第十話 マンドレガ邸での内緒話
「まぁ、ガンフール様ったら。本当に私たちの頃と変わっていないわねー」
王太后のゼラエラが、賞賛とも、呆れとも、とることができる口調でしみじみと呟いた。
「いやいや、ゼラエラ様。そんな肯定するような感じで、あの師匠との拷問の日々を回想しないでくださいよ」
僕が師匠との、最近のあれこれを話すと、皆さんの食い付きが非常に良く、うけが良かった。
調子にのって、色々と話しすぎた気もするが。
ちょっと反省。
しかし、これも全て、僕に酒を勧めてきた宮廷魔術師のコンスタンツさんが悪い。
おかげで、ちょっとボーッとしてきて、いらんことをペラペラとしゃべってしまっている気がする。
なかなか、しゃべることを意思の力でセーブするのは難しい。
「私の孫娘に一人、魔術の才能がある娘がいるのよねー。今は、士官学校で学ばせているのだけど。……せっかくあれだけの才能があるのだから、士官学校で遊ばせておくのはもったいないわねぇ……」
孫娘?
酔いが回ってきたのか、頭があまり働かず、ゼラエラが何を言っているのか、あんまり頭に入ってこない。
「あ、それ、面白いかも! 士官学校とうちとの間で交換留学という制度があって、つい先日、誰をお互いに派遣しようかって話がちょうどあったから、その枠でいれちゃおうか? え? 一年生? うーん、ちょっと若いけど、……別に大丈夫よ!」
マンドレガ学長と王太后とが、とんとんと話をしている。
ただ、残念ながら、半分も話が頭に入ってこない。
うぅ、気持ち悪くなってきた。
どうやら、僕はあまり、酒には強くなさそうだ。
「そういえば、トニック。北方は、今、どうなっておるんだ?」
蒸留酒をグラスに入れてちびちびと飲んでいた首席宮廷魔術師のコンスタンツが、ワインを瓶でらっぱ飲みしているトニック元准将に世間話をふっている。
聞かれたトニックさんは、鼻をふんっ、とならし、ボソッと呟いた。
「いまいましいことに、やっこさんたちのゴタゴタが片付きつつあるみたいじゃよ」
「では、こちらの警戒レベルをあげておかんとな」
「じゃが、今の現役のレベルでは、到底、連中の攻勢を防ぎきれんだろうて」
「面倒だな……」
「全くだ……」
そういって、面白くなさそうにトニックはワインの瓶を直接口をあてがって飲んだ。
作法があまりよろしくないですよ。
アルコールが頭に回りながらも、僕はそんな風に思ってしまった。
しかし、先程から首の後ろ、背筋の上あたりの首筋がピリピリする。
気になって何度も首筋に手を当てて、首をひねる。
うーん。
その後、おしゃべりを続けていた王太后と学長とが、僕の方に向き直り、二人して、学校での僕の回りの女性関係を根掘り葉掘り聞いてきた。
「ホイラー君はエリサさんと親しいんですって? エリサさんがそんなことを言っていたわよ。なんでも、子供の頃からの親しい友人だとか」
学長が楽しそうに話をふってきた。
「まぁ、若いっていいわねー。私たちも、若い頃は無茶やったわよねー、今でも、昨日のことのように思い出すわ!」
ゼラエラも楽しそうに往年を回顧している。
「だから、楽しかった思い出というそんな美談で、あの大戦を回顧しないでくれよ! ……でも、まぁ、楽しかったことは楽しかったか」
コンスタンツは、やおら目を閉じて、昔を懐かしむようにグラスをあおった。
この人たちにも、今まで刻んできた歴史があるんだなー、などと益体もなく思う。
そして、机の上の葡萄を一つまみする。
その後も学長たちから、追及が続いたが、のらりくらりと答えておいた。
誰が、あなた方にゴシップのネタなど、提供してやるものか!
ひとしきり歓談した後、さすがに遅くなったので、学長宅からおいとまさせてもらった。
ふらふらとした足並みながら、無事に帰宅して水浴びをしたら、直ぐに寝てしまった。
やっぱり緊張していたらしい。
途中、魔法でアルコールを一部だけ抜いたが、完全に抜くのはやめておいた。
たまには、こういった気分の日もあっていいだろうと思う。
「ホイラー様。ちょっとお酒臭いですよ!」
帰宅してすぐに半獣人のシニカから叱られた。
すまん、シニカ。
明日にはたぶん酒は抜けている、と思う。
◆◇◆◇◆◇
「で、どう思う? マンドレガ?」
ホイラーが帰った後のマンドレガ邸。
先程の談笑が、嘘のようにぴりぴりした緊張感が漂っている。
「……彼には間違いなく一流の才能があります」
ゼラエラの問いにマンドレガははっきりと答える。
「それは、私にもわかっているわよ。仮にも彼はガンフール様の弟子よ。魔法の使い手として一流なのは当たり前よ。私が懸念しているのは、そうではなく、彼は北方のあいつみたいにならないのか、というあなたの意見を聞いているのよ」
ゼラエラが、眉根を跳ね上げて、すっとぼけているマンドレガを睨み付ける。
「わしとしては、大丈夫だと思うんだがなー。あやつ、わしらに何か隠し事はあったみたいだが、性根が曲がっているようにも見えん。まともに育てればやつのようにはならんのでは?」
トニックが目をつぶったまま見解を述べる。
「あー、私が魔術でそれとなく調査をしてみましたが、彼の勘はすごいですなー。隠匿された私の調査魔術を、ちゃんと違和感として感じていましたよ。念のために、酒を飲ませておいて正解でしたな。素面だったらばれていましたね。しかし、なんというか、ちょっと自信を砕かれますな。私の調査魔術は、王国でも随一だと自負しておったのですが……」
苦笑ぎみにコンスタンツが言った。
「前置きはいいから、結論を単刀直入に言いなさい、コンスタンツ」
コンスタンツの軽口にゼラエラがピシャリと遮った。
「えー、こほん。では結論を。彼は、無意識下においてなんらかの魔術がスタンバイ状態で待機しております。それが何かまではわかりませんが、その魔術を押さえている別の魔術、呪いのようなものもあわせて観測できました。魔術の波動を分析するに間違いなくガンフール様の魔術かと」
「……つまり、ガンフール様が彼に対してなにがしかの魔術をかけている、と。もしかして、彼の正体不明の魔術を抑えている、とか?」
ゼラエラがちょっと不安そうな声音で問いかける。
「まぁ、そういった仮説も可能かもしれませんね」
コンスタンツは肩をすくめた。
彼にだって、わからないことはある。
だが、彼らにはガンフールがなんの目的もなく魔術を、彼にかけているとはとても思えなかった。
「しかし、北方のやつのようにはならないにしても、もっと危険な化け物になるのも困るな」
トニック元准将が、マンドレガ学長を睨むように見つめる。
「最善は尽くしますよ。教育でどこまでできるかは保証しかねますがね」
マンドレガとしても、全責任を自分一人に負わされても困る、といったところだ。
「やはり、彼には監視要員が必要よね……。彼の身近においても、怪しまれずに彼の動向を監視できる要員が」
ゼラエラが、思慮深そうに呟いた。




