正しい世界
「俺は異世界から帰ってきた! そこで見てきたんだ! 理想郷を!」
声高に青年が叫ぶ。大きめの駅前の中央広場には人だかりが出来ていた。
青年の隣にはどこから持ってきたのか扉があった。木で出来た妙な装飾もないただの扉。青年はその扉を勢い良く開け、命が尽きるのではないかというくらいに声を張り上げた。
「この先には私達にとって”素晴らしい世界”があるぞ! さぁ、誰でもいい入ってみてくれ!」
扉の先には、確かに見られない景色が広がっていた。興味を持った一人の青年が扉の中に入る。それに続いてさらに人がどんどん入っていった。
中に入った人の声が徐々に広場漏れてくる。
「確かにこれは素晴らしい世界だ!」「誰もいがみ合っていない!」「住んでいる人全員が一日を寝ながら過ごしているらしいぞ!」「しかも、飲まず食わずでも死ぬことはないし、病気にもならないらしい!」
楽をできる世界。戦争のない世界。仕事のない世界。なにもしなくても良い世界。正しい世界。
その扉の先にはそんな世界が広がっていた。
そんな世界の存在が人から人へ、そして、マスコミを通じて全世界に知れ渡っていった。
ある日、とある国の科学者があるものの発明に成功する。その発明は全世界にトップニュースで報じられた。
カメラのフラッシュがけたたましくその科学者を輝かせる。科学者は光の中で、一つのスイッチを掲げた。
「これは世界を正しい姿に戻す装置のスイッチです。そうです。我々が住んでいたこの世界は間違っていたのです。このスイッチを押せば、世界から戦争はなくなり、我々は意味のない”いがみあい”やありとあらゆるストレスからも開放されるでしょう!」
人々はそのニュースを知り、お互いに抱き付き合い喜んだ。世界中がお祭り騒ぎ状態だった。
考え方の違いで戦争をしなくてすむぞ、と。仕事しなくも生きていけるぞ、と。誰もが自分達の正しい姿を想像し、三日三晩語り合った。
やがて日が進み、「正しい世界になる日」が来た。誰もがこの日が来ることを望んだ日だった。全世界テレビ中継でカウントダウンが開始される。
「3……」
「2……」
「1……」
ゼロと、皆が口にした瞬間だった。全世界の人間が同時に地面に倒れた。そして、一人として動けなくなっていた。
空から報道用ヘリが落下する。下で倒れていた人の四肢がバラバラになった。しかし、バラバラになっても人は生きていた。
ビルで火災が起きる。中にいた人が燃えた。しかし、燃えてもまだ人は生きていた。
一人の青年が気づいた。
”これが正しい世界”だったのだと。
そもそも、人は立つことが出来ないことが正しかったのだと。
都市が復旧し、寝ていても暮らせる便利さが戻ってきたこの世界の空中に扉が現れる。そこから現れた青年が叫んだ。
「なんて素晴らしい世界なんだ」と。