第三話 コンフルト辺境伯爵家にて
師匠の知り合いの方の屋敷として向かった先はお屋敷だった。
……実は知らない場所でもない。
僕の実家、ユンカース家の主筋にあたる家柄だ。
コンフルト辺境伯爵。
うちの実家は、辺境伯の荘園の管理を任されている男爵家に過ぎない。
五年ほど前に、兄の婚姻の挨拶の際に一度だけ来ただけの場所。
たしか、僕と同い年の娘さんがおり、二言三言、何かしゃべったような気もする。まぁ、だけどあんまり覚えていない。
「ガンフール様。お久しゅうございます」
「ポスカル。壮健そうで何より!」
辺境伯と師匠とが、がっちりと握手を交わす。
本当に知り合いなんですね、師匠。
しかし、当主のポスカルさん。がたいがいいですねー。
二の腕が樽のように膨らんでいる。
ストーンゴーレムとも肉弾戦でガチで戦えそうだ。
「ところで、そちらのお子さんは? まさか、ガンフール様の……」
「バカなことを考えるなよ。ポスカル。頭を吹き飛ばすぞ」
「す、すみません」
「そいつは、私の弟子のホイラーだ。挨拶!」
「はい! コンフルト辺境伯爵ポスカル様。私はユンカース男爵家が三男。ホイラーと申します。この度は、お会いできて光栄にございます」
「おお、ユンカースのところの子か。久しいな。たしか前回はおまえのところの兄貴の結婚の報告だったかな」
「はい。その節は大変お世話になりました」
そんなこんなで、近況を語り合い、ちょっと早目の夕食だ。
トマトベースのスープと、パン。それに、チーズやハム、サラダも大量に食べることができた。
なんだか、こんなに豪勢に食べるのは久しぶりだ。
しかも、ちゃんとした、食器で食べられる。
最近は森で狩った動物をナイフで解体して、焚き火で炙る、とかサバイバルな食事ばかりだったので、こういった食事は、実に文明の偉大さを思い出させてくれる。
「ホイラー。今から私はポスカルとちょっと相談事がある。今日は、こちらで宿泊させてもらうから、部屋に先に戻っていろ」
「はい、師匠」
僕は食べていたリンゴを飲み込むと、返事をした。
と、いうものの、部屋がどこかわからない。
「娘に案内させよう。おい、エリサを呼んでこい!」
はい、と外に向かった使用人が直ぐに一人の少女を連れてきた。
美少女、と形容すべきかもしれない。
セミロングの黒い髪。癖っ毛なのか、ところどころはねている。
黒色のおとなしめのドレスが、似合っているなー、なんて素朴な感想をいだく。
「ほ、ホイラー様。お、お久しぶりです、エリサでございます。五年前に一度だけお逢いしたのを覚えておいででしょうか?」
若干緊張しているのか頬が赤い。
僕は緊張をほぐしてやろうと、微笑みながら答えた。
「もちろんです、エリサ様。忘れたことなど、一日たりともございません」
「まぁ! では、やはり、あのときの約束を、覚えておいでだったのですね!」
ん? 約束?
全然覚えていないが、当然ですよ、なんて言っておいた。
忘れた、と言えるような雰囲気ではなかったので、仕方ないじゃないですか、ねぇ。
「エリサ。お客様をお部屋に案内してさしあげなさい」
「はい。お父様」
こうして、僕はエリサに連れられて、廊下の奥の部屋へと連れていかれた。
しかし、やっぱりここのお屋敷は広いなー、と思う。
僕の実家なんて、土地が広いので、敷地面積はそれなりだが、上物の建物が貧相この上ない。
なんでも、昔の要塞の一部を再利用した建物だったらしく、気品もへったくれもない。
まぁ、師匠に弟子入りしてから一度も帰ってないけど。
うつうつとした気分でいると、部屋に入ったあと、なぜか外に出ていかないエリサが、僕の顔を覗き込んできた。
「私が近くにいるとお嫌ですか?」
「め、滅相もない! エリサ様が近くにおられるので緊張をしているのです」
「そんなに緊張をなさらないでも。あ、私と二人きりの時はエリサと呼び捨てにしてください。私もホイラーと呼びますから」
え? 普通、そういう台詞は僕が、いうべきものじゃないの、とか思ったが、ありがとうございます、なんて口からは返事をしておいた。
「あと、敬語なんて別に使わなくてもいいよ。ホイラー」
「え? そ、そう? じゃ、じゃあ、エリサ」
「なーに?」
小首を傾げて、こちらの肩あたりに髪の毛の先が触れる距離に近づいてきた。
可愛い。
でも、近い。
「え、えーと。魔法って見たことある?」
咄嗟に口について出たのは、別段、考えなしの言葉。
なにか、考えてしゃべった台詞ではない。
「え? 見せてくれるの? やったー!」
目を輝かせて、僕の手を両手で包み込んできた。
あと、顔が近い。
「う、うん」
師匠からは、みだりに使うなとは言われているが、絶対に使うなとも言われていない。
僕の主筋の娘様に見せるのだから、特段問題ないだろう。
「じゃあ、少し離れていてね」
僕は深呼吸を繰り返し、意識をエーテル視界に切り替える。
身体中のエーテルを循環させ、魔力の濃度を高めていく。
ある程度以上高めて、十分に魔法として顕現できる濃度になったので、魔導式(魔法の設計図)を頭のなかで構築し、変換した魔力を魔導式に注ぎ込み、設計図に沿って魔法を生成する。
そして、外界へと解き放つ。
「光投影図」
頭の中で思い描いた絵を、空間に投影するだけの簡単な魔法。
なんとなく、花火みたいに、光が涌き出るような趣向にしてみた。
ちょっとした手品かな。
「うわー、すごい綺麗!」
エリサが目を見開いている。
「魔法を見るのは初めて?」
「うん」
「じゃあ、少し試してみる?」
「え?」
僕はエリサの背後に回り込むと、その両手をそれぞれ掴み、手のひらを上に向けさせる。
「目を閉じて。そして、鼻で息を吸って、口から吐く、を繰り返してみて」
「うん」
僕に言われるがまま、呼吸を繰り返すエリサ。
「お腹のあたりに、暖かいものが感じられる?」
「うん。感じる」
「それが、エーテルだよ。エーテルは誰もが持っている力だ。だけど、それを魔法にするには、ちょっとした才能と努力が必要でね」
「どうすればいいの?」
うーん。
どうしよう。
一応、受け売りで教えちゃうか。
「額に第三の目があるような気持ちで、世界を眺めてみること。そして、お腹のエーテルが、身体中を循環するのを感じること。それと、頭の中で、明確に何がしたいのかを念じるんだ。大きさや重さだけでなく、温度や、内部構造もリアルにね」
「ん!」
エリサの手のひらから、明るい炎がわき上がった。
げっ!
こ、こいつも魔女の才能がある!
僕が一生懸命に消火したので、大事にはいたらなかった。よかった。
ある程度魔法で直したけど、ところどころ煤けているのはご愛敬だ。
「き、君も、魔術の才能があるね……」
びっくりしすぎてて、僕の寿命が縮んだよ。
「で、では、私もホイラーと同じようにガンフール様の弟子になれるかな? そうすればずっとずーっと一緒にいられるよ!」
何で、僕が君と一緒にいないといけないのか、なんて思ったのは内緒だ。あと、顔が近いよ。
「う、うーん。頼んではみるけど師匠は偏屈だしなー」
「ありがとー」
そういったエリサが、抱きついてきた。
温かくて良い匂いがした。