廻る冒険者
翌朝は夜明け前から噴水の準備にデオルグは走り回り、バンドが魔法で取り出した水と湿地から操作した水でデオルグの開けた穴を満たして行った。
「よし! その臭い内臓をばら撒いてくれ!」
デオルグは竹筒の中からコボルトの肛門線を取り出して石ですり潰し、そよ風程度しか威力の無い風魔法で扇ぎ始めて数分。コボルトが十数匹草むらから顔を出して威嚇し始めた。
「バルブ、南側に五」
「了」
斥候のバルブが次々にコボルトの注意を引きつけてカルガモの親子の様に引っ張り回し、ストックの棍棒とウエイトの矢がコボルトに突き刺さる。
百匹も始末した頃には更に勢いも増して来た様にも見えた。
エルフのウエイトは変わり者だ。
ウエイトを知るエルフは声を揃えてこう言った。
『あいつと一緒にするな」と……
「ウエイトさん!」
樹上にて機械の様に矢を射掛けるウエイトに下から声がかかり、視線を移すとデオルグが近くで自生していた竹を細工した太い竹筒を放り投げて来た。
太い竹筒の中にはコボルトに突き刺さっていた矢が綺麗に洗われて形の良い物だけが入っていた。
ウエイトはデオルグの心配りに関心して小さく口笛を吹いた。
「もう一つ」
今度は蓋をされた竹筒が放り投げられて来た。蓋を開けるとふわりと新緑の香りが漂うお茶が飲みやすく冷めた状態で入っている。
ウエイトはガブリと飲み干すとデオルグに手を挙げた。
ウエイトは祈る。
少し毛色の違う人間に自らの閉ざされた心を開いてくれる事を予感して。
「精霊に感謝を」
小さな感謝の言葉と共に。
魔法使いバンドは飽きっぽかった。
幼い頃から将来を有望視されて魔法使い養成学校に入学したのは良いが、元来飽きっぽい性格が祟り成績は芳しくなく。目新しい魔法にばかり目移りした挙句に単位を落として冒険者稼業である。
「飽きて来た……」
朝からデオルグの掘った小さな溜池で地道な噴水作業である。
「バンド! 次よこせ!」
「了解!」
指示があれば噴水を止めて小分けにコボルトを流すだけの作業に飽きて来ていたのである。
「バンドさん差し入れです」
コボルトのトドメ担当のデオルグが竹で出来た水筒を持って来る。
作業を中断して差し入れなどを配っても大丈夫なのかと心配になり、デオルグの担当場所に目を移すと百匹以上は解体している筈なのに整然と片付けられていて剥いだ皮も綺麗に積み重ねられていた。
「濃いめのお茶と桃椿の実です」
「桃椿?」
黒っぽいラズベリーに似た小さな果実を渡される。
「そこで偶然見つけたんで……魔力向上に効果があるらしいです」
「え?」
デオルグは確かに言った。
魔力回復では無く、魔力向上と。
バンドは詳しく聞き出そうと思ったが今までのパターンから答えは想像出来る。
アルバイトだろう。
忙しなく駆けていくデオルグの後ろ姿を眺めながらバンドはその黒い実を口に放り込んだ。
「酸っぱ……でも……漲って来たあ!」
何もかもが飽きっぽかった彼に、久しぶりに楽しそうなオモチャが手元に転がりこんで来た気がした。
バンドは唱う。
これから起こるかも知れない新しい風に期待を寄せながら。
斥候バルブは作戦開始から走りっぱなしであった。
身体中汗まみれでコボルト達を引き付けているので衣服もブーツも脱ぎ捨てて裸で走りたい気分になっていた。
「バルブさん!」
走っているバルブの軌道を先読みしてデオルグが竹筒を投げて来たので受け取ると、竹で作った簡易的な水筒に冷めたお茶が満たされていた。
「ありがてぇ」
「もう一本!」
バルブがデオルグから水筒を受け取ると追いかけ声がかかった。
「筋肉疲労に聞く薬草を煎じてあります!身体にかけて下さい!」
デオルグの言葉を聞いて水筒の中身を熱を持ってほてっている脚や頭からかけた。
「うお! スッとする!」
身体中の熱気が取れて、身体を動かす度にスースーと心地良い冷たさが身体に走る。
「折り返しです! 頑張りましょう!」
「応!」
バルブは踊る。
新しい仲間の存在意義を証明する為に。
大剣士ストックは戸惑っていた。
コボルト集落の殲滅依頼とは言え百匹以上始末したにも関わらず勢いが落ちる様子が見られない事に。
その様な状況に置かれているのにパーティーの弓師は調子を上げていて『コボルト三白』と呼ばれる弱点を射抜くだけでは無く、動き回るコボルトの眼球を貫き脳にまで至る致命傷を与え始めている事に。
魔法使いは元々単調な仕事を苦手としている癖に、噴水に混ざって水で出来た大魚を空に跳ねさせてコボルトを威嚇し始めた。
斥候に至っては朝から走りっぱなしで足下がバタついていたのに、今では踊る様なステップを踏み始めてコボルト達を釘付けにし始めた。
「どうなってやがる」
「ストックさん!」
背後からデオルグの声がかかり竹の水筒を投げ渡される。
「応!」
ガブリガブリと水筒の中身を呷ると身体に染み渡る様な清々しい香りが鼻を抜ける。
ストックが人心地付いた気がしたと思ったら、背中から筋肉疲労に効くと言う薬を振りかけられる。
「うひゃおう!」
「これ、替えの棍棒です!」
渡された棍棒を受け取って軽く振ると、今までコボルトを叩いていた棍棒とは重心が変わっていて先調子になっている。
「器用だな……こっちのが好みだぜ」
足下に絡みついて来るコボルトの鼻先に棍棒をたたき込むと、今まではしなかった破裂音が辺りに響き渡りストックは一瞬呆気に取られた。
棍棒を観察して見ると先端に意図した様に切り込みが入れてあり、衝撃が加わる度に派手な音が鳴り響く様に細工を施してある様だった。
打撃としては全く意味を成さない細工であったがストックはそれを見て笑い出す。
「悪く無ぇ……悪く無ぇぜデオルグ! お前ぇは剣士って物を解っている!」
ストックは笑う。
久しく忘れていた少年の頃を思い出しながら。
「おう! 親父! この皮を引き取ってくれ! 全部コボルトの皮だ!」
「うるせぇぞストック! 店先でデカイ声出すんじゃねぇ! コボルトの皮なんざ買い取りしねえから持って帰れ!」
皮革卸業者のペネロープは店先に山の様に積まれたコボルトの皮を一つ掴み上げ、ジロジロと睨め付けた後にストックを睨み付けた。
「デオルグの仕事か?」
「お、おう」
「全部置いて行け」
手の平を返した様に皮の重さを計り始めたペネロープにストックは突っかかる。
「親父テメェ前にコボルトの皮は絶対に引きとら無ぇって言ってたよな?」
「当たり前だ! お前ら冒険者が力任せに斬りつけた傷だらけの皮なんざ雑巾よりも価値が無い! その点デオルグはうちの臨時雇いできちんと勉強した上で持ち込んで来てるんだ! 少しは見習いやがれガラッぱちが!」
ペネロープは黙々と重さを計り買い取り額を算出していたが、ぱたりとその手を止めてストックを睨み付ける。
「デオルグの野郎はお前らのとこに拾われるのか?」
ペネロープの何時もとは違う重々しい口調に戸惑いながら、唾を飲み込み慎重に答える。
「これからその話し合いだ」
「デオルグはどうだった?」
「護るつもりがよ……すっかり護られちまった。カッコ悪い……」
ペネロープはストックの答えを聞いて呆れた様に鼻で笑いながら買い取り金額を書き直した。
「今回は少し色を付けておいてやる」
ストックの答えに満足した様に何度も頷き金の入った袋を投げ渡す。
「デオルグを頼んだぜ」
「応よ」
『閃光』の宴会は冒険者が集う酒場『NEST』で行われていた。
通常コボルト集落の殲滅は嫌がらせの様に数日間隔で何度も集落を襲い、コボルト達が集落を捨てて居なくなるまで続けられる。
片手間に重複依頼を片付けながら、短く無い期間を費やす事によって収入を確保するのが通常の手順である。
殲滅と言うよりは追い散らすのが実状である殲滅依頼が、今回三百五十を数えるコボルトの毛皮を殲滅の証としてギルドに確認させた事で、異例ではあるが僅か四日で依頼完了の手続きが行われた。
「てな訳で今回は僅か四日で七十万エーヌの稼ぎだ!」
「おお!」
「やったね!」
『閃光』パーティーは今夜四回目の乾杯をする。
「そしてこれだけじゃ無ぇ!デオルグのおかげで副収入の総額が八十五万エーヌだ!」
「おお!」
「もう副収入じゃ無いじゃん!」
竹籠三つ分のコボルトの足と三百五十枚の皮の売り上げは本収入であるコボルト殲滅依頼を大きく超えていた。
街道で大荷物を抱えて途方に暮れていた面々をサルベージしてくれたのも、偶々通りがかったデオルグの顔見知りである行商人の馬車だった。
「デオルグに感謝を!」
「感謝を!」
本日五回目の乾杯をした後にストックが本題に乗り出した。
「さて……我が『閃光』パーティーがデオルグを正式に加入させるかの件だが……デオルグ今回一緒に仕事して見てどうだった?うちのパーティーは」
突然会話を振られたデオルグはアタフタとエールのジョッキをテーブルに置き、姿勢を正すともじもじと話し出す。
「こんなに楽しい仕事は生まれて初めてでした。小さい頃から憧れた冒険者達が目の前にいて僕がその一員として働いているなんて……まるで夢みたいでした。もし……もし許されるのなら……皆さんと一緒に……」
ゴニョゴニョと尻つぼみに小さくなって行くデオルグの言葉を聞いてストックはニヤリと笑った。
「うちのパーティーがデオルグを拾うか、拾わないかって言うなら答えは……拾わないだ」
「あ……はい……そうですよね……」
しょんぼりと肩を落とすデオルグはエールジョッキを握りしめたまま俯く。
「我が『閃光』パーティー全員はデオルグ。お前を是非共パーティーの一員として欲しい!こう言う場合はな……俺達がお前を拾うんじゃ無ぇ……お前が俺達を拾うんだ。頼む!是非共『閃光』の一員としてその辣腕を振るってはくれないか!」
「精霊も望んでいる」
「俺達を拾ってよ!」
「つべこべ言わずに拾ってくれ」
『閃光』の面々は事前の打ち合わせ通り一斉に立ち上がりデオルグに手を差し出した。
デオルグは長年の苦労で感情を抑え過ぎたせいか、不意を打つ感動に声を上げることも出来ずに号泣するだけしか出来なかった。
辛くて悔しくて流す涙を止めるのは慣れていても、嬉しくて有り難くて流す涙の止め方はデオルグには解らなかったが、不思議と心地良くて止めようとも思わないでいる。
「あ〜あ〜汚ねぇなあ、鼻水くらい拭けよデオルグ。マスター! 雑巾くれよ雑巾!」
「うちの店で騒ぐなストック!」
弓術士は厳かに祈り
魔術師は高らかに唱い
斥候は軽やかに踊り
剣士は賑やかに笑う
冒険者達は小さな舞台を得る事によって今夜も廻り続ける。