(4)交渉
リンブまでの残りの道程は、本当に早かった。急いだのだから当然といえば当然だが、その行程で女性陣の誰も音を上げなかったのは見事なものだ。皆、それなりの実力者ということになる。最も、情報入手方法がそれなりに変わっていたので、駆け出しの冒険者は引っかからない。目的地が同じなので皆で行動を共にする、というのも経験者同士ならではの暗黙の了解だ。お互い、目的の物に巡り逢うまでは余計な体力を使わないほうが良い。となると、ここから先は手を取り合って仲良しこよしというわけにはいかなくなる。
「おい。俺たちはバラけるぞ」
案の定、真っ先にそう言い出したのはジェイルたちのグループだ。俺たちも素直にそれを受け入れる。あとはエイム達だが
「私たちも行くわ」
意外にも、エイムが言い出した。
「一緒に行動したい気もするけど、仕事は仕事だからね」
ゲージも微笑んだ。それはもちろん、俺たちにとっては好都合なわけで。
「わかったわ。じゃあ、また会えるといいわね」
きっとまた会うだろうな、と思いながら俺は、ルディが手を振っているのを見守っていた。
生きた武器が人を取り込むことがある。
そんなのは、とっくに知識として知っていたつもりだった。けれども、未だに自分の目で見たことは無い。
「きっとランベルはショックを受けると思うわ」
と、ルディが言った。
「何が」
俺は聞き返す。
「だから、武器に取り込まれた人間を見たらショックを受けるわ」
そんなことを言うルデイだって、ずっと俺と一緒に旅をしてきたのだ。それを見たら、やっぱりショックを受けると思う。
「俺はさ、どうしても武器の味方をしてしまうと思うんだ」
リンブの大通りを、二人ゆっくりと歩きながら俺は言った。もし、賊が本当に武器に取り込まれてしまったのならば、それなりに騒ぎになるはずだ。しかし今の所、それらしい噂は耳に入ってこない。となると賊は、生きた武器が使えない人間だったということだろうか。
「やっぱり仲間意識みたいなものがあるの?」
ルディが聞く。
「相手の言っていることがわかって、一生懸命それに答えているのに、絶対にその答えが返ってこないっていうのは、結構しんどいもんだ」
俺は昔を思い出してみた。どうにもゲージ達と会ってからというもの、俺は昔を思い出して感傷的になって仕方が無い。やはりあの顔は、俺にとって毒のようだ。
「そりゃあ私だって、武器の声が聞こえるんだから、それなりに武器の味方をしたくなるとは思うけどね」
ルディが軽く伸びをしながら言った。――その時だった。不意に、ルディの腕を鷲掴みにした男がいた。俺は反射的にその手をはねのけ、ルディとその男の間に割って入り、剣の柄に手をかける。男はそんな俺の反応に、ただの少しも武器を出してくる素振りを見せず、しかしただただ驚いたように俺とルディの両方に交互に視線を走らせ、そして言った。
「あんた、武器の声が聞けるのか」
その言葉を聞いて、俺は、俺の予想していた最悪の展開では無いことを悟り武器にかけた手を緩める。
「生きた武器の声なら」
何かが起こった時のルディの答えはいつも、簡潔になる。
「本当に、武器の声がきけるんだな」
男は再度、確認をする。
「同じことを二度言うのは好きじゃないわ。頼みがあるのならはっきり言って」
ルディは恐らくわざと、苛立ちを含んでいった。
「生きた武器に取り込まれた人間を助けることも可能か?」
男は重ねて聞いてくる。
「場合によっては」
ルディが答える。
「なぁ、本当に言いたいことがあるならはっきり言えよ」
俺は、回りくどいのは嫌いだ。思わず口をだす。
「いや、その、な」
男はさらに言い淀む。俺とルディはしばし、その次の言葉が紡がれるのを待ったが、男はなかなか話し出しそうにない。
「ランベル。行きましょう」
その様子を厳しい目で見ていたルディが冷たく言い放つのに、そんなに時間はかからなかった。この男に話したいことがあるのは明らかだし、俺はもう少しなら待ってあげてもいいかな、などと思っていたがルディがそう言ったら、俺の意見を聞くはずもない。
「いいのか?」
一応、意見はしてみるが
「いいのよ」
やはり、無駄なようだ。正直、この男が本当に生きた武器がらみの問題を抱えているのなら、今回の依頼につながらないとも言い切れないと思うのだが。
「わかった」
俺はひとつ頷いて、ルディの意見に従うことにする。さっと、男に背中を向けて、ルディはすでに歩き出していた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。頼む」
そう言ってルディの背中をすかさず追いかけたのは、残念ながら俺ではなくて、その男だった。
「何?」
振り返ったルディの顔に、明らかな作為を感じ取れたのは、恐らく俺だけに違いない。なにしろルディとは永い付き合いだ。最初に会ったのは確か……今さら思い出すのも面倒だ。
「頼む。内密に頼みたいことがあるんだ」
男が言った。
「内密に?」
ルディが静かに繰り返す。
「あんまり表ざたにしたくない」
それを聞いて、ルディはクスリと笑った。
「いいわ。聞きましょう。生きた武器の声が聞ける人間が必要なのよね」
男は無言で頷いた。昔からルディは、運だけは良い。その分俺は、全く運がないので二人で居ると丁度良い。
男に案内されてやって来たのは、馬小屋、のように俺には見えた。
と言っても、誰かの馬が居るわけでなく、かつては馬小屋であったのだろう、という場所だ。
「ここに何があるんだ?」
俺が聞く。男は相変わらず黙ったままで、それでもそれなりに広さのある馬小屋のなかをずんずんと奥にすすんでいった。ルディが黙って着いていくようなので、俺もそれに従うことにする。
ふと、男が馬小屋の一番奥の一角で立ち止まった。
「これを見てくれ」
男がやっと口を開く。俺とルディは、男に言われた通りに奥を覗き込んだ。
「これは」
先に言葉を発したのはルディだ。
「最悪だ」
続いて言ったのが俺。
そこには、結界で二重にも三重にも縛られた少年が居た。そしてそれは明らかに、正気を失っている。
「武器に取り込まれたのね」
ルディが聞いた。
「そうだ」
男は短く答える。
「誰なんだ?」
俺が聞いた。
「……俺の、息子だ」
男は少し間を空けて、ゆっくり、ゆっくりと答えた。
年のほどは15、6だろうか。ルディとさほど変わらなく見える。一見、普通の少年だが、その尋常じゃない暴れようと、焦点の合っていない視線から、彼が今すぐにでも助けを必要としていることが見て取れる。
「一つ、質問をしたいんだけど」
ルディが少年から視線を外して言った。
「何だ?」
「この武器の入手方法が知りたいわ」
ルディがいきなり確信に迫る。
「息子が……息子がどっかから持ってきたんだ」
「信じられないわね」
ルディは両の肩をあげて見せた。
「気がついたら息子はこの状態だった」
男はさらに言葉を紡ぐ。ふぅ、とルディの口から息がもれた。何も言わずにきびすを返そうとする。
「わかった。言う。正直に言う」
男は先ほどとまったく同じような反応を見せた。どうやらルディは、それに腹がたったらしい。
久々に見る本気の顔で男を睨むと、ゆっくりと顔を近づけた。
「あのね、さっきも言ったと思うんだけど、私は同じことを二度言うのは好きじゃないの。あなたが本当に大切なものをしっかりと見極めたら、声をかけてね」
今度こそ本当に、ルディは去るつもりだ。
「待ってくれ」
男が情けない声をあげる。
「息子さんには悪いけど、息子の命と自分の保身を天秤にかける人は信用しないわ」
ルディはさくさくと歩き出す。
「おじさん、悪いな」
本当にあの息子にはかわいそうなことだが、ルディがやらないといったらやらない。俺ではあんまり助けになりそうもないし、仕方なく俺はルディと共に馬小屋を後にする。
「ごめんね、ランベル。ジェイル達を探しましょう。」
もちろん、ルディがあの親子をあのまま見捨てないとの確信があってのことだが。
「了解。ま、あの親父は少し思い知ったほうが良いよ」
「ありがとう。でも、報酬は何とかするわよ。任せといて」
「そうこなくっちゃ」
俺の笑顔に、ルディも笑顔を返してくれる。俺はかつて、この笑顔を守るためだけに全てを捨てたのだ。この笑顔だけは、何が何でも守り通してみせる。
事情を話して馬小屋に行くように言うと、ジェイルが渋い顔をした。
「手柄を譲られるのは好きじゃない」
だろうな、と俺は思う。ジェイルはいかにもプライドが高そうだ。
「譲るつもりはないわ。対等な取引をしようと思っているんだけど」
ルディが言うと
「なるほど。聞こう」
と意外と素直に応じた。
「で、取引内容は?」
ジェイルが促す。
「賊は引き渡すわ。でも、報酬は譲って欲しいの」
「全額か?俺達は金で報酬を受け取るつもりだか、かなりの金額を期待してる。あんたらはコレクションを見せて欲しいんであって、そんなに大金はいらないんだろう」
「コレクションを見るのは……あきらめる。せめて報酬だけでも手に入れさせてもらうわ」
ルディは淀みなく言った。
「フェアじゃないな」
ジェイルが言う。
「情報料よ。情報がどれだけ重要か、あなたは知っているはずでしょ」
「高すぎる。その情報を使って、あんたらが賊を捕まえられたかどうかは分からないだろう。君らが賊を捕まえ損ねれば、情報は自然に流れてきた可能性がある」
「私達は捕まえられたわ」
「口で言うのは簡単だ。報酬の3分の1。それくらいが妥当だろう」
「捕まえられた自信があるの」
「証拠がない」
「――私は武器の声が聞ける」
ルディが言葉を発する前にとった間は、明らかにルディの作戦によるものだった。が、しかし、それを聞いたジェイルはすっかり、その間の雰囲気に呑まれて言葉をつまらせた。
「私は、武器の声が聞けるのよ」
ルディが再びゆっくりと繰り返す。ジェイルの視線が少し、仲間の間を泳いだ。
「なるほど。その情報も込みでその値段なら高くない」
ジェイルの口元に笑みが浮かぶ。実際、高くないどころか大安売りだ。冒険者が、武器の声が聞ける人間を探すのは至難の業だ。仲介をしてくれる人間もいるが当然、法外な金額を要求される。逆にいえば、俺たちはこのルディの特技のおかげで簡単に大金を手に出来るわけだが、ルディはこの特技を人に知られることをあまり好まない。結果、よっぽど追い詰められた時にしか、この特技を口にすることは無いわけなのだが。
「賊の顔を覚えてるか? 」
交渉が前進した。
「覚えてるけど、多分、ランベルの方が正確だわ」
ルディが俺をちら、と見る。確かに、俺はかつてそういった訓練を受けていた。
「ランベル。どんな顔の奴だった? この中にいるか? 」
そう言ってジェイルが取り出したのは、手配書の束だった。
俺は手配書なんてものは始めて見るが、決してそれは表に出さないように気をつける。ルディの交渉はまだ終わっていない。迂闊な行動は彼女の機嫌を損ねかねない。
俺は手配書を受け取って、丁寧にページをめくった。それぞれ、その人物の特徴、手配書に名を連ねたわけ、似顔絵、そして賞金が記載されている。俺は男の顔を思い出す。確か、ひげ面だった。けれどもひげなんていくらでも伸びる。見えてた部分から輪郭を想像して……それと、目と鼻だ。年を重ねると目の印象はどうしても変わってくるが目と鼻の配置だけは絶対に変わらない。息子にも盗みをさせているならば筋金入りということで。
「こいつ」
俺は、手配書の中の一枚を指差した。
「そう? 」
ルディが覗き込んで聞いてくる。
「うん。こいつだよ。間違いない」
手配書の似顔絵はかなり若いころのもののようだが、明らかに面影がある。かなり良い値がついている。
「ふぅん。じゃあ、交渉成立だわ」
ルディが言って、ジェイルを見る。俺もつられてジェイルの顔を見る。
「悪くない。交渉成立だ。場所を教えてくれ」
にやりと笑うジェイルを見て、この二人は意外と気が合うのではないかな、と思ってしまった。もっともルディに言ったら鼻で笑われそうだが。
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