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after the legend  作者: 阿雪
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(2)依頼

 俺たちは『生きた武器』を求めて旅をしている。もちろん、『生きた武器』を求めて旅をしている冒険者なんてごまんといる。それは、研究者だったり、コレクターだったり、もしくはただの剣士であったり。それぞれがそれぞれの思いを胸に生きた武器を求める。

 俺達はというと……ある武器を探していた。それが、どこかにあることは分かっている。しかし、一体どこにあるのか、どんな形をしているのか、いくつあるのか。俺達は知らない。それでも、俺達にはどうしても、その武器が必要だった。


 武器屋の言う隣の街、は歩きで丁度一日の距離にあった。もっとも、俺達の旅路は女連れにしてはかなり早い。ルディが昔から、夜を恐れないからだ。

 森の夜歩きは危険というのが常識だ。しかし俺はかなり剣の腕が立つほうだと思っているし、ルディも魔道士としての腕はかなり良い。だから、事情があれば夜だろうとなんだろうと構わないのだが、ルディはどうやら、夜の森が好きらしいということが最近になって分かってきた。自分の手のひらに魔道でぽっ、と光を灯して、木々の間から獣達の声を聞きながら、星を見上げるのが好きらしい。ルディは本当に星に詳しくて、俺にその一つ一つを丁寧に説明したりするのだ。

 そんなわけで、夜通し歩いた俺達は次の日の昼には隣の街に着いていた。一番大きな屋敷は、小高い丘の上から堂々と人々の暮らしを見下ろしていた。

「あなた達で三組目です」

屋敷の扉をノックすると、すぐに執事を名乗るひょろりとした背の高い男が顔を出し、めがねの奥の細い目をさらに細くして俺達を観察しながら言った。

「三組目? 」

ルディが聞き返す。

「そうです。希望者全員にいっせいに仕事を説明させていただきます。それまではどうぞ、ご自由に」

執事を名乗る男は、非常につっけんどんで端々に説明が足りなかったが、どうやらルディはそれが気に入ったらしい。 

「ありがとう」

とお礼を言う笑顔が生き生きしている。執事はその笑顔にも顔色一つ変えず、俺達それぞれに部屋を割り当て、夕食の時間を告げただけで行ってしまった。仕事の内容は、その夕食の時に聞けるのだろう。思いがけず出来てしまった半日の暇に、俺とルディは正直に戸惑った。街に出ようかとも思ったが、食事は用意してくれるというし、特に入用なものもない。

「暇だわぁ」

ルディは大きくのびをした。俺達は、入り口を入ってすぐにあるラウンジのソファに、二人並んで腰をかけて、暇をつぶすことにした。

「良いじゃないか。忙しいよりは」

俺は、あくびを始めたルディの大きな口を見ながら言った。

「私達って、暇に慣れてないんだわ」

言われてみると、そうかもしれない。俺とルディは出会ってから今まで、休む暇無く『生きる武器』を探してきた。実を言えば、そんなに急ぐ必要などどこにも無いのだ。俺があの勝利のカードを手にしてから、俺達に与えられた時間は限りなく永い。それなのにおかしな話である。

「じゃあ、今から慣れればいいだろ」

俺が言う。

「私、暇なのって性に会わないのよ。ランベル、何かしましょ。何が……」

そう言ってソファの背もたれから身を起こしたルディが、ある一点を見つめたまま、ぴたりと動くのを止めてしまった。

「どうしたんだ?」

俺はルディの視線の先を追う。ルディの視線の先には、先ほど俺達が入ってきた入り口がある。そして、扉を開けて入ってくる二人組み。

 俺は、感情の起伏の少ない方だと自負している。長く旅をしてきているし、少しのことでは驚いたり、取り乱したりしない自信がある。そして、それはルディも同じだった。

 しかし、今回ばかりはさすがに言葉を失った。すこしずつ俺達のいるラウンジに近づいてくる二人組み。片方はきれいな金の髪を男のように短くしているが、ルディとさほど変わらない小さな背と、丸い輪郭。それに顔のつくりから確実に女だろう。服装が典型的な魔道士のローブなので体型は分かりにくいが、ルディよりは年上の17、8の印象を受ける。そしてもう一方。こちらは確実に男で、背は、俺と同じ180前後。やはり金の髪で、俺と同じような青い瞳。俺と同じような、輪郭、眉、鼻、口。

「信じられない。彼、ランベルにそっくり」

ルディがやっと、口を開いた。


 女は名前をエイムと名乗った。男の方はゲージ。いとこ同士だという。俺達と同じく、仕事を探しにきたくちだ。つまり、他の二組のうちの一組ということになる。

「驚いた。本当にそっくりね」

エイムがこの科白を口にするのは、これでもう12回目だ。

「本当にびっくりしたよ」

ゲージも同じく11回繰り返された言葉をもう一度紡ぐ。

 夕食の席、俺達は自然と隣同士に席をとった。ラウンジで自己紹介を済ませた後、すっかり話がもりあがり、そのまま食堂へとなだれこんだのだ。

18歳だという二人は、いとこ同士と言うだけあって、かすかに顔つきに同じ血を感じることが出来る。しかし、その二人よりも、はるかに俺とゲージの顔の方が似ている。俺がもう少し若ければ、見分けがつかないくらいだ。強いて言えば、俺よりゲージのほうが少しだけ髪が長い。

「世の中には、三人は同じ顔の人がいるって言うけど、本当ね」

ルディが俺に微笑みかける。確かにそんな話を聞いたことがあるような気もするが、これは心臓に悪い。

「祖先が、同じだったりするのかしら? だとしたら、大変なことだわ」

エイムがゲージを力強く小突いた。

「失礼ですけど、出身はどこですか?」

ゲージが突然あらたまって俺に聞く。

「南の方だよ。何も無い、田舎町さ」

俺は適当にはぐらかす。嘘はついていない。

「南? だとしたら全然方向違いだ」

ゲージが鼻をならした。

「あなた達こそ、どこの出身なの?」

ルディが聞いた。本来、冒険者同士で素性を探りあうことはルール違反とされているが、今回は仕方がないだろう。なにしろ、俺達はそれほどにそっくりなのだ。

「私達は、シュナイプという街の出身よ。ご存知ですか?」

エイムが言った。

「シュナイプ?」

なぜか、聞き覚えがある。俺は、地理にはめっぽう弱いのだが。

「勇者の生まれ故郷だわ。違う?」

ルディが静かな声で聞く。さすが、俺とは伝説を聞く姿勢が違うだけある。

「正解よ」

エイムが微笑む。

「実は俺達、勇者の血を引いた人間なんだ」

「えぇ!」

思わず大きな声をあげたのは、恥ずかしながらも俺。

「勇者に子供はいなかったと思うけど」

至極冷静に質問をしたのがルディ。

「いや、直接の子孫と言うわけではなく、勇者の双子の弟の子孫です。だから、正確には勇者と同じ血を引いた人間、というか……」

ゲージが答える。俺はほっと胸をなでおろした。勇者に子供がいたなんて、冗談じゃない。

「でも、魔女の丘を作ったのは私達のご先祖さまだわ。勇者の弟が魔女の丘を作ったから」

エイムが、少し小さな声で付け加えた。

『魔女の丘』別名『魔女の墓』。勇者と魔女の戦いが相打ちに終わった後、魔女の死体を封印した場所をその様に呼ぶ。丘のように高く土を盛り上げ、その上に特殊な花で魔方陣が描かれている。当時の人が、魔女の復活を恐れてやったのだろう。俺とルディは、一年に一度、そこを訪れることを習慣にしていた。あわせて、その正面に建てられた勇者の石碑に花を供えることも忘れない。

「じゃあ、魔女の死体を発見したのって、勇者の弟ってことに……」

ルディが言いかけたその時だった。

「皆様」

丁度良いタイミングで背高執事が現れて、手を二回、パンパン、とたたいた。

「皆様」

彼はもう一度言った。

「せっかくお楽しみのところもうしわけございませんが、我が主人より今回の依頼についての説明がございます」

執事は、めがねを指でつい、と上げた。

「知ってる? ここの主人は武器のコレクター兼研究家として有名なのよ」

エイムがそっと耳打ちする。ちらり、とこちらに執事の視線を感じたが気にしない。

すぐに、主人らしき男が食堂に入ってきて、話がはじまった。


 屋敷の主人は執事に似て細く、しかし決して背は高くなく、どちらかといえば低い身長と派手な服、それに不釣合いな大きな足。顔にはどうどうとひげを生やし、黒々とした髪が40を過ぎて見える顔の割には立派なのだが、大きなキョロリとした目のせいで、威厳を保つのには足りなかった。彼はゆっくりと食堂に入ってくると、真ん中でぴたりと止まり、直角に向きを変えて俺達の方へ向き直った。

「皆様、こんばんは」

彼は、その背からは想像のつかない大きな、低い声をしている。

「このたびはお集まりいただきありがとうございます。私はこの屋敷の主、アギルスと申します。前置きはいらないでしょう。単刀直入に申します。皆様には、盗まれた私の『生きた武器』を救出していただきたい」

俺はルディの顔を覗いてみた。ルディは、依頼主の好き嫌いで仕事を選ぶ傾向がある。

「悪くないわ。救出というのが気に入ったわ」

ルディは小さな声で呟く。これでどうやら、俺達がこの依頼を請けるのは決定したようだ。

「今から、皆さんにその武器を描いたものをお見せします」

アギルスが言うと、執事が一枚の絵画を運んできた。大きさは30cm四方。絵画としては大きくないが丁寧に描かれた油絵で、急ぎで用意されたものではなさそうだ。恐らく、武器が盗まれる以前からあったものなのだろう。先ほどの言い回しといい、この男はどうやら『生きた武器』を本当に生きたものとして扱うことに慣れているらしい。

「これが、今回盗まれた『生きた武器』です」

それは、剣のように見えた。絵なので大きさは定かではないが、形状としては剣。しかし、かなり変わった形をしている。もち手のところに炎を形どったような飾りがついているし、刃の部分のカーブもきつい。きれいではあったが、実用的ではない。使い勝手は悪そうだ。

「一応、私のところにあったときはこの形をしていました。が、皆さんの中にもご存知の方がいると思いますが、『生きた武器』は形を変える事があるのです」

アギルスが言った。

「ちょっと待って」

ストップをかけたのはエイムだ。

「私は、エイムと申します。私達は長く『生きた武器』を探して歩いていますが、そんな話は聞いたことがないわ」

エイムは立ち上がって発言をした。

「なるほど。まあ、知らない人の方が多いですからね」

アギルスは余裕の笑みを浮かべると、執事を呼びつけた。2,3耳打ちをする。執事はそそくさと食堂を後にし、すぐになにやら石のようなものを持って戻ってきた。

「だれか、この鉱物を知っている人はいますか?」

アギルスが聞く。

「カランヤだわ」

俺の隣でルディが言った。

「その通りです」

アギルスの視線が俺達の方に移ってくる。

「君、これを」

俺のことを呼んだらしい。俺は、席から立ち上がってアギルスのもとに歩み寄った。

「もってみたまえ」

言われるがまま、俺はカランヤと呼ばれる鉱物を手にとってみる。それは、灰色の何の変哲も無いただの石見えるし、実際持ってみても、やっぱりただの石だ。

「これが何か?」

俺はたまらず聞いてみる。ルディが面白そうに俺を見た。

「このカランヤという石には、ある特性があります。えっと……」

「ランベルです」

「ランベル君。なにか、想像してみてください。君は剣士のようだから、自分の武器が良い」

「想像……」

意味が分からない。が、俺は言われた通りに自分の武器を思い浮かべる。もう、長く連れ立っている剣だ。想像するのは簡単だ。思って俺は目を閉じた。――途端、手に違和感を感じる。

「え?」

開けた俺の目に飛び込んできたのは、まぎれも無く俺の手に握られた俺の武器だった。

「なんだ、これ?」

俺はルディに助けを求めた。

「カランヤという鉱物は、人の想像力に反応して形を変えるのよ。今はランベルが想像した剣の形になってるでしょ」

ルディは笑いながら俺に近寄ってきた。

「魔道士が修行をする時によく使うわね」

エイムが付け足す。魔道士には、物事を想像する能力が必要な場合がある。

「実は『生きた武器』は、このカランヤを多く含んでいるのです。だから、形を変えるというのもあながち嘘とは思えない。事実、そういった例も近年多く報告されています」

さすが、研究者と言うだけあってアギルスは『生きた武器』の現状に詳しいようだ。確かに、『生きた武器』は形を変える。俺は、その仕組みについては全く知らないが、それだけは確かだ。

「ただ……」

言いながらアギルスが、いきなり俺に向かってナイフを振り下ろしてきた。

「うわっ」

俺は思わず自分の手にあるカランヤの剣で受けてしまう。カランヤの剣は、何の抵抗も無くポロリとくだけた。

「見ての通り、カランヤというのは非常にもろい。加工をしてもほとんど硬度は上がらないのです」

「つまり『生きた武器』をつくっている要素は他にもあるということよね」

エイムが言う。

「そうです。しかし、それについては未だ研究中です。けれども『生きた武器』が姿を変えることは納得いただけましたか」

エイムはちら、とゲージを見たが、じぶじぶながら頷いた。

「よかった。では、私の武器を探してください。私は20年あの武器と一緒にいますが、姿を変えたことはありませんでした。なので、おそらくあの姿のままだろうと思います」

「あの、賊の正体については、見当がついているのですか?」

手を上げて質問をしたのは、俺やゲージ達とは別のグループの人間だった。彼らは男女入り混じった5人のパーティーで、俺の見たところによると小柄な三白眼の男意外はあまり期待できないだろう。

「いいえ、全く」

アギルスは笑顔だったが、決して笑っているわけではなさそうだ。

「犯人の後始末は?」

「あなたたちのご自由に」

冒険者の中には、犯罪者を捕まえることで金銭を稼ぐ者達もいる。彼らは、そういったタイプの冒険者のようだ。

「報酬は?」

今度はエイムが聞いた。

「聞くところによると、あなたたちも『生きた武器』のコレクターだとか」

アギルスは、一歩、ゲージたちの方へと近づいた。

「俺達は、歴史の研究家です。勇者の武器を探しています」

ゲージが言う。俺はぎょっとした。

「ほう、勇者の武器ですか」

アギルスも少し目を大きくする。

「ええ、勇者の使っていたとされる武器は、彼の失踪とともに消えています。俺達はそれを探しているのです」

ゲージはよく通る声で言った。

「失踪とは、おもしろい見解ですね。彼は、魔女と共に亡くなったのでしょう」

アギルスが言う。話の展開が、ルディ好みになってきた。

「死んだのは、確かだと思います。彼の双子の弟が、そう証言しています。でも、見つかったのは魔女の死体のみでした」

「魔女の丘ですね」

アギルスもなかなか勇者伝説に詳しいようだ。それもそのはず。『生きた武器』は勇者の発見したものとされている。武器の研究者は勇者伝説を研究するはめになるし、逆もまた然りだ。

「では、あなた達は報酬として『生きた武器』をお望みですね。私は、現金で払うつもりでしたが」

アギルスが言った。

「あなたのコレクションを見せてください。目的のものが見つかったら交渉の余地をいただきたい。無かった場合には、現金で頂きます」

ゲージは交渉が上手そうだ。

「その条件をのみましょう。ただし、現金分はその分、引かせていただきます」

アギルスが言った。

「他の方は?」

食堂を見回しながら聞く。

「俺達は現金で構わない。ただ、犯人は引き渡してもらえると嬉しい」

例の、三白眼の男が言った。俺達は、頷く。

「ルディ、俺達はどうする?」

条件をつけられるのなら、つけておいたほうが良い。

「私達も、コレクションを見せてもらいましょう。可能性は低いけど、私たちの探し物があるかもしれないわ」

ルディの判断に従って、俺達も武器を見せてもらえる約束をとりつける。

「では皆さん、出発は明日の朝。報酬は、成功者にのみさしあげます。今夜はゆっくり休んでください」

アギルスが微笑んだ。


「新しい話が聞けたわ」

夕食後、ルディは俺のベッドに寄りかかりながら、明るい声をだした。どうやら、勇者伝説のことらしい。

「よかったな。俺はひやひやしたけどな」

俺は、ベッドに寝転がりながら言った。

「勇者って弟が居たのね。知ってた?」

ルディが俺の顔を覗き込む。

「そういえば、聞いたことあったかもなぁ」

俺は、うわの空で答える。

「それにしても似るのね。子孫ってあんなに似るものかしら?しかも弟の子孫でしょ?」

ルディが首を傾げた。

「弟って言っても双子だぞ。本人の子孫のようなもんだ。全員が全員、あんなに似てるとは思わないけどな」

俺は、天井を見つめた。明日俺達は、あの勇者の子孫達と行動を共にすることになるだろう。かつての勇者シュルツと似た二人組みと。










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