お試し
魔獣であるコボルトとは犬の亜種である。
どう言う来歴でどんな進化を果たしたのかは全く解っていない、物心がつく前からそこに居たのであるから受け入れるしかないのである。
二足歩行で移動をして身長は一メートル前後。その身長に見合わない頑強な筋肉とアンバランスな程に大きい頭が特徴である。
二足歩行であるが為野犬や狼よりはスピードは劣るが筋肉の鎧を纏っているが故のタフネスさは注意が必要であり、手足をもがれても尚噛み付いて来るしぶとさと数人で斬りつけても刃の入らない硬さから「ルーキーキラー』の異名を持つ魔獣であった。
「あいつら死んだフリとかしやがるから油断ならねぇんだよな」
大剣使いのストックが予備の大剣を背中に背負う為に担い紐を身体に巻き付けながらそれとなくメンバー達に注意を促していると、デオルグが生木の枝を切り取って削り出した様な棍棒を数本抱えてストックの下にやって来た。
「あの……ストックさん……コボルトの鼻先の部分を狙って叩く事って可能でしょうか?」
恐る恐るストックに伺い立てるデオルグはバルブに無理矢理引き連れられて来た事が容易に想像出来る。
「あいつらはスピードが無くて直線的にしか動かないから、当てる事は簡単だが……それじゃあ仕留めきれないぞ?」
「あ、いえ、仕留めなくても大丈夫です……コボルトは鼻先に感覚器官が密集しているらしくて、そこに衝撃を与えるだけで蹲って暫くの間動けなくなりますので……後は僕がその、仕留めてしまいますので……」
「はあ? お前がか? いや、馬鹿にする訳じゃ無ぇが臨時とは言えお前はパーティーの一員だ。危険とわかっていてみすみす危ない橋を渡らせる事はリーダーとして容認でき無ぇな、却下だ」
デオルグは自分の案を却下された事よりも、『閃光』のリーダーであるストックにパーティーの一員としてその身を案じてもらった事が嬉しくて顔を赤らめながら俯いた。
「し、心配してくれてありがとうございます……」
「お前ぇ今迄どんな環境で育って来たんだよ……」
思いもよらないデオルグのリアクションにストックが呆れていると、バルブが妙な空気を打ち払う様にパンパンと手を叩く。
「じゃあこうしようぜストック。試しに俺がコボルトを一頭だけ釣って来るからソイツを使ってリハーサルをしようぜ、それで判断をしないとデオルグが何をしようとしているのか解らねぇよ」
言うが早いかバルブは草原の中を駆け出して行く。
「あ、おい!」
ストックが制止する間も無く斥候職ならではの健脚を活かして見る見る間にバルブの影が遠退いて行った。
「ちっ……まったくどうなってやがるんだあいつは! お前が来るまではあんな奴じゃ無かったんだぜ? 斥候職の嗜みだとか言ってハスに構えて無口を装ってよう……」
デオルグに向かってボヤくのを聞いて魔法使いのバンドは思い出した様に笑い出す。
「くっくっく……エルフのウエイトが加入してボヤいていたっけね、無口キャラが被るって」
当のウエイトはどこ吹く風と弓の弦を張り直していて興味が無い様だ。
「しかしこの棍棒は持って来たもんじゃ無ぇよな? 作ったのか?」
ストックが足下に並べられた棍棒の一本を手に取ってジロジロと観察をした後に軽く素振りを始めた。
切り出したばかりの乾燥させていない生木で作られているのにもかかわらず、しなりは控えめで軽くて振りやすい。手元には簡易的なグリップとして麻紐が巻き付けてあるがこれがどうにも心地良くストックは暫くの間、素振りに没頭してしまった。
「大剣よりも相性が良さそう」
弓矢の手入れを終わらせて、ぼうっと眺めていたウエイトがストックを見ながらボソリと呟く事でストックは我に返った。
「ば、馬っ鹿お前ぇ、違ぇよ! そんなんじゃ無ぇよ!」
慌てて否定するストックを尻目にウエイトが綺麗に刈り取られた草むらを指差し再度呟く。
「来た」
鈍足なコボルトを引き離さぬ様に行きよりもややゆったりとしたペースで走っているバルブと、ドタドタと不器用な足音をたてる黒いコボルトを視界におさめるとストックは棍棒を握りしめて歩き出した。
「ストックさん、あの思い切り殴らなくても大丈夫ですので……あと白い棒を目印で立てて置きましたのでその近くで動いてもらえるとありがたいです……」
ストックは十五メートル程先に樹皮を剥いて白くなった棒を確認すると了解の意味で片手をぶっきら棒に挙げて歩き出す。
余裕そうに走りこんで来たバルブは「後方一匹」と方角と数をストックに伝えてすれ違う。
「応!」
バルブの後に続くコボルトの鼻先に寸分違わずストックの棍棒が吸い込まれた。
「ギャン!」
コボルトは鼻先を押さえながら地面に蹲り動かなくなる。
「騙されるかよ!」
もう一撃棍棒を撃ち込もうとストックが振りかぶった瞬間コボルトの姿が搔き消えた様に見失う。
「な?!」
慌てて周囲を見回してもコボルトの姿を探しきれずに現在の『閃光』パーティー内で一番脆い部分。すなわちデオルグに視線を移すとデオルグの手元には先程ストックが打ちのめした筈のコボルトが横になっている。
ストックは何が起こったのか理解出来ないままにバタバタとデオルグに駆け寄ると、傍に置いてあるフック付きのロープが目に入った。
「釣り針かよ」
今起こった事が大まかに理解出来たストックはコボルトにトドメを入れようと棍棒を再度振りかぶった。
「トドメは……入れてあります」
デオルグの言葉にストックがコボルトの様子を確認すると、喉元に小さな切り込みが入っていてその穴からは血泡と共にピルピルと笛の様な音が聞こえていた。
「コボルトはこの喉元から生えている白い毛の部分は筋肉で覆われていないんです。ここから返しの付いた解体用ナイフを差し込んで頸椎を断ち切ってあげれば意外とあっさり死んでしまいます……この笛みたいな音は肺の空気が穴から抜け出て行く時に、声帯を震わせている音なので死んだフリでは無いと解ります」
デオルグは全員に見やすい様にコボルトを仰向けに寝せると顎下から順に指を差して見せていった。
「顎下、鳩尾、下腹部と白い毛が、さ、三箇所生えてますがここは全て刃物が通りやすい部位でして……解体場では『コボルト三白』と呼ばれています」
つっかえつっかえではあるがデオルグがコボルトの身体的特徴を説明すると全員から溜息が漏れた。