第七話 オリエンテーション
「えーと、エリサ。もうちょっと離れた方が良いんじゃないかな? ほら、みんな見ているし」
僕としては、こんなことで目立つのは不本意だ。
エリサが、クラスに飛び込んできて抱きついたあと、まったく僕のそばを離れない。というか、今も腕に、からみついて離れていない。
おかげで、クラス中の視線が集まっている。
い、いかん。
女子生徒からはなにかを期待する眼差しが、男子生徒からは概ね嫉妬の視線だ注がれる。
な、泣ける。
なぜ僕がこんな目に……。
「え? 別にいいんじゃないの、そんなこと。……それとも、私が近くにいると迷惑?」
悲しそうな顔で僕の方を見つめるエリサ。目尻には涙を少し浮かべている。
絶対に策略だろうとは思うが、迷惑だ! などとは口が避けても言えない状況だ。
こ、この魔女が!
「め、迷惑じゃないよ。う、うれしいけど。ほら、ここクラスの中だし」
学生たるもの、勉学を本旨とし、決して、色恋沙汰にうつつを抜かしてはいけないんですよ。うん。僕、今いいこと言った。
「関係ないよ!」
にこやかに宣言して、僕の腕にさらに強く絡んでくるエリサ。
し、しかし、結構、胸あるね。エリサ。成長したね。
こんなことで、月日がたつのを認識するのはどうかと思うが仕方ない。
とりあえず、クラスの他の連中が聞き耳をすごく立てているのがわかったので、後で、僕の家にて、これまでの経緯を話し合うことを約束して、自分のクラスへと帰ってもらった。
本当に渋々だった。
まだ、これからクラスのオリエンテーションがあるというのに。
「こ、これは。いやはや……」
とりあえず、バクスターが絶句している。
ごつい身体で、びっくりした顔をしていると不気味だぞ、とアドバイスをしてやるべきか。
「あの姫がねー。すごいねー……」
プラムも端正な顔に苦笑を張り付けている。しかし、こいつはどんな表情をしても様になるな。くっ、イケメンが!
「いつも、あんな風じゃないの?」
僕としては四年前の、常々オーバーアクションなエリサのことを思い出すと、あんまり、変わっていないなーなどと思うのだが。
ちょっと、不思議に思ったので聞いてみた。
「いやいや。姫は、いつも不機嫌で仏頂面。誰に対しても礼儀正しいけど、自分のテリトリーには、誰一人として寄せ付けない。それが、僕たちの中等部からの認識だったんだけどねー。正直、目の前でさっきのやりとりを直に見ていても、同一人物とは思えないよ」
肩をすくめてプラムが説明してくれた。
「そうなのか……」
やはり、女は魔物だな。などと、益体もなく思ってしまった。
◆◇◆◇◆◇
しばらくした後に、クラスの担任、ウーバッハ先生がやってきて、簡単なブリーフィングがあった。
後で教えてもらったが、魔法実技を担当する凄腕の魔術師らしい。
あと、とりあえず、びっくりしたのは、ここオーハイム魔法学校は、王国からの助成金を受けている関係で、高等部以上の学生は自動的に軍籍を有し、有事には義勇軍として組織されるということだ。
一クラス二十名で一個魔導義勇小隊を組織。
全学園だと三学年九クラスで一個独立魔導義勇大隊を組織しているらしい。
というわけで、実にありがたいことに、第三○三魔導義勇小隊の特務軍曹を拝命した。
小隊長以上の指揮官は先生方の中で軍歴がある人を中心にして選抜しているみたいだ。
まぁ、興味はないけど。
というわけで、明日から始まる授業は、魔法学校が主体の座学と、軍事教練を兼ねている実技の二本立てだ。
話を聞く限りだと、どちらも大したことないと思うので、ついていくのは問題ないと判断する。
ちなみに、こういう学校なので卒業した後に軍に入る者も多いらしい。
また、王国の宮廷魔術師として行政に携わる者、学問の道に行く者、はたまた、外国へとわたりスパイとなるもの、様々だ。
だが、よくよく聞いてみると、あまりビジネスの道には行かないらしい。
実に嘆かわしいと個人的には感じる。
魔法はたしかに軍事兵器や、スパイの技術としては優れているが、もっとも応用すべきは民政の分野であると感じる。
よし。
僕は卒業後には民間で、魔法道具のチェーンを作ろう。
金持ちから貧乏人まで、幅広く相手にし、王国の、ひいてはこの世界の福利厚生に寄与する人生を歩むのである。
もしかしたら、こういった活動が僕の前世の罪を帳消しにしてくれるかもしれない。
まぁ、完全な自己満足だけど。
一人空想に耽っていると、前の席のバクスターがゴツイ身体をこちらに向けて話しかけてきた。
「実は俺の父親は、ここの魔法学校出身でな、卒業後に軍に入って、俺にもこの道を推薦したんだ」
ウーバッハ先生がまだ話しているので、小さい声で話してきた。
だがまぁ、バクスターよ。やっぱりそうだとは思っていたよ。
「明日は訓練初日ということで、諸君らの現在の魔力を試験させてもらうので、そのつもりで、用意するように! ……よし、解散!」
ウーバッハ先生がクラスを出ていくと同時に、入れ違いにエリサが入ってきた。
お前、いつから、待っていたんだよ……。
「ホイラー! 一緒に帰ろ!」
周りからの視線が痛い。
僕は何も悪いこと、目立つことはしていないのに。
ぼ、僕の平穏な生活が……。