 その場所に君は居ないだろう。

 それでも君と見た虹が見たい。今はそれだけでいい。

 峠を登りきって車から降りた。目の前に広がる街並みと青空を一人で堪能しながら吐息を漏らす。


「虹、見えないよ……」


 やっぱり僕はいつまでも。

 雨が降れば君に謝りたくて会いたくなる。

 雨が上がれば君と虹が見たくて、会いたくなる。



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