強制的膝枕
◇◇ ◇◇
たゆたうまどろみの中、膝元で動く感触がする。
それに触発されて、うとうととした夢心地の意識が、しだいに頭をもたげる。
「……なんだ、これ……」
遠くでそんな声が聞こえた。
「ん……」
薄く目を開けると、ユズルが頭を上げたところだった。
「目……覚め――あたっ!!」
言葉途中で、ユズルはいきなり体を起こすものだから、額にユズルの後頭部の直撃をくらう。
「「~~~~~~っ!」」
ユズルは後頭部を押さえ、私は額を押さえて、二人して声のでない悲鳴をしばらくあげていた。
「チサトさん……!? 何で……」
「目、覚めた?」
ひどく動揺するユズルに、私は額を押さえながらたずねる。
ユズルは返事ができないほど動揺が激しかった。
やっぱり、無意識でしたことか。
わけがわからず混乱するユズルに、私は事情を説明した。
「ユズルに捕まって膝枕してました。以上」
「……俺が?」
「しなきゃ、あんな状態にならないし」
「……ゴメン」
そう言って謝ったものの、ひどく動揺しているのが目に見えてわかった。
「たたき起こせばよかったのに」
しばらくしていくらか動揺がおさまったユズルがそう告げる。
その言葉に、私は小さく肩をすくめた。
それも考えたけどさ。
「あんまり気持ちよさそうだったから。起こすの、なんだか悪い気がして」
起こすに起こせなかったんだよ。
で、動くに動けない状態になって、私もうとうとと、いつの間にか寝ちゃったんだけど。
うわ。太ももしびれてる。
ユズルは再度「ゴメン」と謝った。
「カイだと思ってた」
「……カイ?」
「家の……実家にいる黒のラブラドール。よく、枕にして寝てたから」
寝ぼけて「あ、カイがいる」と思って、いつものように枕代わりにしたのは覚えているけれど。
「まさか、チサトさんとは、思わなくて」
「……へぇ」
にっこり笑いながら、冷たい怒りが身の内にたぎる。
確かに、今日は黒のジーンズだけど。
だからって、犬と間違えるてどういうことよ!?
ぐっと拳をにぎりしめて「ユズル」と名を呼んだ。
こっちを見たユズルに、笑顔のままこう告げた。
「歯、くいしばれ。」
まあ、ホンキで殴ったりはしなかったけどさ。
「え?」
と、目を点にするユズルの頭をコヅく程度に留めて置いた。
なんだか知らないけど、ユズルは罪悪感を感じたらしくて、おわびに夕食をおごってくれた。
気にしなくていいって言ったんだけどね。
「それより、ときどき遊びに来ていい? ……ルーのとこに」
夕食の代わりにと提言すると、すんなりOKがでた。
私はそれで充分だったけど。
ユズルが「申し訳ないから」ってひかなくて、私がおれる形で夕食をごちそうになった。
……礼を受けるのに「仕方なく」ってのもヘンな話なんだけど。
まあ、なぜそれほどユズルが強く言ったか、あとでわかったけどね。
連れていってくれた喫茶店で食べている私を見て、感心したようにユズルは息をつく。
「? なに?」
「いや……。チサトさんってホント『女』って感じ、しないなって思って」
「……ケンカ? ケンカ売ってる?」
「まさか。さっきも驚いただけで、ほかに何の感じもなかったから。ある意味すごいなって思って」
だから余計、罪悪感も強いのだそうだ。
……そのへんの心境は、よくわかんないけど。
膝枕でヘンに意識されても困るけどさ。
わざわざ口にすることないんじゃない?
失礼だよ。君。
「やっぱ、殴っとけばよかった」
低くつぶやいた一言は、ユズルの耳には届いていなかった。