奴隷
いや、ほんと完結まで予約投稿してますので
「もう……無理です……」
冒険者ギルドのホールで一人の男が絞り出す様に呟いた。
「ああ? なんつった?」
大剣を腰に携えた剣士らしき女冒険者が、ギルドホールに併設された待合所のベンチで分配された本日の稼ぎを皮袋にしまいながら気弱そうな男の襟首を掴み上げる。
「もう……貴方達と……冒険者は続けられないです……」
決して目を上げずに途切れ途切れに自分の意見を言うのにどれだけの覚悟を要したのだろうか、カタカタと肩を震わせながら気弱そうな男はいつも通り殴られるのを覚悟しながらギュッと奥歯を噛み締める。
「表に出なさいよ、指の二、三本消し炭に変えてやれば意見も変わるでしょ?」
魔法使いらしき女が気弱そうな男の前髪を鷲掴みにして捻り上げた。
魔法使いの女の声がキンキンとホールに響き渡り、周囲で打ち合わせ中の冒険者達が露骨に嫌な顔を向ける。
「あんたが怪我をする度に治療してあげた恩を忘れたの? 治療費を踏み倒す気?」
「あれは無理矢理……僕を囮に使って怪我をしたのであって……」
「利息は高いわよ?」
治療術師の女が醜く笑った。
気弱そうな男は助けを求めるかの様にギルドの受付嬢を見やると、受付嬢がコホンと咳払いをして受付カウンターの椅子から立ち上がり、今まさに表に引っ張り出されようとしている気弱そうな男に向かって指を指して叫んだ。
「現認しました! 確保お願いします!」
気弱そうな男を取り囲む女冒険者達三人を更に取り囲む様に、高ランク冒険者達が立ちはだかり剣を突き付けた。
「な、何よ! ギルド内で武器を振り回すなんて何処の田舎者? ちょっと受付嬢こいつらギルドのルール違反よ!」
魔法使いの女がキンキンと声を張り上げた。
「冒険者パーティー『赤い風』内における恐喝、日常的な暴力、不平等分配等、領内において公的奴隷制度を無視して私的に奴隷運用をした奴隷法に抵触するおそれもあると見て、一月前から内偵調査をしています! 証拠は山程あるので惚けても無駄ですよ!」
「ああん! 何処が奴隷法違反だって言うんだよ!」
激昂した女冒険者が剣を抜こうと自分の剣に触れた瞬間、背後の男が女冒険者の顎先をかすめる様な打撃を繰り出した。
「ぐぷぅ」
剣士らしき女冒険者は糸の切れた操り人形の様に、その場に崩れ落ちて白目をむいて失神する。
筋肉が弛緩したのであろうか白目をむいて失神した彼女の腰周りには、失禁した為の水溜りがみるみる広がっていった。
あまりに無様な仲間の有り様と、あまりに見事な男達の手並みに魔法使いと治療術師は顔を真っ青にして、無抵抗をアピールする為に両手を挙げて降参の意を示した。
彼女達を取り囲む男達は手早くロープで縛り上げ、犯罪者護送中の証である赤い首輪をはめると、あらかじめ表で待機していた騎士団に引き渡す。
一部始終を何処か現実感の無い夢を見ている気分で、ぼうっと見ていた気の弱そうな男は、受付嬢に背中を叩かれる事で現実に引き戻される。
「お疲れ様! 良く言えました!」
ニッコリと微笑む受付嬢の笑顔を見て全て終わったのだと実感が湧いて来て大きな溜息を吐いた。
「あ、ありがとうございます」
カクカクと震える肩を自分で抱きしめる様にして、男はこれまた気弱そうな微笑みを返す。
「大事なのは自分だけで抱え込まずに相談する事! そして人任せにするだけでなく。自分で決別の意を示せたのはとても大事な事ですよ」
長年パーティーの中で奴隷の様な扱いを受けて来た男は、生きて行くギリギリの賃金でこき使われる事で、逃げ出す選択肢すら頭に浮かばない状態に洗脳されていた。
わざと危険な囮を押し付けられたと思えば大袈裟に助けられたり、魔獣に死ぬ寸前まで追い込まれた怪我を負わされて勿体ぶった治療術をかけられたりと、用意周到に練られた洗脳術は男の置かれている状況を犯罪奴隷よりも酷い状況に追い込んで行った。
「僕はこれからどうしたら良いんでしょうか……」
力無く呟く男に受付嬢は
「そこまでギルドで面倒を見たら、それこそ本物の奴隷になってしまいます。後は自分の意思で生きてみて下さい」
ニコニコと微笑む受付嬢の言葉の厳しさに、男はこれから歩んで行く道の厳しさを見た気がして、今迄の自分の甘さに改めて気付かされた。
「なあ、デオルグ。お前はまだ冒険者として飯を食って行きたいのか?」
ついさっき女冒険者達を捕縛した男達の中の一人が声をかけて来た。
「僕は……何の才能も無いので、冒険者として行きていけるかも解らないです」
デオルグと呼ばれた気弱そうな男は力無く微笑む。
「あー、突然すまんな、俺はザルブルテ出身のCランクパーティー『閃光』のバルブって者だがな、もし良ければうちの臨時パーティー員になってみないか?」
突然の申し出にデオルグが面を食らっていると、受付嬢がプププと口元を押さえながらニマニマと笑みを残しながら自分の席へと戻って行った。
バルブが忌々しそうに受付嬢を睨み付け、デオルグに向き直ると真面目な顔付きで再度説得にかかる。
「お前の境遇は知っている。この一ヶ月間ギルドの依頼で内偵調査を進めていたのはこの俺だ。だからお前に何が出来て、何が出来ないかは知っている。お前の価値はお前には決めさせられない頼むデオルグ」
デオルグは内偵調査を進めているうちに同情してくれて自分を誘ってくれたのだと思い、誘いに乗る事にした。何よりあの地獄から救い出してくれた事の恩義も感じていた。
「わかりました。誘ってくれてありがとうございます。僕のポケットには五百エーヌのコインしかありませんし、とても助かります」
「五百……いや、それなら今からうちのパーティーで借りている借家に来い。ベッドもあるし飯も食わせてやる!」
遠慮するデオルグの言葉に耳を貸さずにバルブは強引に腕を引っ張りギルドを後にした。
自分の価値もこれから歩む道もまるで靄がかかった様に何も見えなかったが、昨日迄デオルグを覆っていた暗い影とは違い、一歩進む毎に明るさを増して行く様な感覚に自然と笑みがこぼれていた事はデオルグ自身も気付いてはいなかった。




