第二十一話 正門前のひと悶着
「は? 失敗しただと!?」
王都オーハイムの暗い通りに面した一軒家。
見たところごく普通の家だが、ここは、帝国ーー北方の古代魔法王国の後継を自任するゼクサス帝国ーーによる、ライバル国家でもあるオーハイム王国の王都オーハイムでの工作を取り仕切る前線基地の一つだ。
今回の作戦は、オーハイムでの人心の荒廃を進めるために火事を起こすというもの。
この時代、火事が一件起きるだけでも、その被害は拡大しやすく、費用対効果が大きい工作だ。
延焼を促すために帝国本国から灯油(この世界では貴重品)をわざわざ取り寄せ、大きな火事を起こすつもりで作戦を実行した。
が、結果は見るも無惨な失敗。
工作員である特殊騎士が、確認に向かったところ、灯油が満タンだった樽自体も強奪されたということだった。
最悪な状況だ。
「誰が持ち帰ったのか目星はついているのか?」
苛立たしげな声で前線指揮官であるレルゲン中佐が部下を睨み付ける。
「はっ。それが……。直接目視確認をしているわけではないのですが、魔力を感知した、という報告が上がっております」
「魔術師が出張ってきているのか!?」
予測される中では最悪の展開の一つだ。
宮廷魔術師か、王国騎士団の魔法特殊部隊か、はたまた、カウンタースパイの可能性すらある。
「ここを感ずかれるのも時間の問題やもしれん。いくつかの計画を前倒しする! 次の作戦は?」
「中佐殿。こちらに計画書が」
そういってレルゲンは部下から渡された作戦指令書に目を通す。
ふむ。次は、オーハイム魔法学校の襲撃か……。
◆◇◆◇◆◇
休暇明けの初日。
魔法学校での昼休み。
エリサはもう機嫌がなおっていた。
なかなかに回復が早いなー、などと思う。
ちなみに例の地下迷宮は危険すぎるということで封印されてしまった。あの事件の後、先生方が迷宮内を探索したらしいが、ほとんどが土砂に埋まっており、内部探索はほとんどできなかったらしい。
まぁ、僕がほぼ戦犯なわけだが。
なので、黙して語らずを貫く。
「ねぇねぇ、ホイラー。今度の休日にうちの家に遊びにこない?」
僕の前の椅子(バクスターの椅子だ)に座って机に寝そべりながら、上目遣いで見あげてくるエリサが唐突に聞いてきた。
不覚にもちょっとかわいいと思ってしまった。
次回の安息日は特に用事はないか……。
あと、以前にエリサを家へと送り届けた際、少しだけ家の中を玄関から見せてもらったものの、じっくりと中を見せてもらったわけではないしな。
まぁ、前回、うちへとエリサを招待したのだから、今回、僕が行かないというのも失礼にあたるかな。
「あ、うん。予定はないと思うから遊びに行けると思うよ」
そう言うや、エリサは、よしっ、と小さな声をあげながら拳を握りしめ、ガッツポーズをしている。
「今回こそは一線を越えてやるわ……」
何か小さい声でぼそぼそとエリサが呟いているが、その瞳に、もはや僕は映っておらず、違う世界へと旅立ってしまっている。
帰ってこいよー。
エリサが自分のクラスへと帰っていったあとはつつがなく授業をうけた。
授業が終わった後、昨日の夜に魔法実験をしていて、どうしてもわからない部分があったので、思いきって先生に尋ねてみた。
すると、学校に併設されている図書館に、その魔法についての関連資料が多数所蔵されていることを教えてもらった。
やはり、学校というところは、知識の宝庫だな、と改めて思う。
それと、先生には僕が熱心な生徒だと思われた節がある。
良い兆候だ。
授業が終わり帰り支度をしていると、いつものようにエリサがやって来た。
「ねぇ、ホイラー? 生徒会に興味ない?」
藪から棒にエリサが尋ねてきた。
はて、生徒会とな?
「生徒会って、学生たちの自主的な自治組織だよな。で、興味あるかないかという質問には、興味はない、と答えるよ」
なんで、子供たちの遊びに興味を持たなければならんのか。
「ぶぅー」
なぜか口をすぼめて、不満アピールをしてくるエリサ。
「なんでまた、生徒会の話を?」
「私、生徒会の書記やっているのよ。なので、もしホイラーが興味あるのならば一緒に生徒会活動しよう? って思ったの」
いつの間に入っていたんだ。
だが、まぁ、何を言われようが興味の欠片もないので、断っておく。
エリサの機嫌がまた悪くなった。
◆◇◆◇◆◇
「中佐殿。準備が整いました」
レルゲンは部下からの報告を、オーハイム魔法学校近くの路地にて聞いていた。
彼の立ち位置からは、荷車をひく馬車と、坂の下にあるオーハイム魔法学校の正門とが見える。
その荷車の荷台には、すでに灯油が満杯に詰まった樽を大量に積み込んである。
この坂ならば、勢いがついた荷車は無事に校門を突き破り、近くの校舎の一つを盛大に燃やしてくれるだろう。
あとは、風の魔法を少し追加してやれば延焼をしてくれる。
盛大に校舎を燃やしてやれば、魔法で消火するのも、修復するのも難しかろう。
くくく。
王都オーハイムに対する嫌がらせとしては、この上もない作戦といえる。
レルゲンの心の中では、すでに魔法学校が盛大に燃え盛り、近隣へもどんどんと延焼していくイメージが具体的に思い浮かべられており、一人暗い悦びに浸るのだった。
そしてレルゲンは、実行の指示を部下へと下す。
馬を暴れさせて、荷車が偶然、坂を転がるというアクシデントを装うように、という工作の指令だ。
指示を下した後、レルゲンはそっと路地から息を殺してその顛末を見守ることとした。
◆◇◆◇◆◇
図書館に向かうために、学校の廊下を歩いていると、なにやら、学校正面の校門の方から悲鳴が聞こえてきた。
そちらに顔を向けると、校門のあたりの守衛が何か叫んでいる。
僕は急いで光学補正の魔術を展開し、遠眼鏡を擬似的に形作ると校門から坂の上へと視線を向ける。
……へ?
坂の上の方からすごい勢いで荷車のようなものが転がってきている。
そしてその荷車には、昨日我が家に回収した樽に似たようなものが満載されている。
もしあれが昨日見かけたものと同じだったら?
僕としては、あれの中身が昨日と同じ灯油だった場合の被害を想定して血の気が失せる。
学校中が燃え広がって止まる程度ならばまだ救いがあるが、火の勢いが強すぎればどれだけ町中に延焼するか。
何か迎えるものはないか……。
僕は足元に落ちている釘を拾った。
僕は頭のなかで必要な魔法を想定し、複数の魔方式を展開する。
これだけの遠くの物体に対して精密に、ターゲットを撃ち抜かなければならない。しかも証拠を残さず。
運がいいことに、坂の片側には城壁が高く広がっている場所がある。
そちらに向かって誘導することができれば、火が燃え上がっても、炎上の範囲を制限できる。
僕は荷車の移動先を予想し、その車輪の付け根のみに狙い済まして、魔方式を展開する。
一つは圧縮した空気で釘を撃ち抜く術式、一つは大きな音がなってしまうので、その音を別の音(今回は壁を大きく叩く音にした)に書き換える術式、そして最後の一つとして、釘が安定して車輪を撃ち抜けるように、釘へと回転を加える術式だ。
そして、目標地点に到着した荷車に対して、僕が展開した精密射撃魔法が打ち出される。
それは、狙いたがわず荷車に命中し、荷車が脱輪したと同時に道をはずれ、城壁へとぶつかり派手に炎上をした。
ふー。
これで、一安心だな。
「おーい、今だれか、壁を叩かなかったかー?」
廊下の向こうからどこかの先生の声がかかる。
「すみません。ちょっと手がすべってしまいました」
「気を付けろよ!」
僕は先生に向かって一つお辞儀をすると、何事もなかったように図書館へと向かった。
◆◇◆◇◆◇
「な、何が起こった……?」
レルゲンは目の前で起こったことが、まったく理解できなかった。
順調に魔法学校へと向かっていた荷車から突然車輪が外れて、城壁へと向かっていってしまった。
しかも、このあたりでは最も燃え広がらない場所に向かってだ。
魔法を使われたか?
だが、ありえない。
魔法式の発動を感知できるような距離では魔法は使われていなかったし、仮に探知外から魔法を使われたとすれば、そんな遠距離から魔法攻撃で、当たるとも思えない。
くっ、今回も運が良いことだ。
レルゲンは部下へと撤退命令を下すと次の作戦へと意識を切り替えた。
次回更新は3/5(日)を予定しています。




