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秋風シリーズ

冬空

 高校の帰り道、雪を踏みしめながら歩道を歩く。

新雪を踏みしめる感触で、今更ながら冬が来たと感じてしまった。

本日はクリスマスだと言うのに。


「クリスマス……」


白い息を吐きながら、僕はなんとなく空を見上げる。

そう、クリスマスなのだ。もうそんな季節なのだ。

 町が雪で真っ白に染め上げられて初めて、冬が来た、と感じる事が出来る。

鈍いとか今更とか言われそうだが、その原因はこのド田舎な町にある。

何せ、クリスマスだと言うのに歩道の並木にはイルミネの一つも施されていない。

いや、分かっている。クリスマスはイエス・キリストの誕生祭だ。

何も仏教徒が大半の日本で、そこまで大々的にお祭り騒ぎになる必要もない。


「……なんか惨めになってきた……」

 

 まるで嫉妬している様ではないか。

いや、嫉妬しているかもしれないが。

何せ、僕の唯一の友人とも言える年上のイケメンは当たり前のように彼女持ちだ。

顔も良くて性格も良い。スポーツ万能で成績も優秀という反則染みた人。

そのイケメンは勿論クリスマスは彼女と過ごすだろう。

僕はと言えば……いきつけの喫茶店で寂しくココアを飲むくらいしかない。


「別に……それでいいじゃないか」


そうだ、気のいいマスターと駄弁りながら、甘くて暖かいココアを飲もう。

オススメのシュークリームに齧りつきながら、クリスマスを過ごそう。


  

  ※



 行きつけの喫茶店は僕の家のすぐ近く。

子供の頃から通っている店で、僕はマスターの爺ちゃんとは本当の祖父のように接している。

 喫茶店の扉を開けると、小気味よいカウベルの音が。

その音が聞こえると、マスターの爺ちゃんはこちらを見てニッコリと微笑んでくれる……筈なのだが。


「……?」


なんだろう、いつもなら爺ちゃんは「おかえり、美影」とか言ってくれるのに。

今日は何故か新聞紙を読みながらカウンターの隅っこを陣取っていた。何してんだ、あの人。


「爺ちゃん? なにしてんの」


「……お、おぅ、美影……」


なにやらコソコソと……いや、ソワソワしている。

どうしたんだろうか。もしかして婆ちゃんと喧嘩でもしたのか?


 この喫茶店は爺ちゃんと婆ちゃんの二人で経営していた。

マスターは爺ちゃんで、婆ちゃんは主に料理担当。密かに人気のある特性シュークリームも婆ちゃんのお手製だ。パイ生地からクリームまで全て手作り。


「注文は?」


「ココアとシュークリーム……っていうか爺ちゃん、マジでどうしたの?」


僕の注文を受け、ココアを作り始める爺ちゃん。

その手付きはいつもとは明らかに違う。まるで柴犬に怯える子猫の様だ。


「お待ちどう」


カウンターに座る僕の前に、ココアとシュークリームを出してくる爺ちゃん。

しかしココアは何処かおかしい。なんだ、この異様に多い生クリームは。


「爺ちゃん……もしかしてボケてきたんじゃ……」


「あぁ……そうかもしれん。美影、ちょっと……」


爺ちゃんは僕を手招きしながらカウンターに肘を付き顔を寄せて来る。

僕も爺ちゃんに顔を近づけ、ヒソヒソ話を始めた。


「あそこの客……分かるか? あの……角の席に座っている女性だ」


「……あぁ、あの御婆さん……?」


窓際の角のテーブル席に、一人で座る御婆さんが居た。

静かに一人でコーヒーを飲んでいる。傍らにはシュークリーム。


「で……? あの人がどうしたの」


「いや……その……ちょっと確認してきてくれ」


何をだ。

僕に何をさせるつもりだ。


「名前だ……いや、名字だけでいい。ちょっと聞いて来い」


「いや、何言ってんの……そんな初めて会う人にいきなり名前なんて……」


すると爺ちゃんは追加でシュークリームを僕の前に置いてきた。

もしかして買収されてる?


「俺の奢りだ、行って来い」


「あー、もう……仕方ないな……」


ココアとシュークリームを持ち、一人で座る御婆さんの所へと歩み寄る。

いや、待て、いきなり相席を求めるのか? 怪しすぎるだろ。しかし爺ちゃんが僕に何かを頼んでくるなんて珍しすぎる。何か事情があるんだろうが……。ええい、ままよ!


「……ぁ、あのー……」


怪しすぎる事この上ないが、いきなり一人で座る御婆さんに話かける。

御婆さんは僕が声を掛けると、首を傾げながら微笑んでくれた。


「あら、なにかしら」


「え、えっと……」


チラ……と爺ちゃんを確認。

再び新聞紙で顔を隠しながら、こちらの様子を伺っている。

あんたはいつから探偵になったんだ。


「あ、相席いいですか?」


「……? あぁ、はい、どうぞ?」


御婆さんは思いきり不思議そうな顔をしながら相席を許してくれた。

あぁ、爺ちゃんの意図がさっぱり分からない、何がしたいんだ。


 そっと御婆さんの向いに座る。

よくよく見ると中々の美人だ。もしかして爺ちゃん……あの歳になって浮気……


「それで? 何か御用かしら」


御婆さんはニッコリと微笑みながら僕へと何の用だと問いただしてきた。

それは僕が一番聞きたい事だが、なんとか飲みこんで会話の糸口を探る。


「え、えっと……さ、寒くなりましたね……?」


「そうねー? 寒いわねー?」


あぁ、駄目だ……! 会話が終わってしま……


「もしかしてナンパかしら。やだわー、こんな年寄に……貴方みたいな可愛い子が」


ナンパ?!

ぁ、いや、そう取られても……おかしくない……のか?


「冗談よ? 貴方はこのお店、良く来るの?」


おおう、なんか御婆さんの方が会話をリードしてきてくれた。


「は、はい。子供のころから通ってて……」


「あら、そうなの。いくつ?」


十六歳です……と言いつつココアを一口。

って、あっま! 生クリーム多すぎ……


「あら、じゃあ私の孫と同い年ね。知ってるかしら、漆原 楓(うるしばら かえで)っていう子なんだけど」


「漆原さん……? あぁ、はい、知ってます」


同じクラスの隠れ美少女だ。

いつも図書館で勉強している子で、数える程しか喋った事は無いが。

男子の間では密かに人気がある。


「ちょっと変わった子だけど、仲良くしてあげてね」


「いや、そんな……漆原さん可愛いし……って、いや……その……」


思わず可愛いとか言ってしまった。

御婆さんは僕の顔を見ながら、嬉しそうに笑っている。


「貴方も可愛いわよ。ぁ、ごめんなさい、男の子に可愛いなんて言っても嬉しくないわよね」


「い、いえ……そんなことは……」


何気にミッションコンプリートしているんだが、なんか戻り辛い。

ここで「じゃ!」とか言いながら去ったら、それこそ怪しすぎる。


「実は言うとね、私、今日初めてこのお店に来たの」


「え、そうなんですか」


子供の頃から通っている僕にとっては、この喫茶店は町に住む者なら誰でも来た事があると思い込んでいた。いや、もしかしたら御婆さんは最近引っ越してきたとか……でも漆原さんの御婆さんなら昔からこの町に居る筈だよな。何せ彼女とは小学生から同じクラスなのだ。


「楓が……孫がカッコイイ人が働いているからって勧めてきたの」


それを聞いて、飲みかけていたココアを吹きだしてしまう。

カッコイイ人って……もしかして爺ちゃんの事?!

漆原さんって……どういう好みしてるんだ。


「それでね……ちょっと聞きたいんだけど……」


先程の爺ちゃんのように、御婆さんは肘を突きながら顔を寄せて来る。


「あのマスターの名前……名字ってなんて言うのかしら」


……なんかデジャブが……。

なんなんだ、二人してお互いの名字を知りたがるとか……


「えっと、戸城です。戸城(とじょう) 善一郎(ぜんいちろう)


すると御婆さんは「やっぱり……」と何やら驚いている。

何だ? 爺ちゃんの事知ってるのか?


「ウフフ、やっぱり戸城君だったのね。変わらないわね……相変わらず本が好きなのかしら」


「本? あぁ……」


そういえば、爺ちゃんの家にも何度か行った事はあるが、大きな本棚に小説らしきものがビッシリ詰まっていた気がする。かなりの読書家だ。今も新聞読んでるし……いや、読んでないか。あれは顔を隠しているだけだ。


「昔ね、私と戸城君、同じ高校に通ってたの。いつも中庭のベンチで本読んでたわ。ちょっと気になってたんだけどね。ウフフ」


「そ、そうなんですか……」


爺ちゃんモテてたんだな。許せん。


「今は戸城君、どうしてる?」


「え? えっと……新聞読んでます……」


見れば分かるだろう、そんな事……と思っていると御婆さんはクスクスと笑いだした。


「ごめんなさい、私の聞き方が悪かったわね。ご結婚なさってるのかしら」


あぁ、そういうことか。


「はい、結婚してるし……こことは別の県に息子さんとお孫さんも居るって聞いてますけど」


へぇー、と嬉しそうに御婆さんは微笑んでいる。

僕はココアを飲みつつ、シュークリームを一口。

甘すぎるが、クリスマスには丁度いいかもしれない。


「あら、もうこんな時間……ありがとうね、久しぶりに若い人と話せて楽しかったわ」


いいつつ、御婆さんも食べ掛けのシュークリームを食べ始め、コーヒーを一口。


「おいしいわね……また来ようかしら……」


「あぁ、はい、是非……」


これは僕が言っていいセリフか? と思いつつ、一緒にシュークリームを平らげる。

すると御婆さんはカバンからメモ帖を取り出し、何やら電話番号らしきものを書き始めた。


「これ……マスターに渡しておいてもらえる? なんか私から渡すの恥ずかしくて……」


「あぁ、はい。わかりました」


「今度、お茶しましょって伝えといてね」


そのまま御婆さんは立ち上がり、お会計を済ませて店を後に。

なんだったんだろうか。


 僕は再び空になったココアとシュークリームが乗っていた皿を持ち、カウンターに戻りつつ爺ちゃんへと報告する。


「あの人の名字、漆原だって。なんだったの?」


「……やっぱりか。相変わらず美人だったな……」


おい、マテコラ。

爺ちゃんまさか本当に……浮気……


「いや、違う違う……その……昔の……なんだ、高校の時、好きだったんだ……」


「……なんだって?」


「いや、だから……」


その時、爺ちゃんの後ろにいつのまにか婆ちゃんが立っていた。

何なら不気味な笑顔で爺ちゃんを見つめている。


「あなた、何の話してるの? 楽しそうね?」


「げっ、婆さん……いや、これはその……」


僕はその微笑ましい修羅場を見つつ、爺ちゃんの奢りの分のシュークリームを頬張る。


本日はクリスマス。


甘いシュークリームを頬張りながら、僕は追加のココアを、婆ちゃんに尋問を受ける爺ちゃんに注文した。



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― 新着の感想 ―
[一言] ウフフ。なつかしい恋の思い出ですね。奥様にはヒミツの味ってところですね。奥様に知られたらこわいけど(あ、お気づきなのかな?)年を取ってからこんな風に思い出せるのってちょっとほほえましいです。…
[一言] 無粋だと承知の上ですが、結婚したら苗字変わりませんか?(>_<) あ、変わった後も知ってたのかな?(^_^;)
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