第五話 首都オーハイムへ
「え? 師匠がいない?」
夜半、ギルドからの依頼を済ませ、街にある宿屋にて寛いでいた朝方、半獣人のシニカに叩き起こされた。
シニカとも、一緒に過ごして二週間になる。
なんだかもう、ずっと昔から一緒に過ごしているような気安さだ。
「はい、ご主人様。それと、このようなものが机の上に置いてありました」
そういってシニカは、一通の封書を差し出してきた。
その封蝋の刻印は、何度か見たことがある、師匠のものだった。
表に、ホイラーへ、とある。
なんとなく、嫌な予感しかしないが、しかたなく封を切って、文面に目を通す。
「……あのクソあまーっ!」
僕は衝撃のあまり封筒を握りつぶしてしまった。
「ど、どうなさいましたか、ご主人様?」
シニカが、びっくりした表情を浮かべながら、怖々と聞いてきた。
「怖がらせちゃったかな。ごめん。えーと、どうやら、僕たちは引っ越しをしないといけないみたいなんだ。王都オーハイムへ」
師匠の手紙には、所用で留守にしている間、王都にある、オーハイム魔法学校にて、勉学に励め、とあった。
そして、そこの一人の先生への紹介状と、あまり目立つな、という注意書きが書き込まれていた。
「ご、ご主人様。どうなさるのですか?」
まぁ、今さら実家に帰ったところで、誰からも歓迎されないのはわかっているし、かといって先立つものもなく、いきなり、冒険者稼業などというヤクザな商売を専業にするのも腰が引ける。
そう考えると、モラトリアム期間を手にいれるために、大学で勉強をするというのは、そんなに悪い選択肢ではないのかもしれない。
そこまで考えて、僕はむしろ朗らかな気持ちになった。
今までの人生はだいたい誰かが決めたものをそのまま無為に選んできただけだったが、この世界だとちゃんと、自分で人生を選択できる。
自分の人生は自分で切り開くべきなのだ。
そして、よく考えたら、師匠の地獄の特訓からこうやって解放されたのだから、むしろ長期休暇をもらったと思って、楽しもう。
やはり、人生をエンジョイしないといけない。
それと、この世界でもコネがあって困ることもあるまい。そういった、自分の選択肢を増やすために、学校に行く、ということも大事だ。
そこまで考えると、むしろ今回の話は神の采配なのではないかとすら思えてくる。
「よし、王都オーハイムへ行こう!」
僕は決断した。
こうして、僕たちはオーハイム魔法学校へと向かうことになった。
◆◇◆◇◆◇
「が、ガンフール様のお弟子!」
紹介状を書いてもらった先生は、魔法学校の学長だった。
マンドレガ学長。
年齢は六十前後だろうか。初老の女性で、まるまると太っている。
最初は手紙を受け取った守衛のおじさんが、僕のことを胡散臭そうに監視していたが、紹介状を渡してしばらくした後に、学長がすっ飛んできたのを見てぎょっとしていた。
そして、僕はすぐさま学長室へと引きずり込まれて、色々と根掘り葉掘り聞かれた。特に師匠のことを。
「身を隠されて二十余年。あなたの情報だけが頼りなのです」
そこまで言われると、めんどくさいながらも、師匠の近況を話してやった。
「なるほど。それで、あなた、えーと、ホイラーさんは、私どものところで働け、と言われたのですね」
「いやいや、勉強しろと書いてますよ」
「ですが、もう特にあなたの話を聞く分には、すでにガンフール様に教育がなされているご様子。これ以上は、わが校で勉強をする必要があるとは特に思えませんが」
首を捻るマンドレガ学長。
いやいや。
僕にとっては、ニートではないモラトリアム期間が必要なのですよ!
「師匠との訓練は実地がメインでしたから。魔術理論や、体系的な知識などの学問的なものを、特に、色々と学びたいのですよ。あと、学友の皆さんとも交流したいですし」
「なるほど。でも、それだと、あまりにもレベルが違うかもしれず、失望をしてしまうかもしれませんが、よろしいですか?」
「大丈夫です。師匠からも、目立つな、と釘をさされていますから、うまいことやりますよ」
「……。わかりました。こちらとしてもそこまで熱心に言われましたら是非もございません。ガンフール様からもそう命じられていますしね」
「ありがとうございます」
「事務手続きは、あとからお送りしますが、どこに住まわれます? よろしければ学内に宿所を用意させますが」
「あ、特別待遇は結構です。僕の方で、勝手に住居は手配しますので、お構い無く」
「ガンフール様のご推薦ですので、学費は免除いたしますので、そこは問題ありませんよね?」
「いやいや、だから特別待遇はやめてください」
「……わかりました。では、事務手続きを部下へと引き継ぎます。書類への記載がいくつかありますので、お願いしますね」
その後、別室に移り、書類に二、三通サインして、それで、手続きは終わった。
歓迎会をしたいと言っていたが、さすがに、日を改めてもらった。
あとは、王都での住環境を整えないと。
今は、宿屋ですましているが、ここからは本格的にこの町に住むことになるので、良い家を見つけたい。
結局、次の日までかかって、新居を見つけることになった。
市街地のはずれの方。学校からは三十分くらいの場所で、城壁が近いためか、時間帯によっては日が入りにくい場所ではあるが、雰囲気が良さそうだったのでこの一戸建てに決めた。
なんでも、元々は、地方領主の愛人用の不動産だったらしいが、領主がその愛人とは別れてしまい、今は、この家は空き家だ、とのこと。
そんな情報はいらないよと思いながらも契約をした。
購入ではなく借りた。いつまでいるかもわからないし、溜め込んでいる金貨はなるべく、とっておきたい。
とりあえず午後は必要なものを色々と買い込む。
「なかなか素敵な街ですね」
シニカが、耳を完全に覆う赤色のフードをすっぽりと被りながら、僕の隣をスキップしながら歩いている。
「このまま平和に、ホイラー様との平穏な生活が続けばいれたいなー、とシニカは思っております」
シニカがほほを赤くし、はにかみながら僕の腕に絡み付いてくる。
僕としても、こんな平和で穏やかな生活がくるとは思っていなかった。
こんな生活が続いてほしい。本当に心の底からそう思う。