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背中あわせにつなぐ手を。  作者: 高月 すい
第一章 カウンターの君。
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犬の名前。

 犬の名前がミチル。

 意図を感じずにいられない名前だ。

 人に似た名前っていうのは、それなりの理由があってつけることが多い。


 私はそういうの、スキじゃない。


「彼女の名前――」

「え?」

「……え?」


 怪訝な眼差しを受けて、そこでようやく自分の失言に気づいた。

 な……!

 思ってたこと、口から出ちゃってた!?


 慌てて口を塞いだけど、もう遅い。

 彼はきょとんとした目をしていたけれど、私の言葉の意味を理解すると、彼も彼で焦って「違う」と首を横に振った。


「そんなんじゃないから。彼女いるけど、ミチルなんて名前じゃないから」

「え? じゃ、元カノ?」


 絶句する彼の顔を見て、再び失言に気づいて、私は青ざめるばかり。

 こ、この口は……!

 何で思ったことポンポン出てくるの!?


 彼が何か言うより先に、私は「ごめん!」と頭を下げた。


「気にしないで! 初対面の人間のたわごとなんて!」


 彼は私の行動にあぜんとしていたけれど、やがて苦笑を浮かべて「元カノでもないから」とつぶやいた。


 え? だったら何?


 思わず口から出そうになった言葉を飲みこんで、口をふさぐ。

 そんな私の挙動の不審さで、彼も言いたいことがわかったようだ。


 彼は困ったように目を反らせた。


 できれば聞きたい。

 気なってしょうがないから。

 でも初対面の人間に無理に話させることでもない。


 話してくれないだろうか。

 そんな期待に満ちた目で見つめていると、初めは気づかないフリをしていた彼も、観念して息をついた。


「笑わない?」

「笑わない笑わない」


 即答する私に「本当か?」と不審そうに眺めていたけれど「ウソはつきません。本当です」と澄んだ眼差し(自分比)で見つめて訴えた。


 彼は顔を背けてぽつりとつぶやいた。

 心なしか、顔が赤くなっている。


「うちの……母親の名前……」


 ……うわ。


 笑わなかったけれど。

 つーか、笑えなかったんだけど。

 

 別の意味でどん引きだぁ。




 私がすぐ返事をしなかったことと、引きつった表情に気づいて何を考えているのか察したのだろう。


 さらに焦って「違う」と言いつのった。


「俺じゃないから。名前つけたの、母親だから」


 ……本人が本人の名前を犬に?

 それもまた奇妙な話だ。

 日常生活でややこしくなること請け合いの名前をつけるなんて。


 これまた私の表情だけで、言わんとすることを彼は察したらしい。


「ホント、なに考えてるんだか」と苦くつぶやいた。


 彼の話によると、その犬も母親が独断で譲りうけ、そうして身の回りのことをしつけたあと、息子にあずけたのだという。


 いずれはペットを飼うつもりで選んだペット可のマンション。

 しかし、こうなるとは予想外だった。

 もともと彼の実家には黒毛のラブラドールレトリーバーがいる。

 母親の話によると、そのラブラドールとの折り合いが悪いらしい。


 それで新たに加わった家族を息子にあずけたのだ。


「『ミチル』って名前にしか反応しなくて。いい迷惑だよ。彼女も呼べやしない」


 かすかに頬を赤くしながら、彼はぶつぶつとごちる彼。


 ラブラドールがほかの犬種と折り合いが悪い?

 そんなまさか。と、私は内心考えた。


 うちの実家にもラブラドールがいる。

 人なつっこく、犬にもなついていくから「番犬には向かないなぁ」と家族で苦笑をもらすほどだ。


 そう思うと、ピンときてしまった。

 母の名前をつけたわけも、その子を彼に押しつけたわけも。


 不意に考えついたことに、私は我慢できずに吹き出していた。

 失礼だとわかっているけど、止められない。


 体を屈してテーブルにつっぷす。それでも笑いは止まらない。


 急に笑いだした私に、彼はぎょっとしている。

 不審な眼差しを受けているのもわかっていたけど。


 ちらりと彼を盗み見すると、困りきった顔で私を見ていた。


 ホントにわかんないのかな。母親がどうしてそんなことしたのか。まあ、私の考えも当たってるかわかんないけど。


 でも、たぶんそれはさ。


 虫よけ。だと思うよ。


 ……なんて、さすがに言えなくて。


『彼女も呼べない』って自分でも言ってるくらいだから気づきそうなんだけどなぁ。


 それにしても。

 なんてナイスなお母さん!




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