カウンター席の君。
……顔は、見知っていたんだ。
いつも朝食を食べるのに使っているカフェテラス。
常連の私と同じく、彼も常連でいつも同じ席に座っていた。
カウンター席の一番左端。
店に入って最奥の、一番目立たないところ。
そこに背を丸めて座っている男性一人。
後姿でよくわからないけれど、スーツ姿の「これから出勤します」ってかんじの人。
いつも店内に背を向けて座っているから、顔なんて見えない。
けど、毎日のように通い詰めれば、顔をうかがう機会だってあるわけで。
年齢は私と同じくらい。
二十代前半? ってところか。
……なんで知ってるかって?
私もその席を狙ってるから。
だからいつも、店に入るなりカウンター最奥の席を確認するんだけど、たいがい彼が座っている。
最初は舌打ちもらして「たまには席替えろ」って毒づいてたけど。
二番目に目立たない(だろう)席に愛着がわいてからは、カウンター席の彼を見るたびに「ああ、今日もあの席かー」と、馴染んでしまった。
逆にその席にいないと、違和感を覚えるほど。
会社まで歩いて二分、いつもの出勤電車から降りてこのカフェで朝食をとって出勤。
勤め始めてからそれが私のライフスタイルとなっていた。
それだけ通いつめれば、店員とも顔馴染みなる。
あまり外食をしない(朝食以外)私にとって、注文のとき「いつもヤツで」が通じてしまう貴重なお店だった。
日常として組み込まれている行動も、時にはイレギュラーがおきるわけで。
その日も店に入ってカウンター席チェック。
……したものの、いつもの席にいつもの彼の姿はなく。
あれ?
今日は休みかな。
遅刻した?
それとも出張?
会議とか?
などと、つれづれと思いつつ、席に座っていると、いつものモーニングセットがいつの間にか席に置かれている。
あれ?
「え、私、注文した?」
運んでくれた女性店員さんに聞くと、彼女も驚いた顔で「ええ」と返事をする。
「『いつものヤツで』って、席に座るなり、私が『ご注文は?』と聞くより先に」
言いながら、くすくすと笑っている。
私がなぜそんなことを聞いたのか、察しがついたのだろう。
やばい。とんでもなくハズカシイ。
「あ、ありがと……」
紅潮する頬を感じながら、とりあえず礼を告げる。
彼女はまだ笑っていた。
「いいえ。いつもごひいきに。ありがとうございます」
嫌な感じはしない笑いなんだけど。
ごめんなさい。
今は顔を上げれないほど恥ずかしい。
人間の習慣って怖いな。
普段と変わったことに意識がいっていたから、いつもすることに意識が及ばなくて。
無意識のうちに食事を注文してたなんてさ。
「アイツがいないから悪いのよ」
なんて、よく知りもしない人のせいにしたりして。
その日はカウンター席の君がいないだけじゃなくて、いつもと店自体が変わっていた。
店に変化はないけれど、なぜかお客さんが多くて。
いつも席はほどよく埋まっているけど、今日は満席だ。
……なんかあったかな?
なんて考えていると、さっきの店員さんが私のところに来て、申し訳なさそうな表情をしていた。
どうかしたの?
と、聞く前に彼女から話してきた。
「申し訳ないんですけど……よければ相席……お願いしたいんですけど」
私が座る席は向かい合わせで二人で座るタイプ。
向かい側は開いている。
いつもお世話になっているのだ。
断るわけがない。
「どうぞ」と気軽に返事をすると、彼女は心底安心したように胸をなでおろした。
「ありがとうございます」
……だなんて、律儀にあいさつしてくれるし。
で、相席の人をつれてきた。
ありゃ。男性か。
私が聞かなかったっていうのもあるけれど、二人しか座れない席だ。
てっきり気づかって女性の相席かと思ってた。
それにしても彼も彼だ。
女性との相席と聞いていただろう。
それでも頼むとは。
無神経なのか、よほど急いているのか。
「……すみません」
と、本当に申し訳なさそうに座った向かい側の彼を見て、私は思わず「あ」と声に出してしまった。
「え?」
と、私の声に彼は怪訝な表情をする。
「あ……すいません。何でもありませんから」
言いながら、ちょっとした動揺を隠しつつ紅茶に口をつける。
大きな体を小さくすぼめて窮屈そうに座る彼は。
カウンター席の君。だった。