遅れた理由は。
もともと外食なんてあまりしないから。
相席なんて初めてなんだけど。
……なんというか。
「間」がもたない。
はっきりいって初対面同士だし(私は見知っているけれど)、互いの素性なんて全くわからない。
名前もどこに勤めているのかも(おそらく会社員?)、年齢だってわかんない。
なんと声をかけていいのかわかんなくて、沈黙が重い。
……いや、声をかけていいものか?
カウンターの君(って、男性に使ってもOKなもの?)にしたって、いつもあんな狭苦しいところを好んでいるんだ。
多分、人との接触があまり好きでないのだろうから。
(……って勝手に判断)
そんなことをぐるぐる考えていると「すみません」と彼のほうから声をかけられた。
完全に不意をうたれて「ぅえ?」と変な声を出してしまう。
「女性と相席なんて、思ってなくて」
と、うつむいてしごく申し訳なさそうにつぶやいている。
……と、いうことは。
話してなかったのかよ、店員さん。
「気にしないでください」と私は苦笑を浮かべた。
彼に非は……多分ない。
確認しなかった点では、私も同罪だから。
彼からの謝罪のひとことで、変な緊張が体から抜けた。
もともと私は人見知りしない性格だから、一般常識のある人だとわかると、逆に声をかけていた。
さっきは「この人、無神経?」との警戒心が先だっていたから、話しかけれずにいたけれど。
「今日は、遅かったんですね」
私の唐突な質問に「え」と彼は目を丸くした。
正面から初めて顔を見た。
前も思ったけれど、年齢はやっぱり同じくらい、かな。
真摯な眼差しも、全体的な雰囲気も、ヘンにすれた様子はなかった。
苦手なタイプではない。
「いつもあの席にいるのに」
言って、後方を振り返る。
視線の先には、彼の指定席、カウンター最奥の席がある。
今は知らない誰かが座っている。
なぜ知っているのか。と言いたげな視線を、彼が私にむけている。
私は苦笑しながら肩をすくめた。
「私もここの常連。いつもあの席にいるのを見てたから。で、ここが私の指定席」
その説明に納得してくれたらしく「ああ」と体のこわばりを解いてくれた。
実はあの席を狙っていた。……なんてことは伏せておこう。
「寝坊?」
「いや、朝は起きれたんだけれど」
そう言ったとき、モーニングセットが運ばれてきた。
それを見て、思わず吹き出してしまう。
彼は注文のさい「いつもの」と告げいてた。
その「いつもの」が私と同じなんて。
笑う私を、彼は怪訝そうに見ている。
ひとしきり笑って、理由を説明すると、彼も苦笑を浮かべた。
「朝、これ食べるのが習慣づいてて。これ食べないと、一日がつらい」
同感。
「寝坊じゃなかったんなら、どうして遅れたの?」
食事を始める彼に聞いてみた。
いつも時間きっかりにあの席にいる彼。
その彼が遅れた不測の事態というのが気になった。
食べる合間をぬって、彼は話してくれた。
「ミチルが、逃げ出してね」
……朝から修羅場かい。
どん引きする私の表情に気づいたのだろう。
慌てて彼は言いつのった。
「イヌだよ、イヌ。家で飼ってる。ドアを開けたスキをついて逃げ出して。慌てて追いかけたけれど、向こうは遊んでくれてるものとカン違いして、さらにどんどん逃げるし。やっと捕まえてて、こうなったってワケ」
「へえ」
答えながら、自分でも気のない台詞だなぁ。と思った。