カフェ仲間。
相席の一件から、カウンターの君。とは少しずつ仲良くなっていった。
初めは店で顔を合わせたとき、互いに会釈する程度だったけれど、今ではときどき、私が彼の指定席の隣に行ったり、彼が私の指定席の真向かいに座ったり。
そんな日々が増えている。
互いの名前も年齢も判明した。
彼の名は「三島譲」。
「『ジョウ』じゃないから」と、名を紙面に書いて見せられたとき、前もって釘をさされた。
彼いわく「名前でさんざんからかわれた」。
某ボクシングマンガのことだろうと、予想はつくけどさ。
年は私より一つ下。正直な年齢を答えると「ああ」と妙に納得されてしまった。
え? 何でよ?
「フツー、そこは驚くトコじゃない?」
「え? なんで?」
「いや、なんでっていうか。同じ年じゃないとわかって何で敬語を使わないの。今までタメ口で話してたでしょ。『年上とは思わなくて失礼しました』って、改めるものじゃないの?」
「……改めてほしい?」
「そんなんじゃないけど。でも……なんかねぇ……」
何というか、一つのけじめが欲しかった。互いの年齢を認識したってことで。
だから体裁だけでも、一言、欲しかったってのが本音。これからずっと。なんて要求してないから。
「でも俺、ずっとチサトさん、年上と思ってたから」
彼は私を「チサトさん」と呼ぶ。
私の名前は柏木千里。
年齢は二十四歳。
ちなみにユズルは二十三歳。
彼が私を「チサトさん」と呼ぶのは、そうしつけたから。
話すようになってユズルは「チサト」と呼びすてにするようになった。
それを私がやめるように告げたのだ。
恋人でもない異性に呼び捨てにされるのは、好きじゃない。同性の友人はかまわないんだけどね。
そう告げると、ユズルは目をしばたたせていたけど「ふうん」と納得してくれた。
「いろいろあったんだ」
ぐっ……!
変なところで鋭いヤツ!
「否定はしない。そういうわけだから、呼び捨てはやめて。変な誤解もうけたくないしね」
たかが名前。されど名前。
カン違いのすえ、当時の恋人とケンカしたこともあるし、片思いの相手に「相手がいる」と誤解をうけたこともある。
呼び捨てにさせないことでのメリットは、私には多い。「さん」づけがキライな人は苗字で呼べばいいことだし。姓まで敬称をつけろなんて言ってないから。
言いにくいなら「柏木」で呼んで。
ユズルにもそう言ったけど、彼は「チサトさん」で通すことにしたらしい。
「誤解を受けたくない人がいるってことか」
またまた痛いところを突かれて、私は言葉に詰まる。
なんでそうわかるのよ、あんたは。
「そういうこと。そんなわけだから、協力、よろしく」
こういうときは、下手に隠すより正直に答えるほうがいい。
気になる人がいるから。と、正直に答えると「そうなんだ」とユズルは相槌をうった。
あまり興味がないようで助かった。詳しく聞かれても困るしね。
そんないきさつでユズルは私を「チサトさん」と呼ぶ。
私は彼の希望で「ユズル」と呼んでいた。
私が敬称づけで呼んだときも姓で呼んだときも、ユズルは何とも渋い顔をした。
「チサトさんには合わない」
……って。それ、どういう意味よ。
「毅然としてて胸張ってて。上から人を見下ろして指令出すってイメージがあるから」
「……あんたねぇ」
「……って! なんで怒んの」
軽くユズルの頭をはたくと「理不尽だ」と言いたげな眼差しを向けられた。
「失礼なこと言ってんだから。怒って当然でしょ」
「失礼? ほめたんだけど」
「ほめた? ……どこが」
眉をよせて問い返すと、ユズルはしごく真面目な顔で「本当なんだけど」とつぶやいた。
ユズルとはときどき、感覚のずれを感じる。
私の感覚が人と違うのか、ユズルの感覚が人と違うのか。
……できれば後者であってほしい。
ときどきユズルとの会話は平行線をたどったりするけど。彼との話は、けっこうおもしろいんだ。
私が見落とすところに気づくから、新たな発見をしたみたいで、少し気分がよかったりする。
彼いわく「テキパキ物事こなすの見て、年上かなって思ってた」。
だから私が年上と知っても、特に驚きはなかったのだそうだ。
「なんていうの? ……ボス的……存在?」
「ボスって……あんたねぇ」
なんだか「ジャイアン」って言われてる気がするけど。
「……じゃなくて。……アネゴ……はだ?」
「いや私に聞かれても」
そんな感じで。
ユズルと話してると、こっちの肩の力も抜けてきて。
ヘンに気をはらずにすむんだ。
それが、けっこう心地よかったりする。