(3)道のり
朝が来て、俺はため息と共に目を覚す。起ききらない顔でルディの部屋を訪ねると、ルディがあからさまに嫌な顔をした。
「何、その顔?」
ルディが聞く。
「意思表示だ」
俺は、大きく息を吐いた。ルディは全く気にしていないようだが、俺はゲージ達と旅路を共にするのは嫌だ。鏡を見ているようで気持ちが悪いし、第一、勇者の遺物を追っている人たちと行動を共にするなんて頭が痛い。
「意気地なし」
ルディは冷たく言い放し、部屋を出て行ってしまう。
俺は、別に意気地なしでも構わない。いや、自分が意気地なしとは全く思わないが、それでも今回ばかりは、ルディの罵りを甘んじて受けよう。あの顔は、俺の心の奥底の、忘れたくて仕方の無いことを思い起こさせる。
「ランベルは何も悪くないのよ。気に病むことなんてないわ」
ルディを追いかけて部屋を出ると、彼女は俺の部屋の前で待っていてくれた。
「何も気には病んでない。ただ……こう……いたたまれないんだ」
俺とルディは食堂に向かう。
「毎日鏡で見てる顔じゃない。いい加減、なれたでしょ」
「俺は鏡は見ない」
「うそ」
もちろん、嘘だ。どうせルディは、俺を甘やかさない。どんなに異を唱えたって、逃げられないことから逃がすことはしてくれない。つまり俺は、おいしいおいしい朝食を食べて、ゲージ達と盗まれた武器を探すのだ。嘘くらいつかせてもらう。
俺達は予想通り、ゲージたちと行動を共にすることになった。5人組のパーティーも何となく一緒に動くことになる。賊の正体は検討がつかないということだったが、向かったのはおそらく、リンブという港町で間違いがないだろうとは、全員の共通の認識だった。特に、五人組のパーティーの中に精霊使いがいて、彼女の意見でも、賊はリンブに向かった可能性が濃厚とのことだ。
リンブまでは、俺とルディなら2日もあれば十分だが、この大人数ではもう少しかかるだろう。賊を追っているので、それでもかなりのハイペースだ。森をいくつか抜けなくてはならないが、大きな港町に続く路なので整備された退屈な路のりである。ちょうど良いので、ぼうっと歩きながら勇者伝説を整理することにした。
俺達は、ある武器を見つけることを目標に旅をしている。が、あえて使命をあげるのならば伝説集めとその修正がそうなのだと俺は思う。俺はあまりまじめに取り組んではいないが、ルディは自分の趣味も手伝って、ずいぶんとまじめにあちこちの勇者伝説を聞いて回っている。聞いて、そして間違いを修正するのだ。間違った方向に伝説が進まないように……大きすぎず、小さすぎず勇者の功績を称えるように。そして、あの戦いの真実に近づかないように。
俺の知る限り世間一般で語られている勇者伝説は、至極単純だ。まずシュルツ……いや、勇者が小さな田舎町で生まれたところから物語は始まる。彼の生まれた町は決して裕福ではなく、けれども町人同士が仲良く暮らしていける程度には恵まれていて、そして彼はその町の領主の息子であったという。かといって、特別な暮らしをしていたわけでは無かったようだ。普通に暮らし、普通に育ち、普通に――世界の他の人間と全く変わらない状態で――魔女の恐怖を知った。彼が魔女退治を思い立ったのは、腕に少しは覚えがあるのと、領主の息子としての自尊心によるものだったのだろう。シュルツは、仲間の一人もつれずに単身、魔女狩りに行ったのだった。そして、見事成し遂げた。ただし自分の命と引き換えに、だが。
俺は、少し前を歩くルディをちら、と見た。ルディはすぐに気づいて、俺の横に並んでくる。
勇者伝説には、勇者の死の後にも少し続きがある。勇者が魔女と相打ちに終わったということは、戦勝報告をしたのは別人ということだ。それが、魔女の丘をつくった魔道士だといわれている。シュルツのすぐ後に、同じく魔女の首を狙って魔女の住処を訪れたが、すでに戦いは終わっていた。そこで、魔女の死体を封印する役目を請け負うことになったというわけだ。この魔道士については、その姿も、名前も、全く語られることがない。伝説によると、魔道士自身が拒否したという。自分を伝説として語ることで、勇者の功績を濁らせないで欲しいという願いがあったようだ。しかし
「魔女の丘をつくったのがシュルツの弟なら、魔女の死体の発見者もシュルツの弟だよな」
俺は隣にいるルディに話しかけた。ルディは少し険しい顔をして
「勇者って言いなさいよ」
と俺を戒めてから首を傾けた。
「どうやらそうらしいわね。ただ、ゲージ達は、あまりそれを口外する気はないみたい」
俺は頷く。
「だろうな。口外する気なら、もうとっくに広まってる。おそらく意図的に隠してきたのだろうな」
それは、当然と言える気がした。シュルツが勇者になったのは、魔道士の証言があったからだ。彼が魔女の死体を見たと言い、自分の前にここを訪れた人間が勇者だと語った。彼は決して嘘をついていないが、それでもシュルツの身内では信憑性が薄れてしまうと考えたのだろう。
「勇者の弟は、おそらくお兄さんが心配だったのよ。だから、こっそりと兄の後を追いかけたんじゃないかしら」
「でも、双子じゃ顔がそっくりだろう」
魔女の棲家は、切り立った山の頂上にあり、そこへ行くには唯一つの路しかなかった。何も知らない旅人がうっかり迷い込まないように、その一本道の入り口は近隣住民によって組織された自警団が常に守りを固め、行き来――帰って来たのは例の魔道士一人だが――を管理し、実力不足と判断された者は立ち入りを許されなかった。その路を通ったということは、実力検査もされたわけで、もちろん、顔もわれているということだ。
「弟は、自分が勇者になる気は無かったのだろうし、兄の様子を見にきただけのつもりだったら、顔を隠していた可能性は十分にあるわ。魔道士だったと言うなら、ローブのフードで顔を隠すのも簡単だし」
そして、兄の様子を覗き見て、あるいは死体だけでも回収して逃げ帰るつもりだったのだろう。兄の名誉を傷つけないため、顔をさらすわけにはいかなかった。
「じゃあ、魔女の死体を発見して驚いたろうな」
驚いて、そして兄の姿を探したのではないだろうか。喜びを分かち合うために。
「でも、そこには兄の姿はなかったわけよね」
「兄の姿どころか、兄の武器すら存在しなかった。今思えば、シュルツが魔女を倒した証拠はどこにも無かったんだ」
けれども、弟には確信があった。兄が、魔女を倒したのだという。魔女の棲家には、たくさんの勇者になれなかった者達が幽閉されていたはずだが、兄の姿がなかったのも彼の確信をより確実にしただろう。
「急いで自警団のところに戻って、魔女の死を報告する。その後、魔女の死体を封印すべきだ、という話を持ち出せばあの場は混乱するし、勇者の死体が無いことなんて誰も気にしなかったでしょうね。魔道士に関しても、本人が素性を明かしたくないと言えば、それを深く追求されることも無かったと思うわ」
ルディは少し、声のトーンを落として言った。
「その後はすっかりお祭りムードだったろうしな。魔道士はその騒ぎに乗じて姿を消したかもしれない」
「真実を自分の一族だけに、語りついで、ね」
ルディがにこりと微笑んだ。
「だな」
俺は、思わずため息だ。
「ランベル、これは伝説にふさわしくないわ。私達は知っておく必要があるけれど、基本的にはゲージたちと同じ姿勢でいるのが良いわね」
俺は深く、深く頷いた。つまり、これが俺達の本来の仕事だ。勇者の英雄性が失われることは、俺達にとっても不都合だった。
何事もない平和な旅路がしばらく続いて、それでもようやっと二日目の夕方に、俺達は一つの情報を手に入れた。
「リンブから出るはずの船が、全部ストップしているんですって。」
その情報をくれたのは、ちょうどすれ違った旅人で、俺達の少し前を歩いていた五人組のパーティーの精霊使いも、わざわざ知らせに来た。俺達はしぜん、九人で集まって話し合いをすることになる。俺は、ここで初めて五人組の名前を知った。
一番実力がありそうな三白眼の男がジェイル。剣士。精霊使いがマーシア。やたらと大きいのが戦士のトッド。デイアンという男とクレアという女が二人とも魔道士を名乗ったが、どうやらタイプが違いそうだし、単純に魔道士といっても色々いるから他人への自己紹介なら、まぁ、この程度だろうという感じ。
「で、マーシアが言うには、賊もリンブで足止めをくらっている可能性が高いというのね」
話し合いを取り仕切っているのはエイムだ。どうやら彼女は、こういった時に主導権を握るのが得意らしい。
「どうしても船で他の大陸に渡りたいんだろうな」
言ったのはジェイル。彼は腕だけでなく、頭も良さそうだ。
「賊が盗んだ『生きた武器』を使いこなせるとは限らないのよね」
エイムが言う。
「だとしたら、日数がかさむほど危険が増える。呼ばれて無いやつが使おうとすると取り込まれる可能性があるからな。賊が『生きた武器』を使えない人間であることを祈ろう」
「ちょ、ちょっと待って」
ジェイルのせりふにストップをかけたのは俺だ。みんなの視線が一同に集まる。
「なに?」
代表してエイムが聞きかえす。
「いや、『生きた武器』を使える人間なら問題ないんじゃないか?使えるってことは取り込まれないってことだろ?」
俺が言うと、ルディが小さくわき腹をつついた。どうやら、あまりしゃべるなと言いたいのだろう。しかし、俺だって『生きた武器』使いの端くれのつもりだ。興味はある。
「ランベル その武器はどうやって手に入れた?」
不思議そうな顔でゲージが聞いた。
「どうやって、て……」
残念ながら俺のばあい、それは皆に語れる手段ではない。
「あのさ、俺も『生きた武器』を使うけど、正直、この武器には呼ばれたよ。他にもいくつか『生きた武器』を持っているけど、全部呼ばれた。『生きた武器』は持ち主を選ぶんだ。そして、よぶだろう?」
「そ、そうかな?」
俺は武器に呼ばれたことなんか無い。
「いくら『生きた武器』を使える人間だって、呼ばれない武器を使いこなすことは出来ないのが普通だ。強い精神力を持ってればどんな武器でも使えるって聞いたことがあるけど、本当かどうかは分からない」
俺は、どんな『生きた武器』だって確実に使うことが出来る。
「『生きた武器』を使えない人間にとって『生きた武器』って飾りにしかならないでしょ。でも、使える人間は使えちゃうからまずいのよね」
エイムが言った。
「正確に言うと、ただの武器としてなら普通の人にも使える『生きた武器』はあるよ。ただ、今回の武器はかなり変わった形をしていたから『生きた武器』使いにしか使えないと思う」
俺だって、そのくらいの知識はある。打撃系の『生きた武器』は普通の人でもただの武器としてなら使えることもあるのだが、剣とかナイフといった『生きた武器』は普通の人には何の意味も無いことが多い。困ったことに『生きた武器』というのは、その手に持つと使いたくて仕方がなくなってしまうらしい。俺には分からない感覚だが、それによって武器に取り込まれる人が後を絶たない。
「コレクターとかは武器が使いたくならないのかしら?」
俺が疑問に思っていたことをルディが聞いた。
「コレクターはさ、使おうという意志がないから使いたい、という衝動に駆られない。それに賊が『生きた武器』を使えない人間ならたぶん問題は無い。問題なのは、呼ばれていない武器を使おうとすることだと思うんだ」
『生きた武器』には、まだ分かっていないことが多い。俺達は、ルディの特技のおかげでそれなりに詳しいと思っているが、しかし、正式な研究者たちと比べるとやっぱりまだまだだ。
「あなた達って、生きた武器の研究をしているわけではないの?」
エイムが言った。
「俺達のは趣味の域だよ。一応探している武器があるんだけど、急いでいるわけじゃないし」
俺は微笑んだ。
「あら、人生って短いのよ。急げるところは急がなくっちゃ」
エイムのウインクは俺にはまぶしすぎた。
「で、どうするのが一番いい?」
ゲージがみんなの顔を順番に見つめて言った。
「とにかく、急ごう。一気にペースを上げてリンブまで」
ジェイルの提案に一同は頷いた。ここからのハイペース。ルディはきっと喜ぶだろう。
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