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背中あわせにつなぐ手を。  作者: 高月 すい
第一章 カウンターの君。
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カウンター席の君。


 ……顔は、見知っていたんだ。



 いつも朝食を食べるのに使っているカフェテラス。

 常連の私と同じく、彼も常連でいつも同じ席に座っていた。


 カウンター席の一番左端。

 店に入って最奥の、一番目立たないところ。


 そこに背を丸めて座っている男性一人。

 後姿でよくわからないけれど、スーツ姿の「これから出勤します」ってかんじの人。

 いつも店内に背を向けて座っているから、顔なんて見えない。

 けど、毎日のように通い詰めれば、顔をうかがう機会だってあるわけで。

 年齢は私と同じくらい。

 二十代前半? ってところか。


 ……なんで知ってるかって?

 私もその席を狙ってるから。


 だからいつも、店に入るなりカウンター最奥の席を確認するんだけど、たいがい彼が座っている。


 最初は舌打ちもらして「たまには席替えろ」って毒づいてたけど。

 二番目に目立たない(だろう)席に愛着がわいてからは、カウンター席の彼を見るたびに「ああ、今日もあの席かー」と、馴染んでしまった。


 逆にその席にいないと、違和感を覚えるほど。


 会社まで歩いて二分、いつもの出勤電車から降りてこのカフェで朝食をとって出勤。


 勤め始めてからそれが私のライフスタイルとなっていた。

 それだけ通いつめれば、店員とも顔馴染みなる。


 あまり外食をしない(朝食以外)私にとって、注文のとき「いつもヤツで」が通じてしまう貴重なお店だった。


 日常として組み込まれている行動も、時にはイレギュラーがおきるわけで。


 その日も店に入ってカウンター席チェック。

 ……したものの、いつもの席にいつもの彼の姿はなく。


 あれ?

 今日は休みかな。

 遅刻した?

 それとも出張?

 会議とか?


 などと、つれづれと思いつつ、席に座っていると、いつものモーニングセットがいつの間にか席に置かれている。


 あれ?


「え、私、注文した?」


 運んでくれた女性店員さんに聞くと、彼女も驚いた顔で「ええ」と返事をする。


「『いつものヤツで』って、席に座るなり、私が『ご注文は?』と聞くより先に」


 言いながら、くすくすと笑っている。

 私がなぜそんなことを聞いたのか、察しがついたのだろう。

 やばい。とんでもなくハズカシイ。


「あ、ありがと……」


 紅潮する頬を感じながら、とりあえず礼を告げる。

 彼女はまだ笑っていた。


「いいえ。いつもごひいきに。ありがとうございます」


 嫌な感じはしない笑いなんだけど。

 ごめんなさい。

 今は顔を上げれないほど恥ずかしい。


 人間の習慣って怖いな。

 普段と変わったことに意識がいっていたから、いつもすることに意識が及ばなくて。


 無意識のうちに食事を注文してたなんてさ。


「アイツがいないから悪いのよ」


 なんて、よく知りもしない人のせいにしたりして。


 その日はカウンター席の君がいないだけじゃなくて、いつもと店自体が変わっていた。

 店に変化はないけれど、なぜかお客さんが多くて。


 いつも席はほどよく埋まっているけど、今日は満席だ。

 ……なんかあったかな?


 なんて考えていると、さっきの店員さんが私のところに来て、申し訳なさそうな表情をしていた。


 どうかしたの?

 と、聞く前に彼女から話してきた。


「申し訳ないんですけど……よければ相席……お願いしたいんですけど」


 私が座る席は向かい合わせで二人で座るタイプ。

 向かい側は開いている。


 いつもお世話になっているのだ。

 断るわけがない。


「どうぞ」と気軽に返事をすると、彼女は心底安心したように胸をなでおろした。


「ありがとうございます」

 ……だなんて、律儀にあいさつしてくれるし。


 で、相席の人をつれてきた。

 ありゃ。男性か。

 私が聞かなかったっていうのもあるけれど、二人しか座れない席だ。

 てっきり気づかって女性の相席かと思ってた。


 それにしても彼も彼だ。

 女性との相席と聞いていただろう。

 それでも頼むとは。


 無神経なのか、よほど急いているのか。


「……すみません」


 と、本当に申し訳なさそうに座った向かい側の彼を見て、私は思わず「あ」と声に出してしまった。


「え?」


 と、私の声に彼は怪訝な表情をする。


「あ……すいません。何でもありませんから」


 言いながら、ちょっとした動揺を隠しつつ紅茶に口をつける。


 大きな体を小さくすぼめて窮屈そうに座る彼は。

 カウンター席の君。だった。



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