フェンリルと少年と
北欧神話ではユミルと言う巨人の遺体が天と地を創ったとされる。
だが、太古の昔を知る男はその伝説と差異がある事を知っていた。
ユミルと言う巨人は男が永い眠りに就いている間に現れたのだろう。
その巨人がこの星より大きかったかは定かではないが、あの破壊神より小さいだろう事は男に理性があれば解った事だろう。
無論、男にとって、そんなものは戦いに不要な知識でしかない。
そんな天界の牢獄に幽閉される男に少年が声を掛ける。
少年は若くして最年少で狂戦士となって幽閉された経緯を持っていた。
仲間と一定の距離を置いていた男も少年には心を許した。
かつての自分に似ていたからと言う理由もあるが、理性を失った筈の男はその感情が何から来るものかまでは解らなかった。
ただ男は少年に慕われる事を拒みはしなかった。
次の戦いが始まった時、男は少年と共に戦場を駆けた。
それはいつも通りの虐殺であった。
雄叫びを上げて敵を弾き倒し、その剣の一振りで群衆を薙ぎ払う。
敵は散り散りに逃げ、狂戦士達が勝利の雄叫びを上げる。
そう。全てはいつも通りの筈だった。
しかし、今回はいつもと違う事があった。
それは男が戦い終えた後に訪れる巨大な狼ーーフェンリルとの出会いであった。
フェンリルは遠吠えを上げると男も雄叫びを上げて答えた。
そんな男を制して、一人の神ーーテュールがフェンリルに"この紐を噛みちぎれるか試してみろ"と言う。
フェンリルはそれに対し、"俺の口に手を入れられる者がいたら試してやろう"と言う。
テュールは口に手を入れ、見守っていた神々が紐でフェンリルを縛る。
怒ったフェンリルはテュールの腕にかじりつく。
そして、ブチブチと肉を引き裂く音を立てて神の片腕を食い千切る。
そんな神々を無視して、男は少年と共にフェンリルの巨体に飛び乗り、各々の武器を繰り出す。
だが、フェンリルには効果がなかった。
フェンリルが雄叫びを上げ、身震いして男達を振り払おうとする。
男はなんとか耐えたが、少年はその動作で真っ逆さまに落ちていく。
そしてーー
少年は絶叫を上げながら肉片を飛び散らせてフェンリルの足の下敷きになる。
男は怒りと悲しみの混じった声で吠えた。
そして、あの破壊神の姿へと変貌し、フェンリルを殴り倒す。
殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って……。
悲鳴を上げて、のたうち回るフェンリル。
餌をやれるのはテュール位だろうが、フェンリルを制するまでの力を持つのは男位だろう。
それでも神話の狼を殺すまでには至らなかった。
男は身体を萎縮させて、あのヒュドラを倒した光を放とうとする。
そこへ天の鎖が男とフェンリルを縛る。
男は邪魔された事に怒りを顕にする。
フェンリルもまた鎖に抵抗した。
だが、一人と一匹を縛る鎖がそれ以上を赦さなかった。
男の変身が解け、元の人の姿へと戻る。
男の猛攻を受けたフェンリルもまた大人しくなり、地下へと強制的に引きずり込まれて行く。
まだだ!まだ終わっていない!
男は憤怒の表情でフェンリルに手を伸ばす。
だが、男の手は虚しく虚空を掴むばかりで地下へと引きずり込まれて行くフェンリルには届かなかった。
それどころか、また天へと幽閉されそうになる。
男は身をよじって雄叫びを上げた。
だが、それは何処にも届く事はなく、ただ天地を揺らす程度のものだった。
ーーかくて、テュールは片腕を失いながらもフェンリルを捕らえ、その功績が認められて崇め奉られるのだった。
そんな勝利の美酒に酔う神々とは違い、男はただただ虚無感を感じていた。
男にとって今回の戦いで失ったモノはあまりにも大きかった。
そんな男に少年とは別の少年が男を心配して歩み寄る。
男はそれを威嚇して追い払う。
もうあんな思いはしたくない。
微かに残った理性がそう訴え、男を孤立させる。
男には仲間がいる。
しかし、本当の意味で心の底から赦せる親友と呼べる存在はもういない。
男はそれからラグナロクが起こるその時まで仲間との距離を保ち続けるのだった。




